十七話 幼女、身動き取れずに退屈する
「エルヴィスよ、民を安心させるのも国王の役目だぞ」
ワズ大公は、開かれた城門の先に、こちらを覗く住民達を指差す。
住民達には馬車の豪華さから高貴な方が乗ってきたのは分かっていたが、未だに決まらない王に不安げな表情を見せていた。
エルヴィスは、アマンダを一瞥すると、城門の上に登っていき、ワズ大公もエルヴィスの後に続いた。
城の外からは、ワズ大公だけが見え住民達はざわめき立つ。
エルヴィスはというと、その背の低さから鋸壁が邪魔で見えていない。
ワズ大公は、台になるものを用意するように兵士に命じるが、エルヴィスはそれを拒否して、鋸壁の狭間に登る。
城門はかなり高い。落ちれば無事では済まない。しかし、エルヴィスはその怖さを噯にも出さず堂々とした姿を住民に見せつける。
「私は、前国王と第二王妃の子、エルヴィス・マイス・グルメールである。
ワズ大公の信を得て、これから私がグルメール王国の新王となる!
私は誓おう!
麻薬で苦しんでいる者達には、無償で保護し国で治療や面倒を見よう!
もちろん、その家族もだ!
そして、この国に住む全ての人々に安心して暮らせる様に努めよう!
まだ若輩だが民よ、私についてきてくれ!!」
一瞬、静まりかえる、が波打つように住民から歓声が沸き上がる。
とても七歳と思えぬ演説っぷりにミラやリュミエールは、その背中がとても大きく見えて涙を見せる。
隣にいたワズ大公も驚きを見せたが、すぐに冷静さを取り戻し、その場で跪く。
アカツキとルスカも初めて会った頃に、おどおどしていたパクを懐かしく思えてフッと笑みを溢した。
◇◇◇
戴冠式の用意は元々ワズ大公用に用意していたものがあるために、それほど時間はかからないとの事だった。
その前にやる事がある。今回の動乱の後始末である。
元第一王妃アマンダの実家は、ワズ大公の息子ラーズにより家族と共に商人ら全員捕らえられ、麻薬の栽培も見つかる。
実際の麻薬かどうかの確認は、後日ワズ大公が一旦自領に戻る時に確認する事で決まった。
グルメールギルドのギルドマスターのマッドは、今回の事を反省し、後任が来るまでギルドマスターとして、その後ギルドを辞める事で責任を果たすとの事で決まりかけたのだが、アイシャがリンドウのギルドで引き取るという形となった。
副マスターと受付のエルフは、犯罪奴隷として三年、その後五年の監視付きの奉仕活動と永年の首都外への外出禁止という判決が出された。
取り巻きの大臣を始め、医者、料理人、使用人、兵隊長などは全て財産没収。
希望があれば十年以上の奉仕活動後、折りを見て復帰も考えるという。
最も罪の重い、第一王妃アマンダとその実家の父母や兄弟は皆、死刑で決まる。
ワズ大公の進言によりアマンダの死刑は、誰よりも刑の施行を先だって実行することになった。
多くの使用人が居なくなった為、特に麻薬中毒患者の家族を中心に雇い入れられる予定だ。
臣下も少ない為、新たに登用する事になる。
第二王妃の取り巻きで左遷された者達は、自分らが復帰出来るものだと思っていたみたいだが、エルヴィスは結局何も動かなかったと突っぱね、領地を全て没収する事にした。
空いた領地には、国、そしてワズ大公の領地から派遣された者が治める。
ワズ大公は叔父として側にいてもらい、ダラスもワズ大公からエルヴィスへの贈り物だとエルヴィスの側近として、仕える事となった。
ワズ大公は自らの領地を息子ラーズに譲り、新たに首都近くの領地へと妻と娘が移るという。
アカツキ達はと言うと、エルヴィスから再三、リュミエールからは嫌というほど、貴族として側近として婿として来ないかと誘われたが、ルスカが興味ないと固辞するとアカツキもルスカの世話があるからと断った。
