一話 幼女と青年、呆れる
アイシャからの依頼で、ミラ達の父親の麻薬中毒の調査を引き受けたアカツキとルスカ。
ギルドの二階にあるアイシャの部屋から一階へと降りてきたアカツキ達の見たものは、テーブルの上に立ちベロンベロンのナーちゃんと、男どもの乱痴気騒ぎ。
ギルド内には酒の臭いが立ち込めている。
真っ赤な顔したナーちゃんが中心になり、声を荒げ盛り上がっていた。
「ギルマスがなんだー! 休みよこせー!」
「おー!」
「ルスカちゃんがなんだー! ガキンチョのくせにー!」
「おー!」
「アカツキさんのヘタレー! 枯れてんのかー!」
「おー……!!」
男達はある一角に視線が集中し、少しずつナーちゃんから離れて行く。
もちろん視線の先には、アカツキと恐ろしく冷徹な目なルスカと怒りで顔を真っ赤にしているアイシャがいた。
「あれー? にゃんでみんな離れるんですかー?」
ナーちゃんは、周りの男達の視線が一点に集まっているのに気づくと、顔色が青を通り越して白くなっていく。
「そんなに休みが欲しいなら、ずっと休ませてあげますよ?」
「ガキンチョ……」
「枯れてますか、そうですか」
アイシャはポキポキと指を鳴らしながら、ジリジリ後退するナーちゃんに近づいていく。
「い、い、いいいやぁあぁぁぁぁ!!!!」
◇◇◇
「これで、緊急クエストとして受付ました。あと、更新台でギルドカード更新しておいてください」
アカツキは、アイシャから緊急クエストの依頼書を受け取りアイテムボックスに仕舞うと、ナーちゃんで遊んでいるルスカを呼びに行く。
「ルスカ、ギルドカード更新しますよ。ほら、何時までも遊んでないで」
「はーい、なのじゃ」
アイシャの手によって縄で、す巻きにされたナーちゃん相手にケツバットならぬ、ケツ杖で遊んでいたルスカはアカツキに呼ばれ駆け寄る。
アカツキは更新台の窪みに自分のギルドカードを置き、その上に手を置くと、紋様が緑色に光り更新を始める。
続いてルスカも同じように、アカツキに抱えられながら更新する。
「空いている椅子を使えばいいのに……」
「ルスカ、後で私にも杖を貸してもらえませんか?」
余計な一言を言ったナーちゃんは小さく「ひいっ!」と声をあげて怯え出す。
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《アカツキ・タシロ》 二十三歳
リンドウギルド所属ランクF
人間族
《こなしたクエスト》
採取クエスト(1)
狩猟クエスト(0)
探索クエスト(0)
緊急クエスト(0)
《特記項目》
スキル有り
アイテムボックス
家事全般可能
執事経験有り
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《ルスカ・シャウザード》
リンドウギルド所属ランクF
《こなしたクエスト》
採取クエスト(1)
狩猟クエスト(0)
探索クエスト(0)
緊急クエスト(0)
《特記項目》
なし
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ゴッツォの依頼をこなし、新たに更新されたギルドカードだが、やはりルスカには年齢など出ない部分があった。
「あの……ワタシが頼んでおいてなんですけども、くれぐれも気をつけてください」
アイシャは柄にもなく深々と頭を下げる。
それほど深刻な状況に、アカツキは頭が痛くなってくるのだった。
「あれ? アカツキ、杖は要らぬのか」
「ええ。何か構うと喜びそうなので」
ルスカがギルドを出ようとするアカツキを呼び止めると、アカツキはナーちゃんを指差しながら答えた。
ルスカが芋虫みたいな状態のナーちゃんを見ると、目は輝き期待を膨らませ、恍惚な表情をこちらに向けていた。
「……帰った方がいいのじゃ」
「そうしましょう」
踵を返し、二人はそそくさとギルドを出ると、中からアカツキを呼ぶナーちゃんの声が聞こえたが、二人は聞こえないふりして、その場を早足で離れていった。
◇◇◇
ゴッツォの宿へと向かったアカツキ達。
パクにも会いに来たが、セリーと遊びに出かけて不在であった為、ミラに父親の居場所を聞く。
「えっ……父ですか? 多分首都にいるとは思いますが、詳しい所在までは……」
気のせいか口ごもる様なミラに不審な目で見るルスカだが、アカツキが何も言わないので、敢えて言及しなかった。
宿を出た二人は家への帰路に着く。
「さて、首都グルメールには明日の朝にでも出発しましょうか」
家へと戻ってきたアカツキはルスカを伴い、裏庭へ水を汲みに行く。
