十六話 幼女と青年、掃討戦に参加する
アカツキ達は、ゴブリンの掃討に出ている軍と合流に向かう。
「あっ! また、お金取られるのじゃ!」
確かにルスカの言う通り、軍に合流するには街を出なければならない。
「大丈夫ですよ。今から出る方角には、ゴブリンの巣窟しかないですから、取られないです」
「え? 巣がわかっているのに苦戦しているのですか!?」
「ふぇ~ん、アイシャせんぱ~い」
巣が判明しているのに、苦戦とはどう考えてもおかしい。アカツキだけでなく、他の者も流石に驚く。
ただ、案内役としてついてきたエリーだが、アカツキに自分が怒られたのと勘違いして、アイシャに泣きついた。
「ゴブリンに似た魔王だったりして……」
「「冗談でも止めてください!!」」
弥生のお茶目な冗談も、本当にそうだったら洒落にならないとアカツキやアイシャに怒鳴られてしまう。
「安心するのじゃ、アカツキ! 魔王なぞ、ワシがけちょんけちょんにしてやるのじゃ!」
息巻くルスカが前回魔王を倒した勇者パーティーの一人だと知らない者達は笑い飛ばすが、アカツキとアイシャは本当にやりかねないと不安になった。
エリーの言う通り、掃討へと向かったアカツキ達が街から出る門には兵士は居らず、素通り出来た。
それもそのはずで、街を出ると街道など整備されておらず、両側はかなり高い岩山に囲まれた山道を進むしかない。
アカツキ達は、アップダウンの激しい山道を進み続ける。
「はぁ……はぁ……あと少しで、軍は見えるはずです。頑張ってください」
みなに遅れて、最後方で歩くエリーに励まされながらアカツキ達はどんどん歩いていく。
流石にルスカや旅になれていない弥生は馬に乗せているのだが、アカツキ達はエリーを置いてどんどん先に行く。
「ちょ、ちょっとくらい待ってくれても……アイシャせんぱ~い!」
エリーは汗だくになりながら、米粒大のアイシャに向かって叫ぶのだが止まってくれる様子はなく、半べそをかき始めた。
◇◇◇
山道を登りきった先に、軍が駐屯している陣が下り坂の先に見える。
エリーを待っていたアカツキ達は、軍の様子を確認するのだが、前方に木の柵程度の陣営内には人がまばらにいるだけで、とても軍とは思えない。
「はぁ……はぁ……皆さん、ひどい……置いていくなんて……ぐすっ」
「そんな事より、行きますよ」
「えー、ちょ、ちょっと待って……休ませてください」
へばって動けないエリーを、仕方なくルスカの乗っている馬に乗せて、下り坂を降りていった。
ラーズ軍の陣営に着くが、兵士達はアカツキ達を誰も気にしない。
一際大きなテントの中からは、男達の笑い声が響いてくる。
将校達がいるのだろう、だが一般の兵士ですら酒の臭いを漂わせている所を見ると宴会でもしている様に思えた。
アカツキ達は、ファーマーのギルドパーティー達を探すが、陣内には居らず隅に追いやられて、テントを張って過ごしていた。
「ギルマス!? どうしたんですか!?」
ギルドパーティーの一人と思われる男性が近寄ってくる。
まだ、若い青年だがナックは、青年の立ち振舞いを見て感心していた。
「ハイネルさん! 今日は助っ人と陣中見舞いに来ました」
エリーが馬から降りると、すぐに走ってギルドパーティーのメンバー達に声を掛けて回る。
「へぇー。エリー、ちゃんとギルマスしてるのね。良かった……」
アイシャは未熟なエリーがやっていけているのか心配で仕方なかったが、未熟は未熟なりで、労いの言葉を一人一人丁寧にするなど、エリーなりのギルマスとしてのすがたに嬉しくなる。
アカツキ達は、早速今の状況の説明を聞かせてもらうべく一塊に集まって、地べたに座り込む。
「こっちの女性がBランクパーティー“姫とお供たち”のリーダー、ヤーヤーさん。で、こっちの男性がCランクパーティー“茨の道”のリーダー、ハイネルさん。それで、こちらが助っ人のあたいの憧れの偉大な先輩アイシャ・カッシュ先輩とお供たちです」
「お供たち……」
エリーがお互いを紹介する。ヤーヤーという女性はアカツキよりずっと年上っぽく、なかなかの美熟女で、魔法使いの様な格好をしている。ただ、姫という年齢では確実にない。
ハイネルは先ほどの若い青年で腰に剣を携えている所から剣士なのだろう。
エリーの一番のミスは、お供たち扱いしたルスカへの対応だろう。
ルスカの隣にいた過大評価されたアイシャは、冷や汗が止まらない。
しかし、更にアイシャに追い討ちがかかる。
「アイシャ・カッシュ!? あの英雄バーン・カッシュの関係者か!! ご一緒出来るとは光栄だ!」
ハイネルはアイシャに握手を求める。隣にいたその英雄そのものの気配にアイシャは生きた心地がしなかった。
◇◇◇
後からお仕置きするからとルスカから言われたアイシャは、目が泳ぎ動揺しまくりで、アイシャに代わりアカツキが進行を担当する。
