六話 幼女と青年は、笑いが止まらない
「そう言えば、クリストファーさんって、お歳は幾つなんでしょう?」
アイルを出発したアカツキは、一緒に向かう事になったカホに気を使ってなのか他愛もない話題を振る。
「百歳っては言っていたけど」
「以前ワシに会いに来た時から見た目は変わってないのじゃ」
「何時くらいの話です? ルスカ」
「むう、確か……十年、くらいじゃ。あの頃からジジイなのじゃ」
クリストファーもルスカには言われたくないだろう。
「それほどの年齢なら、もう弟子にしてあげても良かったのでは?」
「弟子の件か? あれは必要ないと思ったから取らなかっただけじゃ」
「必要ない?」
「うむ。クリストファーは強いぞ。あと少し早く生まれておれば、前の勇者パーティーとして一緒に戦ったかもしれぬほどにな」
クリストファーの弟子のカホですら、その事実に驚きを隠せなかった。
リンドウへの帰路だが、グルメールに一旦立ち寄るつもりでいた、アカツキ達。
その理由は、ナックの叙勲式である。
今回のラーズの変で、騎士爵と名ばかりではあるが、準貴族となる。
「あのナックが貴族って、まだ信じられない」
回復した弥生も、貴族になったナックの姿を思い浮かべようとするが、想像つかず、どう対応したらいいのか困っている様子だった。
「きっと、変わってしまうのじゃ……“我は貴族だぞ、庶民が気安く話しかけるな、帰れ、帰れ”とか言うのじゃ」
それは、流石に無いでしょと弥生が笑い飛ばすのを見て、元気になったとカホもアカツキも胸を撫で下ろす。
そして、ルスカの言うナックを想像すると、弥生と同じように笑い飛ばして見せるのだった。
二日かけての旅路は、終始専らナックと流星の話題で盛り上がる。
誰もが麗華の事を口にせず、意識的なのか無意識なのかは誰もわからないが避けていた。
ようやくグルメールの西門が前方に見えて、終始笑いの絶えない旅路は終わりを告げるのだった。
◇◇◇
「帰れ」
ナックが、グルメールに着いて会いに来たアカツキ達に放った第一声がこれだった。
「お前ら、笑いすぎなんだよ! 帰れ!!」
貴族服に身を包み髪も整えられたナックは、顔と服装が合っておらず、ただでさえ悪い目付きが余計に目立つ。
「おいおい。アカツキ、お前までひでぇよ」
アカツキは必死に耐えた。吹き出しそうになるが、必死に堪えた。
しかし、弥生の一言で決壊したのだ。
“まるでタカラヅカにヤンキーをコラージュしたみたい”と。
ルスカやアイシャなどはコラージュの意味が分からないものの、ただナックの姿の違和感を感じて笑い転げていた。
「もう、本当に何しに来たんだよ! お前ら!」
ナックの怒鳴り声が城内の一階の大広間に響き渡り、式典に参加する他の貴族達から白い目で見られる。
「騒がしいですよ、皆さん」
正面の大階段を降りてきたリュミエールは、アカツキ達を見つけると胸元の大きく空いた薄いグリーンのドレスのスカートの裾を持ち上げ、階段をヒールで急ぎ降りてきた。
その場にいた貴族達は、ナックを含めて一斉に跪く。しかし、一向に跪こうとしないアカツキ達を見て、舌打ちするものや冷ややかな視線を浴びせる者もいる。
この手の礼儀に不慣れなアカツキ達は慌てて跪こうとするが、それを止めたのはナックだ。
「ナック、ありがとうございます。さ、アカツキ様お立ちになってください」
リュミエールに腕を引っぱられ立ち上がると、今度はリュミエールがスカートの裾を持ち頭を下げて礼を示す。
それを見た貴族達は、一斉にざわつき始める。
「報せは届いております。再び、この国の混乱をお救い頂き感謝しております。叔父様からも感謝するように言われておりますわ」
ワズ大公からの報せで、アカツキ達の功績を聞いていたリュミエール。
王族として、アカツキ達に頭を下げさせる事は、只の驕りだと理解していた。
故に自分から礼を示さねばならないと、ナックにも事前に話をしていたのだ。
ナックもアカツキ達と同じなのだが、元々仕える立場であった為、他の貴族同様に跪いていた。
王族のリュミエールに頭を下げられ、どうしたものかと困惑していると、リュミエールの頭に白樺の杖が振り下ろされる。
「いたっ」
貴族達は一斉に立ち上がりリュミエールの元に駆け寄り、アカツキ達を睨み付けてくる。
「相変わらずアホなのかお主は。王族に頭を下げられても困るだけなのじゃ」
多くの貴族に睨まれながらも、毅然とした態度のルスカはリュミエールに叱りつける。
ルスカ自身、王族に頭を下げられる事など、昔から経験している事で、何ら嬉しくもなんともない。
寧ろ迷惑だとすら感じており、不愉快な表情を貴族達に見せていた。
これは、貴族達の怒りを買う。ただでさえ、今回のナックの叙勲にも不快に感じていた貴族達は、罵声を浴びせようと一歩前にでる。
