十二話 弥生とカホ、砂漠で迷子になる
「暑い……」
「暑い言わないで、やよちゃん……余計に暑くなる……」
アカツキとルスカが空に舞い上がっている頃、弥生とカホの乗せた馬は、辺り一面砂と岩ばかりの砂漠を首を垂らして歩いていた。
夜が明け、日が昇ってくると気温がどんどんと高くなり、体力が奪われる。
弥生とカホは、自分達が先行しているとは露知らず、アカツキ達を追っているものだと、歩みを止めずに一晩中進んでいた。
旅慣れていない二人は、自分達が真っ直ぐ北へと進んでいるものと思い込みながら。
夜の内は雨の直後とあって、涼しく順調に走ったことが仇となっていた。
日が昇るにつれ、徐々に昨晩降った雨が蒸発し、空からそして地面からの気化熱に馬もバテて走れなくなり、ゆっくりと歩くしかない。
カホと弥生は、このまま馬が倒れれば自分達の足で砂漠を抜けなければならず、かといって休めば、ますますアカツキ達と引き離される。
二人は焦りと暑さで判断が鈍くなっていた。
既に自分達が先行しているとは、微塵にも思わずに。
「アカツキくーん!!」
「りゅうせーい!!」
喋るのも億劫になるほどの暑さだが、叫ばずにはいられない。
二人に絶望がのし掛かる。
水は持ってはいるが、馬にも飲ませなければならない。
二人はそれぞれ、がぶ飲みしたいのを我慢して水を口に含み、ゆっくりと喉を潤わす。
「はぁ、はぁ……痩せそう……」
「やよちゃん、新しいダイエットみつけたね、やったね……」
「全然嬉しくないし、太ってないし……」
カホの冗談に、弥生は苛立つものの怒る気力もなく、二人は背中を丸めて馬に任せ砂漠を進んでいくのであった。
◇◇◇
昨晩の豪雨が嘘のように晴れ渡り、灼熱の日射しが二人と馬を襲う。
「きゃっ!」
歩様がおかしくなっていた馬は、とうとう倒れこみ弥生とカホも放り出される。
「やよちゃん……」
“キュアヒール”
二人が馬から落ちた際、弥生の足首に激痛が走る。倒れた馬に足首を挟まれたせいだった。
自力で足は抜いたものの、歩けそうにない。
カホはそんな弥生を見捨てようとはせずに、残された気力を振り絞り、回復の魔法をかけたのだった。
「カホ……」
「……大丈夫。私はまだ耐えれるから……だから、だから田代くん達を探して……」
ふらふらになりながらも立ち上がったカホは、覚束ない足取りで小さな岩場の影に移動する。
「ダメ! ダメだよ。こんな所で、ジッとしてたら……カホは、カホは!」
「少し、少し休んだら追い付くから……」
弥生は、カホを立たそうと腕を自分の首に回し持ち上げようとする。
しかし、完全に脱力した人間一人を持ち上げるには、かなりの力がいるものだ。
弥生にそれほどの力はなく、カホの足を引きずるような形で歩みを進める。
「やよちゃん……痛いよ」
「カホ、頑張って! きっと、きっとアカツキくんが……」
しかし、足がもつれた弥生はカホごと、顔から砂地に倒れてしまう。
汗で顔中砂だらけになりながらも、立とうとするが、足が軽い痙攣を起こして上手く立てずにいた。
「やよちゃん、もういいよ……もういい。最後にやよちゃんといれて良かった……」
「カホ……」
弥生の体から力が抜けていく。手を繋いだままここで少し休もうと……
「──さーん!」
耳に残る好きな人の声を聞きながら……
◇◇◇
渇ききった喉を水が通っていく。唇の渇きも何かに触れる度に潤いを増す。
天国に着いたからなのだろうか。
弥生は、そんな事を考えながら目を開ける。
「どうして、アカツキくんがいるの?」
掠れる声で弥生は、目の前にあるアカツキの顔に聞く。
「もう大丈夫ですから。あまり心配させないでください」
「そうなのじゃ。ヤヨイー達を見つけたアカツキの顔は真っ青だったのじゃ」
視界にルスカの顔が割り込んでくる。いまだに自分がどうなったのか理解出来ずに、ただ目の前の大好きな人の顔を見ていた。
カホと弥生に追いついたアカツキ達は、弥生達の衰弱ぶりに驚く。
二人の胸に耳を当て鼓動と呼吸を確認したアカツキ達は、少しでもと日陰へと運び、水を飲まそうとする。
しかし、呼吸が弱い上に自力で飲めない。