「すいません、アイシャ──様が、こんな状態なので不躾かと思いますが私が話を進めさせて頂きます」
アカツキと目が合ったアイシャは、目で「止めて! 様扱いとか止めてください!」と必死に訴えてくる。
アカツキは了解したと、アイコンタクトで伝えると、アイシャは胸を撫で下ろす。
「それで今回、ゴブリン相手に苦戦している理由は何ですか? と、アイシャ様はおっしゃられています」
「止めて! 止めて!」と首が落ちそうなくらいに横に振るアイシャを尻目にアカツキは会話を続けた。
「苦戦の理由ですか? 色々ありますわ。ただ、ご自身の目で確かめると手っ取り早いですわ」
ヤーヤーは、そう言うと軍の方を指差す。全員がそちらに目をやると、ダラダラと兵士が集合していく。
アカツキ達は早速混ざろうとするが、途中で兵士に「入ってくるな!」と言われて仕方なく遠巻きで見ているしかなかった。
「まず、苦戦の理由その一、ワタクシ達は参加させてもらえませんの」
アカツキ達は軍の将校が、どんな作戦を立てるのかと聞き耳をたてる。
恐らく一番身分が高い将校だろう、小太りの男が白馬に乗って登場する。
「出てきたゴブリンは何匹だ!?」
「はい。およそ五十です!」
「そうか。よし! お前に五十の兵を与える。蹴散らしてこい!」
思わず「へ!?」とアカツキ達は、声を漏らす。
「あ、あり得ないでしょう。五十のゴブリンに対して互角の五十の兵士って、まだまだ兵士はいますのに」
「そうでしょう。掃討で軍が出てきてからずっと同じことをしているのですわ」
この場に兵士が、どれくらいいるのかわからないが、少なくとも百、二百ではなく千規模である。
「どこか見晴らしのいい場所ないですかね?」
ハイネルとヤーヤーの案内で、岩山をよじ登るとアカツキとアカツキの背中にくっついて来たルスカは、山道を降って、かなり広大な森へと入って行く兵士が見えた。
「ちょっと遠いがよく見えるのじゃ! ほれ、アカツキ。あそこにゴブリン達がおるのじゃ」
ルスカの指差す方角に目をやると、確かに五十ほどのゴブリン達が。
ただ、進軍はしておらず、まるで待ち構えてる様にも見えた。
「お、もうすぐ当たるな」
ナックも面白そうだと岩山に上がって楽しんでいた。
「おい、おい。本当に軍は無策だな。警戒せずに近づいてやがる。伏兵にも気づいてないぜ」
「伏兵?」
「ほれ、あそこの茂みや木の上に隠れてやがる」
ナックの言う様に、上から見る形になるアカツキ達には所々に潜んでいるゴブリンが見えた。
そして、互角の兵力のゴブリンとラーズ軍がぶつかる。
完全に誘い込まれたラーズ軍は、左右から木の上からと奇襲を受けて瓦解する。
完全な敗北だった。
数人の兵士とその兵士を従えていた将校が軍に戻ってくる。
てっきりこの将校は怒られるか責任を取らされると思っていた一同は、意外な言葉に驚かされる。
「何!? ゴブリンを三匹討っただと!? でかした!!」
アカツキ達は耳を疑った。五十人投入して生きているのは僅か数人。にも関わらず、褒美の言葉を発したのだ。
あまりの酷い状況に再び全員で集まり今後の対応をどうするか考える。
「どうするよ、アカツキ。いっそ、俺達だけで行くってのも手だぜ」
ナックの気持ちも凄く分かるのだが、アカツキは別の事を考えていた。
「アカツキ……?」
ナックの再度の呼び掛けに気づいたアカツキは、自分が考えていた事を皆に伝える。
「今日のゴブリンの戦い方、おかしくなかったですか?」
「はぁ? 別におかしくないだろう。基礎的な囲い込みと伏兵によるきしゅ──あっ!!」
自分で言ってようやく気づいたナックは、自分の馬鹿さ加減に頭を小突く。
「そうだ、変だぜ!! ゴブリンが伏兵や戦略を取る事自体ありえねぇ!」
しかし、ルスカは想定していたのか突飛な話を始める。
「人の入れ知恵じゃろ?」
「え? 人……ですか!? ルスカ」
アカツキは突然変異なゴブリンが現れたのかと警戒を促すつもりだったのだが、人が関わっていると話が変わってくる。
「うむ。魔法かスキルか知らぬが待ち伏せで先頭にいたゴブリン。ありゃ、人じゃ。人がゴブリンの姿に変えとるだけじゃ」
「あり得るのですか? 魔物が人を襲わないなんて。特にゴブリンなんかは……いえ、見た目を変えたとしても言葉が通じないのでは?」
「会ってみたらわかるのじゃ。それにの……確かに魔法で外見を変えるものはあるが、それは幻影魔法だが、効果は一時的。そうなると自ずと答えは限られてくるのじゃ」
魔法ではないとしたら、スキルしかない。そしてスキルを持っているのは……転移者のみ。
アカツキと弥生は思わず顔を見合わせる。だが、何故ゴブリンの味方をしているのか。
「しかし、会うとしてどうやって……」
「ん? 捕まればいいじゃろ?」
ルスカの事をよく知らない、他のギルドパーティーとエリーと弥生は開いた口が塞がらなかった。