第1話
ここは比較的温暖な気候で裕福な国『ゼリア』。
この国の宰相『アマルス・ユル・ノイゼンヴァッハ』は『若いが冷酷』と国内外で有名だ。
現国王『ノルヴィス・フォン・アムゼリア』の『ご学友』で、学院時代から「生まれ落ちる家を間違えた『殿下の双子』」と周囲に噂されたくらい『息がピッタリ』なのだ。
それこそ『視線だけで会話が出来る』ほどに。
そんな宰相が『冷酷』と呼ばれるのには訳がある。
それは『ノルヴィスの父崩御』と同時に起きた『継承権争い』の騒動が原因だ。
『何事もなければ』、次期国王は王太子『ノルヴィス』で決定だった。
それを、ノルヴィスの『同母弟殿下』を旗印に掲げた『当時の宰相』たちがノルヴィスを幽閉・廃嫡し、『弟殿下』を次期国王に祭り上げようとした。
彼らは『悪王』とも『愚王』とも渾名された前国王と共に『私腹』と『贅肉』を肥やしてきた。
そのため『品行方正』と国民からの評価が高いノルヴィスに『国王になられては困る』のだ。
後にノルヴィス陛下とアマルス宰相は『弟殿下』をこう評価した。
「母を早く亡くし、周囲から『母の愛を知らない可哀想な子』として過剰に甘やかされ、『周囲の思惑に盲目』となった『憐れな子』」
その言葉通り、当時12歳の『弟殿下』は「自分が国王になれる」と喜んでいただけだ。
――― その『責務』や『周囲の思惑』も知らず。
何より『父が亡くなった事実』すら理解も出来ず・・・
ただ、一方的に与えられる『快楽』を享受して思考回路を停止させたのだ。
彼らはノルヴィスを当時住んでいた離宮に『幽閉』し、何人も近付けないように兵を配置した。
そのため『アマルスの姿を見ない』のも『離宮に近付けないから』と軽く見ていた。
彼らは甘く見過ぎていたのだ。
『2人の存在』を。
彼らは『弟殿下』を正統な『国王』にする手続きのため、反旗を翻してから一度も王宮から家族の住む邸宅へ帰らなかった。
『自分の欲』を優先にして『家族を蔑ろ』にするのは、彼らにも彼らの家族にも『当たり前』だったようだ。
――― 誰か1人でも『邸宅』へ帰っていたら、『その後に待ち受ける『悲劇』』を変えることが出来ていただろうに・・・・・・
『国王崩御』の翌日。
『ノルヴィス殿下廃嫡』の報が王都に広まった。
そして、さらに2日後に『弟殿下』を正統な『国王』として擁した。
しかしそれは『早すぎ』た。
まだ『国葬』が執り行われていないのだ。
国葬を終えてから『擁立』すべきだった。
国民の『怒り』は、残念ながら『王宮』まで届かなかった。
彼ら国民は『国王の死』を悲しんで『国葬が行われない』ことを嘆いているのではない。
『ノルヴィス殿下廃嫡』に怒っていたのだ。
『愚王の治世』に国民が我慢してきたのは、『ノルヴィス殿下が世を正してくれる』と信じていたからだ。
そのノルヴィス殿下が廃嫡されたのだ。
『前王の悪政』に便乗して『甘い汁』を吸ってきた宰相たちに。
――― その『怒りの矛先』は『邸宅に住まう家族』と『邸宅で働く者たち』にも向けられた。
『悪事を黙認してきた』として『同罪』と見做されたのだ。
事実、執事やメイド頭たちは『悪事を知っていた』し、護衛を含めて悪事に大なり小なり『加担』していた。
下働きやメイド見習いも『薄々は気付いていた』らしい。
国民による『暴動』は夜が更けてからも続けられた。
その『灯火』は王宮からでも見ることが出来た。
宰相たちは『弟殿下』に「あれは国民が『陛下が国王になられた』ことを喜んで祝宴をあげているのです」と話し、自分たちも『前祝い』として祝杯を挙げた。
翌朝。目覚めた彼らは地下の牢獄で『罪人』として縛に就いていた。
祝杯の酒や料理に『睡眠薬』が盛られていたのだ。
肘から先は袋のようなもので覆われて、身体全体を『虫の幼虫』のように荒縄でグルグルにきつく縛られて床に転がされていた。
そして口には自殺防止用に『枷』が嵌められているため、うめき声しか出せない。
何もない狭い牢の中で、少しでも辛くない体勢をとろうと『芋虫』が6体、唸りながら蠢いている。
しかしそれは『体力の消耗』と『関係悪化』を齎すだけだった。
『自分たちのこと』で精一杯の宰相たちは知らなかった。
隣の牢に『同じ姿』で一人転がされて、隣から繰り返し聞こえる『唸り声』に恐怖して泣いている『自分たちだけの国王』がいることを。
彼らはその状態で5日間放置されたのだった。