無理矢理飲ませると肺に水が入る可能性もある。
アカツキは自分の口に水を含むと、口移しで染み込ませる様に少しずつ、少しずつ水を送っていくことにした。
マウストゥマウス。そこに躊躇いや恥ずかしさなど無い。二人を救うのに夢中だった。
二人の顔色が少し戻り呼吸も回復の兆しを見せるとルスカが魔法で疲れを取った後、水を更に自力で飲めるまで、口移しを繰り返した。
呼吸の荒らさが落ち着くと、アカツキ達は二人を更に大きめの日陰になっている岩場まで連れていき休ませていた。
「アカツキ! カホも目を覚ましたのじゃ!」
弥生から遅れること一時間ほど経ってカホも目を覚ます。
「良かったです。一時は、本当にどうなることかと」
「心配かけてごめんなさい……」
「あ、いえ。無事ならいいんです、無事なら」
弥生は、目の前に優しく微笑むアカツキを見て、生きていると実感する。
そして、急に恥ずかしくなる。
顔全体を赤く染めて、思わず首を横に向けてしまう。
「大丈夫ですか!? 真っ赤ですよ!?」
アカツキが弥生の顔を無理矢理自分の方に向けさせて、おでこに手をあてると、弥生の顔はますます赤くなっていく。
「なんか、私ら蚊帳の外って感じだね」
「何やっとるんじゃ、全く」
「多分俺らが見てるの気づいてないぜ、ありゃ」
ルスカを始めカホ達は、アカツキと弥生のやり取りを生暖かい目で、ずっと見ていた。
◇◇◇
「え!? キス?」
「いや、ですからマウストゥマウスってやつですよ」
日が落ちて再び闇夜が砂漠の空を彩り始めた頃、ルスカの魔法も相まって、体を起こすくらい迄には回復した弥生とカホ。
自力で水を飲めるようになり、アカツキ達が倒れている弥生とカホを見つけた時の話になったのである。
弥生は、落ち込んだ。初めてのキスがマウストゥマウス。相手がアカツキだからまだ救いはあったが、それでもムードもへったくれもない。
カホは、あっけらかんとしている。むしろ「流星に言いつけちゃおう」とアカツキをからかう位には余裕があった。
カホにもキスをしたという事実が弥生を更に落ち込ませた。
いや、マウストゥマウスが無ければカホは死んでいたかもしれない。
だけど、親友とはいえ他の女性とキスしたのには変わらない。
弥生は、頭を抱え一人葛藤していた。
「なんじゃ? ヤヨイーは何で悩んどるんじゃ」
「やよちゃんはねぇ、今、私の命とキスと天秤にかけてるのよ。酷いよねぇ」
ルスカの疑問に意地悪く答えるカホ。それを聞いた弥生は慌てて否定する。
命の危機から脱した途端に、アカツキ達の日常は戻りつつあった。
◇◇◇
「だいぶ、進路ずれたな」
ナックの言うように、進路が北西へとズレていた。
本来は真北へと進みグランツ王国内を僅かに歩き直ぐにシャウザードの森へと入る予定だったが、今のままだと、グランツ王国内をかなり歩かなければならない。
グルメール王国は、現在戦争への参加の返事を保留している立場である。
アカツキ達が、帝国へと探りにいくとはいえ、使者であることがバレると非常に面倒なことに。
なるべく、グランツ王国内を進みたくないのだ。
「ごめんなさい……」
「いや、すまん。そういうつもりで言ったんじゃないんだ」
「そうです。カホさんが気にする必要はありません。私がもっと注意していれば良かったのですから」
カホが謝ると、ナックもアカツキもフォローする。思っていたよりもカホが気にしているみたいだと、アカツキ達はこの話題に触れないか耳に入れない様にしようと、目配せで確認しあう。
「夜の内に進みたいですが、体調はどうですか?」
「私は大丈夫」
「私もだよー」
二人の体調が心配だが、いつまでも砂漠にいるわけにもいかず、今のうちにと出発を決めた。
カホの乗っていた馬は、既に死んでおり、カホはナックの、弥生はアカツキの後ろへと乗せる。
「それでは行きましょう。弥生さん、しんどいなら私にもたれてください」
「え、大丈──ううん、やっぱりしんどいかな」
弥生がアカツキの背中にもたれるとルスカと目が合う。
不機嫌な顔をしていたが、直ぐに前を向き「今回だけなのじゃ」と呟いた。