アイテムボックスから皮の水筒を二つ取り出すと、ルスカに水筒を洗って水を満タンにするように頼むと、自分は水を入れた桶を持って台所へと戻っていった。
“材料調達”で取り出したのは、豚コマとキャベツと人参に、中華麺。
キャベツと人参を必要な分だけ切ると残りは再び仕舞い、調理を始める。
キャベツを切りながら窓の外を見ると、懸命に水筒を洗うルスカが目に入る。
井戸のそばに座って、びしょびしょに濡れながら洗う姿に微笑ましくなり、つい笑みを浮かべるアカツキ。
材料を一通り切り終え、フライパンで豚コマを炒めながら裏庭の一角を見る。
「あそこに作って貰いましょうか」
窯の場所を確認しているのだろう。その顔はまるで新しい電化製品を楽しみに待つ主婦のようであった。
フライパンにキャベツと人参を入れ、塩コショウを振り軽くほぐした中華麺を投入する。
「アカツキ~、終わったのじゃ~。扉開けて欲しいのじゃ~!」
裏庭への勝手口を開けると、両手で抱えるように二つの水筒を持つルスカが入ってくる。
「ん! すごくいい匂いするのじゃ」
丁度フライパンにソースを入れたところだった為、部屋中に漂うソースの香ばしい匂いが鼻をくすぐっていた。
「さぁ、ご飯にしますから、まずは着替えましょうか」
水筒を受け取ると、やはりルスカの服はびしょびしょに濡れている。
その場で濡れた服をアカツキに渡し、ルスカはパンツ一枚で二階に着替えに行く。
アカツキはルスカのお尻に描かれた熊ちゃんを見送ると、お皿を並べてご飯の用意に戻るのだった。
◇◇◇
「ルスカ、少し出掛けますが留守番お願い出来ますか?」
首都グルメールに向かう数日の間の為、買い物をしておこうと思い、ルスカについてくるか聞いてみた。
「お皿洗って待ってるのじゃ!」
ご飯を食べ終えたルスカが椅子の上に立ち、テーブルの食器を片付けていく。
「偉いですね、ルスカは。それじゃ少し買い物行ってきますね」
積み重ねた食器を持ち裏庭に行こうとするルスカの頭を撫でてやると嬉しそうに目を細める。
両手が食器で塞がっているルスカの為に裏庭への勝手口を開けてやると、アカツキはそのまま裏庭から通りへと出ていった。
通りからまずは向かうのは、十字路の角にある金物屋である。
店内を覗くと、置物の狸もとい店主のお婆さんがいた。
アカツキが店内に入ると、陳列されている商品を見ていく。
「まずは……と、お重みたいのは無いですかね……」
アカツキは蓋のついたお重箱に似たような物を探す。
この間サンドイッチを鍋に入れて行った為、お弁当箱の代わりが欲しかったのである。
「ああ、ありました、ありました。ん……?」
アカツキは赤いお重箱に似た箱を選び手に取ると、立てかけられた剣が目に入る。
剣を手に取り鞘から抜くと、素人のアカツキにもわかるくらい研がれていない。
万一を考え、アカツキは剣を鞘に納め購入を決める。
「そう言えば、包丁研ぎも欲しいですね」
剣ではなく包丁が頭に浮かんだ辺りアカツキらしい。
店内を物色し砥石を手に取ると置物の前に並べる。
「銅貨二枚じゃ」
「安いですね。ここに置いておきますね」
相変わらず破格の安さに驚くアカツキだが、お婆さんの前に置いた銅貨が、あっという間にお婆さんの手にあるのことに更に驚いた。
「毎度ありですじゃ」
お婆さんの不気味な笑顔に見送られながら、アカツキは店を出ると、頬に滴が落ちる。
「あっ! 雨ですか!? 急いで戻らないと」
天を見上げると、みるみる空が真っ黒になっていき、アカツキは走って家へと戻っていく。
玄関を通らず裏庭に入ると、干してあった洗濯物を取り込み、慌てて勝手口から家と入った。
「大事にならずに良かったです」
息を切らせていると、扉を閉めても外の雨の流れる音が聞こえてくる。
「明日までに止むでしょうか?」
窓の外の白糸の様に降り続ける雨を見て呟くアカツキだが、返事はない。
家に入って一番最初に目に飛び込んだのは、テーブルに伏して眠るルスカだ。
その側には、洗われた食器が積み重なっていた。
「ルスカ、寝るならベッドで寝ましょう」
揺すり起こすと、うっすら目を開けて寝ぼけ眼で、アカツキに抱きつく。
「う~、眠いのじゃ……」
「ほらほら、先にトイレ行ってきなさい」
抱きついたまま離れないルスカを椅子から降ろし、トイレの前に連れて行くと、頭をふらふら揺らしながらトイレへと入って行った。
食器を仕舞い、テーブルを掃除しているとトイレから出てきたルスカがアカツキの脚にしがみつく。
アカツキは、ルスカを抱っこして寝室へと連れて行った。