十三話 幼女と大公、揉める
「そんな……バカな!?」
大公には自信があった。
長年ルスカの絵本の復旧に努めて、ルメール教時代の書物を調べて調べて調べまくった。
結果、ルスカの絵本は腐食している部分を修正し、新しく作り上げた。
その際、身に付けた知識でルメール教については、誰よりも知っていると思っていたのだ。
過信。
ワズ大公の自信は、既にボロボロになっていた。
ダラスが崩れ落ちそうな大公に肩を貸し支える。
先程まで、精悍な顔つきだった男は、そこにはいなかった。
「ワズ大公」
落ち込み顔を伏せ、下がる視界に入ってきたのはルスカだ。
ワズ大公の顔を見上げ、睨み付けてくる。隣で肩を貸しているダラスも心配そうにしていた。
ルスカは、杖を握る力を強めワズ大公の額を杖で突き飛ばす。ビクリバコではなく、杖でだ。
「ワズ大公! お主、国の大事に何を呆けておるのじゃ! お主はこの国の重鎮じゃろ? 間違いなど誰でもあるのじゃ! 要はそこからどれだけ取り返せるかじゃ!!」
ワズ大公には聞き覚えがあった。いや、正確には見覚えが……
“何を呆けておるのじゃ! お主はこれからこの国を建て直すのじゃろ? 間違いなど誰でもあるのじゃ! 要はそこからどれだけ取り返し、この国を良いものにするかじゃ!!”
これは絵本に書かれた、ルメール教を倒したがボロボロになった民を見て呆けている主導者に対して、ルスカがかけた言葉。
ワズ大公が幼い頃、絵本を直そうとキッカケとなった台詞の一文。
痛む額を押さえながらワズ大公の目に光が戻ると、ダラスを退かし片膝をつく。
アカツキもアイシャもダラスも、その行動に驚きを隠せなかった。
一国の国王になり得る男が、目の前の幼子の前で礼を執ったのだ。
ダラスは、慌てて起こそうと肩に手をやるが払われる。
「ルスカ・シャウザード様。我、グルメール王国大公、ワズ・マイス・グルメールは汝に、いや汝らに協力をする事を誓おう」
協力を誓う。それは、アカツキ達を信用すると同意。アカツキとアイシャは手を取り喜んだ。
「ただし! 第一王妃を断罪するには、証拠が必要になる。我が動くと目立ち奴らが何をするかわからぬ! なので証拠を集めてもらいたい」
アカツキ達は頷くと、ルスカが大公の目の前に握手を求め手を差し出す。
その小さな紅葉の様な手を見ると、大公はフッと思わず笑みを溢してしまう。
一度立ち上がり、改めて屈むと大公は、ルスカの手を取った。
「最期に一つ頼みがある。全て終わったらルスカ様の肖像画を描かせて貰えないだろうか!」
「断る!……のじゃ」
大公は、新たに絵本を書き直す為に是非と再度頼むが、ルスカは頑として断る。
「ルスカ、いいじゃないですか。肖像画くらい……」
アカツキが大公に助け船を出すと、ルスカはその場に寝転び「嫌じゃ、嫌じゃ!」と手足を動かし駄々をこね始める。
アカツキも大公も困り果て、ルスカにどうしてそこまで嫌がるか聞いてみた。
「アカツキ、だって、だって! 肖像画って言ったら裸じゃろ? 絶対嫌じゃ!」
「え? そうなのですか? 大公、流石に、それはちょっと……」
絵画に興味のないアカツキは、このローレライの絵画がそういう物なのかと勘違いしてしまっていた。
「待て待て待て! そんな訳なかろう。ただの姿絵だ、裸になる必要はない!」
誤解され慌てるワズ大公は、ひたすら否定するがルスカを始め、特にアイシャが軽蔑な眼差しで大公を見ていた。
「ワズ大公、サイテー」
「アカツキ! やっぱり、こいつ倒したいのじゃ!」
流石に倒すのは駄目と首を振るが、ルスカを守るかのようのにアカツキはルスカを抱き寄せる。
「ご、誤解だ……」
◇◇◇
ダラスから改めて説明した上で肖像画を依頼され、渋々引き受けたルスカ。
大公は、何故すぐにフォローしないのかと、訴えるようにダラスを睨むが、ダラスは途中からアカツキ達がからかっている事に気付き何も言わなかったのだ。
「それでは、私達はすぐにでも出発します。国軍の足止めは宜しくお願いします」
国軍は大公を出迎える為、グルメールを出立していた一軍だ。
恐らく近いうちに、ここハービスに着くだろう。
アカツキ達は、国軍と遭遇しない為にも時間を惜しんでいた。
「それと……」