アイシャにも声をかけたが自分はギルドの者だからと、やはり固辞する。
エルヴィス国王は、それでは面子が立たないと褒賞として、アカツキ、ルスカ、それにナックに各々に銀貨二十枚を与える。
アイシャにも勿論用意されたのだが、国王から個人で貰う訳にはいかないと、リンドウギルドに寄付という形で渡された。
更にアカツキとルスカには、何か出来ることはないかと一国の王が頭を下げてくるものだから、アカツキから一つ、ルスカから一つお願い事を聞く。
ちなみにルスカは当初二つお願い事をしたのだが、その内の一つ、肖像画の約束破棄は却下された。
◇◇◇
エルヴィスの決断は早く、エルヴィス入城の二日後にはアマンダの死刑が公開で行われる。
あれからアマンダは一言も発さず、更新台で前国王の殺害と麻薬によって首都を混乱させた事が明白となり、今まさに死刑が行われようとしていた。
ワズ大公に促され、エルヴィスが合図を送ろうと立ち上がる。
「ちょっと待つのじゃー!」
アカツキに抱っこされながら、ルスカが大声で死刑の実行を止める。
「アカツキ、ルスカ様、どうしたのだ?」
エルヴィス用に用意された椅子が置かれた台から飛び降り、ワズ大公が寄ってくる。
「ワズ大公! これを見るのじゃ! 元王妃の部屋から見つかったのじゃ!」
ワズ大公はルスカからメダルを受け取り、確認すると目を大きく見開いた。
「こ、これは……」
メダルに描かれた見覚えのある紋様。その時、突如奇声が上がる。
「うわぁぁぁぁ! きぃいいっっ!」
奇声を発したのは、アマンダ。突如暴れだし、乗せられた台に向かって自分の頭を打ちつけ出す。
その奇妙な光景に見学に来ていた住民も、兵士も呆気に取られてしまう。
「自殺する気です! 止めてください!」
唯一アカツキだけは、ルスカを降ろしアマンダの元に駆け寄る。
「兵士、アマンダを止めよ!」
一歩遅れ、ワズ大公が叫ぶが時すでに遅く、縄で後ろ手に縛られたまま兵士を振り払い、城に向かって走り出す。
ひどく鈍い音と共に、アマンダは城に頭を打ちつけぐったりと倒れこんだ。
駆け寄ったアカツキが、アマンダの首に手をあて生存を確認するが、ゆっくりと首を横に振る。
「叔父上、一体それは……」
エルヴィスがワズ大公の手にあるメダルについて聞くと、答えたのはルスカだった。
「それはな、その紋様はルメール教の証じゃ!」
◇◇◇
「アカツキ~、退屈なのじゃ~」
「あ、ちょっとルスカ様! 動かないでください」
アマンダとルメール教の繋がりの謎を残しアマンダが自害した日から二日後。
ルスカとアカツキは、城の一室で軟禁されていた。いや、正確に言うと軟禁されているのはルスカのみで、アカツキは単なる付き添いなのだが。
「ルスカ、綺麗ですよ」
椅子に座り本を読みながらアカツキは、ルスカを見てニコニコと微笑む。
今ルスカは、髪色に近い薄い青色のドレスに身に纏い、髪は結われリボンをし、薄く化粧もされ頬にはチークまで入っている。
椅子に座り、足を閉じて手は太股の上に重ねて置き、一点を見て軽く微笑む。
ルスカの視線の先には一人の女性がキャンバスに向かい必死に手を動かす。
そう、ルスカの肖像画だ。ワズ大公に頼まれたそれである。
ルスカは、ありのままの自分で良いと訴えるがリュミエールとミラを筆頭にメイド達から着せ替え人形の様に揉みくちゃにされたのだ。
今、ルスカは微笑んではいるが、内心リュミエールとミラをどうしてやろうかと、沸沸と煮えたぎっていた。
「アカツキ~、何か分かったかのぉ」
「あー、また動く。大人しくしといてください」
横にいるアカツキの方を向いたルスカの顔を、強引に自分の方に向かせる絵師の女性。
「こいつも、後で覚えとくのじゃ!」
ルスカの怒りの対象に入った絵師は、背筋がとても寒くなった。
「はぁ~、それにしても退屈なのじゃ」