十四話 幼女と青年、ギルドを襲う
「ルスカ、今のは!?」
「魔法反射じゃな……しかし、弾く訳でもなく跳ね返りとは」
謎の集団に襲われかけたアカツキ達。乱入により、集団は逃げ出したもののルスカの魔法が何かによって跳ね返されたのだ。
ルスカも慌てたのか、藍白の髪は少し乱れていた。
「アカツキと女神様、それにギルドの、思ったより早く戻って来たな」
「ワシは今機嫌悪いのじゃ、次言ったらぶっ飛ばすのじゃ」
「ワタシはアイシャですよぉ、名前くらい覚えてください」
厳つい男達の中から、見知った顔の男ナックが寄ってくる。
天使からいつの間にか女神に昇格していたルスカは、苛立ちながらナックに杖を向けており、アイシャは自分の名前が呼ばれず、口を尖らし耳を伏せしょんぼりしていた。
「おいおい、今は勘弁してくれ。せめてヤヨイーが戻ってからで頼むよ」
へらへらと笑い顔のナックに益々腹を立てるルスカは、顔も見たくないと馬上で体の向きを変えてアカツキのお腹に顔を隠す。
「ナックさん、正直助かりました。しかし、この人達は……」
「ああ、麻薬の被害者……というより家族や恋人が被害にあった奴等だ。俺達の仲間だよ」
アカツキは、改めて男達を見ると先程までと違い穏やかな表情をしている。
先程までの厳つさは、戦闘中だったからかもしれない。
「それより、話があるんだ。この間の酒場に行こうぜ」
ナックが「行くぞ!」と男達に声をかけると、ナックを先頭に歩きだし、アカツキ達も後をついていった。
◇◇◇
相変わらず萎びた酒場だが、到着すると男達は飲み始める。一見すると、ただの酒場に見せるために。
ナックは、カウンター内にいるマスターに声をかけると、カウンター横の扉を開けた。
「こっちだ」
ナックはカウンター横の扉に入っていく。アカツキとアイシャ、それに拗ねてアカツキに抱っこされているルスカは、ナックの後をついていき、この間の部屋に入っていった。
「まぁ、かけな。それと、ギルドのは悪いが……」
「はい、見張っておきますよ。それからアイシャです」
また名前を呼ばれないアイシャの尻尾は垂れ下がり、扉に備えられた小窓から様子を伺う後ろ姿に哀愁すら感じる。
「早速で悪いがこれを見てくれ」
ナックは小さく手のひらサイズに折り畳まれた布を、テーブルに置くと布を開いていく。
布の上には植物の茎と思われる物が三本置かていた。
「麻薬……」
アカツキが小さく呟く声に頷き答えるナック。
今まで拗ねていたルスカも、振り返りジッと見ていた。
「ルスカ、何の植物か分かりますか?」
「うーん、見たことないのじゃ」
ルスカが知らない麻薬。つまりルメール教時代の物とは異なる事を意味していた。
「本当にこれが新種の麻薬なのですか?」
アイシャも思わずテーブルに置かれた麻薬に目をやる。
「間違いねぇよ。家族が麻薬中毒になった奴から受け取ったからな。その家族は亡くなっちまったが」
部屋は暗く沈黙してしまう。今現在、アカツキの同級生のヤヨイーが苦しんでいるのだ。
亡くなったと聞いて麻薬と結び付けるのは容易だった。
「あー、あとなコイツが厄介なのは使い方だ」
ナックは沈黙に耐えられずに話を続けた。
「使い方?」
「ああ。コイツはな、水に浸すだけでいいんだ。もしくは沸騰した水だな。しかも無色で無臭と来てやがる」
再び全員が口を閉ざしてしまう。しかし、アカツキの顔色は他の誰より酷く悪い。
「アカツキ?」
ルスカが心配そうにアカツキの顔を覗き込み声をかける。
「あ、ああ。すいません。ヤヨ──三田村さんの事を考えてまして」
アカツキは彼女が自ら麻薬を摂取したとは考えられなかった。
「ああ、アカツキの考えている通りだ。ヤヨイーは、誰かに麻薬を浸けた水を飲まされたんだ。しかし、本人に聞いても言いやしねぇ」
ナックは自分の不甲斐なさを感じてか悔しそうにテーブルを強く叩いた。
「アカツキ、そのヤヨイーだけではないのじゃ。リュミエールが言っておったろ。国王は人前でも薬を求める様になったって。アカツキ、お主は薬を飲む時どうするのじゃ?」
「え? 薬って、普通の薬ですよね? そりゃあ、水で……あっ!!」
ルスカが投げかけた疑問にアカツキが気付き、続いてアイシャやナックも気付く。
ルスカは、アカツキの膝の上から降りてきて正解だと言わんばかりに、杖を床に叩くように突いた。
「国王は、麻薬を求めていた訳ではなく、薬は普通の薬って事ですね。王女様の話だと、国王は長子が亡くなって気落ちしていました。薬は、それを改善する薬だったって事ですね」
