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最強の暗殺者は田舎でのんびり暮らしたい。邪魔するやつはぶっ倒す。  作者: 高井うしお
第一章

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18話 影の男

 翌日、名無しとクロエとエミリアは町へと向かった。


「それじゃあ、毛皮を売ってくる」

「ええ、クロエちゃんは見てますから」


 そう言って名無しは皮問屋に向かった。


「これを売りたい」

「ほうほう、近頃若い娘にウサギのケープが流行っていてね、助かるよ」


 思いの外高値で買い取って貰えた名無しは、足取りも軽くクロエとエミリアの元へと向かった。


「尼僧様、この子が丈夫に育つよう祝福をくださいまし」

「ええ、神のお恵みのありますように」


 通りではエミリアが町の人々に祝福を与えている真っ最中だった。跪いた母親の手に抱かれた赤ん坊の額に触れながら、エミリアは祝福の言葉を紡ぐ。

 名無しはその姿をどこか眩しく感じながら、建物の影から眺めていた。


「……信じられん。名無しか」


 その声に名無しは振り向くよりも早く小剣に手をかけた。


「おっと、俺だ。バードだ」

「お前……」


 慌てた様子で名乗った男。その顔に名無しは見覚えがあった。そう、その男は同じ組織で暗殺者をしていたバード、という男だ。本当の名前かどうかは名無しも知らない。ただ、組織では上位の実力者であった事は記憶している。


「生きていたとはな、名無し」

「……そちらこそ。組織は壊滅したぞ、バード」

「ああ、知っている。俺はその場にいたからな」


 男の放つ殺伐とした雰囲気に名無しは急に現実に戻されたような錯覚を覚えた。今までの暮らしがかりそめで、今の今も組織の一員であったような。


「尼僧様! 私の恋の祝福でもいいですか」

「あはは……」

「ええ、構いませんよ。どうかあなたの恋が実りますように……」


 通りからはエミリアの祝福の声と民衆の笑い声が聞こえてくる。……遠い。あまりにあの場所は遠いと名無しは思った。


「俺は襲撃の場所にいなかった。……何があった」

「あいつら首領を表の役職につけると言って組織の人間を集めたんだ。そこを別の組織に攻め込まれた。魔術封鎖の陣まで張って……ひどいもんだった。俺一人逃げ出すのがやっとなくらいな」

「首領はなんでそんな約束を信じたんだ……」


 名無しには分からなかった。常日頃、影は影に徹しろと言い、あれだけ用心深かった首領がそんな話に乗るなんて信じられなかった。


「歳を食って耄碌した、と言いたいところだが……おそらくお前の為だよ、名無し」

「俺の……?」

「いつかは表の世界で生かしたいと、首領は時々言ってた。その為に名前もつけなかったと。……名前をつければ愛着が湧くからってな」

「なんだっ、て……」


 名無しは今までにない程混乱していた。まさか首領がそんな風に自分を思っていたなんて名無しには思いも寄らないことだった。


「じゃあ、なんで……あんな死ぬ思いを俺に……」

「最初は使い捨てるつもりだったのかもな。なぁ名無し……人の心は変わるんだよ」

「……首領は、最後に復讐するなと言ったそうだ」

「そうか。俺もそう思う。俺達影の人間はいくらでもすげ替えられる人形みたいなもんさ……俺はもうごめんだよ。まぁ、裏通りからは一生出られそうにはないが」


 バードはそう言って首をすくめた。


「お前に出会った以上、俺はこの町を出る。もう一生会うことはないだろう」

「……」


 立ち尽くす名無しを置いて、バードは足音も立てずにその場を去った。それを見送ることもなく名無しは俯いていた。


「……殺す……」


 名無しは力なく呟いた。時間を巻き戻して、あの時。魔王ではなく第二王子アーロイスを刺し殺し、全速力で拠点に行って襲い来る別組織の刺客ののど笛を掻き切り……そして首領に聞きたい。本当の事を。


「俺の為って……なんだよ……クソジジイ……」


 名無しの中でいままで感じたことのない感情の炎が荒れ狂っていた。行き場のない感情をどうしたらいいのか。名無しは小剣の柄に手をやったまま、ぐるぐると考え続けていた。


「落ち着け……落ち着かなければ……」


 冷静さを欠く。それは暗殺者にとって致命傷である。体に叩き込まれた感覚がギリギリ名無しを支えていた。


「あっ、パパ! そろそろ帰るよ!」


 その時クロエがこちらに気づいて近づいて来た。脂汗をかいている名無しを見てクロエは驚いた顔をした。


「どうしたの、お腹痛いの?」

「いや……」

「どうしましたか」


 クロエに続いてエミリアも名無しの元へやってきた。


「エミリアさん。パパ具合が悪いみたい」

「あら……」


 名無しは心配そうに覗き混むエミリアの青い瞳を避けるように目を背けた。


「大丈夫、なんでもない。さあ帰ろう」

「……そうですか」


 名無しはそれから無言のまま荷馬車を操り、三人は村に帰った。


「じゃあ、ありがとうごさいました」


 教会の前まで送ってもらったエミリアは名無しに頭を下げた。


「……ああ」

「アル、大丈夫ですか」


 荷馬車の御者代に登っていた名無しはエミリアの声に振り返った。


「……ああ」


 名無しはただそれだけ答えてまるで逃げるようにエミリアの前から去った。エミリアの真っ直ぐな瞳に何か見透かされそうな気がして……。


「パパ……」


 終始黙っている名無しにクロエも不安そうな声を出した。


「別に病気でもなんでもない。爺さんが待ってるぞ」


 名無しはなるべく平静を装ってそう答えた。しかしその心中は……もやもやと黒い霧がかかったようだった。


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