アカツキはショボくれている大公ではなく、ダラスに耳打ちする。
それは、ルスカが魔法で作った道。
それを使えば、首都への距離を短縮出来ると。
ダラスがその道が出来た経緯を聞き驚くが、すぐに大公へと具申する。
「大公! すぐに我が軍を動かしましょう。ルスカ様が作った道を使えば、国軍が引き返してグルメールへ戻ってきても、途中で迎え打てます」
国軍は、大公を迎えにこちらに来ている。しかし、今動けば、国軍と、すれ違う事無く首都の近くへと行ける。
国軍には大公の軍が消えた、と思わすことが出来るのだ。
大きな時間稼ぎになるし、その後国軍が首都戻って来てもワズ大公の軍が首都への街道を押さえられるのだ。
「よし! すぐに出発だ! 急がせろ、ダラス!!」
「はっ!」
ダラスが宿から出るのと同じくして、アカツキ達も出発する準備をする。
隠していた馬を宿の前に持ってくると、ルスカを馬の背に乗せ自分も飛び乗った。
「それでは、ワズ大公。私達は先に出発します。ルスカの作った道の場所はダラスさんに大体伝えてますから」
「近々、城で会おう」
城で会う。それは、すなわち第一王妃を廃してという事だ。
ルスカがニヤリと笑みを浮かべ、アカツキとアイシャは馬上から頭を軽く下げると、手綱を動かしハービスの街を後にした。
◇◇◇
アカツキ達は、ハービスの街から街道を戻りルスカが魔法で作った道をひたすら駆け抜けた。
首都まで短縮出来るとはいえ、半日以上かかり再び街道へ出る頃には辺りは真っ暗だった。
「はぁ……はぁ、後少しです。ルスカ、大丈夫ですか?」
「ワシは平気じゃ」
肩で息をしているアカツキとアイシャ、馬も汗をかき、馬体がランプの灯りで輝くほどだ。
“キュアファイン”
ルスカが回復の魔法をかけると、アカツキ達は馬ごと淡い光に包まれ、再び元気になった馬を走らせる。
ランプに照らされた街道の先に明かりが見え始めた。
「見えました。グルメールの街の門です」
相変わらず、門番の数は少数で特に検問もなくアカツキ達は入っていく。
夜になるとグルメールの街の様子が良くわかる。店は既に閉まり、家の窓から漏れる光の数は少なく、何よりどんよりと静まり返っている。
とても、首都とは思えないほどに人の気配もない。
「まるで廃墟なのじゃ」
アカツキとアイシャもルスカの言っていることは、最もだと感じていた。
「アカツキさん、ルスカ様。この街の人の為にも、一刻も早く解決しましょう」
二人は頷くと、馬を歩ませ暗い路地の中へと消えていく。
大通りから外れた通りへと出たアカツキ達は、まずはナックが居ると思われる萎びた酒場へと向かった。
「アカツキ。見られておるのじゃ」
「ええ……視線をあちこちから感じます」
大通りでは感じなかった人の気配を、裏通りに入ると感じる。
あまり、いい傾向ではない。
犯罪の匂いが強い。
「囲まれましたね」
アイシャがそう言うと路地から、わらわらと人が出て来てアカツキ達の進路と退路を断つ。
「なんじゃ、何か用か!?」
ルスカが語尾を強めるが、退く気配はない。アカツキ達を取り囲む人達は、全てフードで顔を隠しており性別もわからない。
ルスカが杖を構え、アカツキも金物屋で買った古びた剣を構える。
しかし、道は大して広くなく、馬に乗っているアカツキ達には不利だ。
「ぐわっ!」
緊張感が走る中、フードの奴等の一人が悲鳴を挙げて倒れ込んだ。
慌てた仲間は、後ろを振り返ると武器を持った厳つい顔の男達が。
その中にはアカツキ達の見知った顔もいた。
不利になった! そう判断したのかフードの奴等の行動は素早かった。
一人が手を挙げると、倒れた仲間を持ち上げ声一つ無く建物の路地等に隠れる様に霧散して逃げていく。
「逃がさぬのじゃ!」
“ストーンバレット”
真っ先に反応したルスカが魔法を放つ。魔法の向かう先は、先ほど手を挙げた者。
当たる! 誰もがそう思った時、相手がこちらに手に持った光る何かを向けた。
その何かが光った瞬間、飛んで行った石礫が、ルスカにアカツキに引き返して来た。
ルスカは咄嗟にグレートウォールを放ち石礫を防いだ。
「チッ。逃げられたのじゃ」
グレートウォールの土壁が崩れると、フードの奴等は姿形無く消えていた。