「あはは、ルスカちゃんらしいね」
「パク! 姉の躾くらいちゃんとするのじゃ」
パクことエルヴィス国王が、準備を終え正装して一階へと降りて来たのだ。
貴族達は、再び一斉に跪くのだが、そんな貴族達の合間を縫ってルスカはパクの元に向かう。
「マントが長すぎなのじゃ」
パクは国王としての正装に身を包み真っ赤な金の糸で刺繍が施されているマントを羽織っているのだが、後ろからついてくるメイドにマントの裾を床に着かない様に持たせる程に長い。
「あはは、何かこういう物なんだって」
あどけない笑顔を見せるパクは、やはり年相応で、まだ幼いパクにとってアカツキやルスカは、唯一友と言っても過言ではない。
「皆のもの。この方々は、我が国を二度、そして私自身の命の恩人達なのだ。無礼は許されないものと知れ!」
国王としての威厳のある言葉遣いで、貴族達を一斉に諌める。堂々としたその姿は、幼いながらも立派な国王としての振る舞いだ。
セリーが見れば、見惚れるだろう。何となくセリーの気持ちを知っているルスカは、そんな事を考えていた。
「さぁ、皆のもの。式典の会場へ。アカツキ様達もお疲れでしょうが参加してください」
リュミエールとパクを先頭に一階の左脇に設置されている式典会場に向かう。
「パク、何か嬉しそうなのじゃ」
「そうですね。叙勲式なんて、日常でしょうに」
アカツキとルスカが、こそこそと話をしていると、背後にいた小太り──など、かわいいものと言い放てるほど太った中年の男性が、咳払いをわざとらしくして見せる。
「プレデリス伯爵ですね──ひゃっ!」
コッソリと教えてくれたアイシャが突然大きな悲鳴を上げる。何事と、全員の視線が注がれるその瞬間、アカツキが振り向く事なく裏拳を伯爵の顔面に叩きつけた。
「ぎゃっ!!」と悲鳴と鼻血を出して、伯爵は揉んどり打って倒れ込む。アカツキの行動に弥生もルスカもカホも驚く。
あまりにもらしくない行動をしたアカツキだったが、アカツキはアイシャが悲鳴を上げた時、顔を赤くしてお尻をガードするように押さえた事ですぐに何があったか見抜いたのだ。
「き、貴様! わしにこんな事を──ぷぎゃっ!」
今度はアイシャの蹴りが、伯爵の顎を捉えた。顎と鼻を押さえ、ごろごろと丸い体を転がす。
「おい! アカツキ、落ち着け」
ナックが追撃しようとしたアカツキを羽交い締めにする。アイシャも弥生とカホが伯爵から引き離す。
「あの人がアイシャさんのお尻を触ったのですよ。私はこの手の行動が一番許せないのです」
「伯爵、本当ですか?」
アカツキから事情を聞いたパクは、伯爵にも真偽を問う。いくらアカツキだからといって、鵜呑みにすれば不平が生じる。
なので、伯爵にも聞くのだが、案の定伯爵は首を横に振る。
「他に触っていたのを見ていた者は?」
アカツキ達、そしてプレデリス伯爵の後ろには、他にも貴族達がいた。目撃していてもおかしくない。
ざわつきが収まらないまま、一人の貴族が首を振る。それに追従するように他の者も首を横に振った。
「ふぅぅ」
「エル、大丈夫?」
「はい。ちょっと呆れてしまって……さて、皆の者にもう一度言うが、この方々はこの国の恩人で私の恩人だ。私の決断次第では、皆にも影響を与えるが、それを踏まえて再度聞く。本当に見ていないし、伯爵は触っていないのだな?」
日和見の貴族が多いのだろう。このまま伯爵を庇ってもいいことなどないと判断したのか、見ていた者達が手を挙げる。
「貴族って、バカばっかりなのじゃ」
ルスカの言葉は正しかった。パクは警備兵を呼ぶと、伯爵を捕らえさせ、そして二度目の問いで見ていたと言った貴族達も捕らえさせた。
「国王! なぜ、我らが!」
「私に一度嘘を吐いておいて、なぜとはおかしな事を」
一度否定しておいて、後から見ましたと言うのは、一度目の否定が嘘だと言っていると同意であった。
だから、ルスカはバカだと言ったのだ。
「さて、ゴタゴタがありましたが行きますか?」
「私に罰を与えないと不公平になりますが?」
パクが式典会場に向かおうとするのをアカツキが呼び止めると、振り向いてにこりと笑う。
「それでは、アカツキ様には罰として姉を貰ってください」
パクの言葉にその場にいた全員が絶句し、弥生なんかは完全に固まっていた。
「丁重にお断り致します」
あっさりと罰をお返しされる。
「あはは、それは残念です。それでは代わりに後で私に協力してください。それが罰です」
「協力?」
高笑いをしながら先に会場へと入ったパクとリュミエール。
「すいません。あんな言い方しか出来なくて」
「エル。いいのです。あれで吹っ切れましたわ。未練はありません」
リュミエールは、パクが国王としてではなく弟として自分を思ってくれたのを嬉しく、優しく頭を撫でてあげたのだった。