少なくともこれで、国王が自ら麻薬に溺れたという不名誉は晴らせる。
だが、問題は山積していた。
「ナックさん、麻薬の売人とかは?」
「すまねぇ、見つかってねぇ」
ナックは力無く首を振る。
「まだ、救いなのは麻薬の数が少ないという事ですね。これほどの麻薬なら、本来爆発的に広がってもおかしくないですが、現在グルメールの街だけです」
「広がらない様に故意にしている?」
アカツキはアイシャの意見から、やはり使用だけでなく、麻薬の存在もグルメール王国全土に広がらないのはおかしく思っていた。
もし、住民の家族が麻薬で苦しんでいたらどこに駆けつけるか。医者は当然だろう。しかし、治らないと判断されたら……根本的な問題、麻薬をどうにかしたいと駆けつけるのは……
「やはりギルドですか」
当初睨んでいた通り、ギルドが関わっている。その意見にこの場にいた全員が賛同する。
「ギルドを住民に襲わせるのじゃ」
「「いやいやいや、襲ってどうするんですか!!」」
あくまで押しかけるだけだ。襲う訳ではない。
二人に突っ込まれ、ルスカは再び拗ねてアカツキの胸に顔を埋めた。
◇◇◇
仮眠を酒場の部屋で取り、翌朝ギルドマスターが出勤する頃を見計らい酒場の外に出たアカツキ達とナック。
「アイシャさん、ギルドに押しかけたら王族が介入してくる可能性はありますか?」
「うーん、ないと思いますね。ギルド自体は帝国の物ですし、今回はワタシ主導で動きますからね。自浄作用を邪魔する事は、帝国に喧嘩売るようなものですし」
今回は、たまたま首都に来たアイシャが、グルメールギルドに麻薬関連の依頼が悉く揉み消されれているのを知って、押しかけるという筋書きだ。
捕らえるのは、グルメールギルドのマスター、副マスター、受付の三人である。
ナックが事前に集めた老若男女全て含めた二十人とアイシャが準備を終え、いつもの酒場から出発する。
女性を含めたのは、男性ばかりだと不自然な為だ。
なるべく目立ちながら、ギルドに向かう。多くの野次馬を集める為に。
ギルドに到着する頃には、何事かとかなりの野次馬がアイシャ達を追って来ていた。
「ギルドマスター! 出てきなさい!!」
アイシャが先頭に、ギルドの扉が壊れるかと思うほど強く押し、怒鳴り込んだ。
既に何人かのパーティーは、ギルド内におり突然の事に困惑する。
慌てた受付のエルフの女性が、どういう事か聞いてくるが、アイシャはコメカミに青筋を浮かべながら、頭の上の耳をピンと立て、尻尾も逆立つ。
「どうもこうもないです! たまたま首都に来たら、ギルドで麻薬に関して揉み消してるらしいじゃない!」
麻薬と言う言葉を聞き、受付が目を一瞬反らすのをアイシャは見逃さなかった。
「受付は知っているはずです、捕らえて!」
アイシャの合図で、あっという間に受付のエルフは組み伏せられる。
それを見た一部のパーティーが椅子から立ち上がった。
「動かないで! 今動けば、あなた方も麻薬に関わっていると判断します!!」
アイシャの言葉で、一度は立ち上がったものの再び椅子に座り大人しくなる。
「さぁ、あとはギルドマスターと副マスターよ」
アイシャを先頭に一気にギルドマスターの部屋へと突入する。
「うわっ、何だ!? お前ら!」
「久しぶりですね、マッド。こういう形で再会とは」
「アイシャ? どういう事だ……って、うわっ離せ!!」
グルメールのギルドマスターのマッドは、突然の事に驚き、そして何もわからないまま組み伏せられた。
「あとは、副マスターだけど……」
「──シャさーん!」
自分を呼ぶ声がし窓の外を見ると、アカツキとルスカがこっちに向かって手を振ったいる。
そしてその足元には、ぐるぐるに植物の蔦で巻き付かれた副マスターと思われる人物が。
どうやら咄嗟にギルドの裏から逃げたものの、ルスカに捕らえられたみたいだ。
この捕物の中にナックは居ない。ナックと残った仲間は、野次馬に紛れ込んでいた。
「おい、聞いたかよ。どうやらギルドの奴ら麻薬に関わっているらしいぞ」
「ええ!? 本当かよ!」
「なぁなぁ、知ってるか? どうやら王族も麻薬に関して繋がっているみたいだってよ」
「うそ? ええ? じゃあ最近のおかしなお触れも?」
「もしかしたら国王様が亡くなったのってさ」
「おいおい、グルメールは麻薬で苦しんできた歴史があるんだぞ。そんな、まさか?」
人の噂というものは怖いもので、野次馬だけでなくあっという間にグルメールの街全体に、王族と麻薬の関係が広まった。