二十一話 幼女と青年、初クエストを完了する
「料理が決まらないならぁ、ランチのセット残ってますよぉ」
セリーに言われて、メニューのランチセットを見ると、パンとスープのセットに三種類の中から選べる料理とある。
一、ホロホロ肉の煮込み
二、ホロホロ肉のステーキ
三、ホロホロ肉の激辛炒め
「ホロホロ肉専門店の間違いなのじゃ……」
セリーに聞こえないように小さく呟いたルスカに、アカツキも同じ事を考えているのか黙ってしまう。
「あのワタシ、三でお願いします」
「……ボクも」
ミラとパクは迷う事なく三の激辛炒めを選択すると、聞いただけで辛さを想像し、ルスカは水をがぶ飲みし始めた。
「私は、二でお願いします。ルスカは?」
「ワシもアカツキと同じがいいのじゃ」
セリーは注文を承ると、パタパタとスリッパを鳴らし厨房へと戻っていく。
「ミラ達は、辛いの平気なんですか?」
ルスカが辛いのが苦手なのもあり、考えていなかったが好物なら今度カレーでも作ってあげようかなと思い、ミラに聞いてみた。
「ワタシもパクも辛いの好きですよ」
平然と答えるので、大丈夫かなと胸を撫で下ろした、その時。
厨房からのゴッツォの重く低い声が、店内まで聞こえた。
「え!! 三の注文入ったのか!?」
いつもの大きい重低音の声だが、声にいつもの豪快さは無く、どこか震えている声に聞こえた気がする。
理由はわからないが、三の激辛炒めは滅多に注文入らないみたいだ。
パンとスープを先に持ってきたセリーは、一言「気をつけてねぇ」と再び白いリボンを揺らしながら厨房へ戻っていく。
五分経たないうちに、突然ルスカが泣き出してしまう。
「うう……アカツキー! 目がぁ、目が痛いのじゃ!」
「る、ルスカ、大丈夫ですかぁ」
ルスカだけでなくアカツキの目からもポロポロと涙が止まらず、目を開けていられなくなる。
周りの客も騒ぎだし、次々とお金を置いて出ていく。
「お待たせしましたぁ」
薄目の隙間から見たセリーは、平然と皿を持ち厨房から出てくる。
セリーが自分達のテーブルに近づく度に、涙の勢いが増し薄目すら開けるのが辛くなってくる。
「あ、アカツキぃ」
「くっ、もう無理です、店を一旦出ましょう」
限界を突破した二人は、ひとまず避難をと店の外に出る。
普段なんとも思わない外の空気がとても清涼に感じるのか、アカツキだけでなく周りにいた客も、大きく深呼吸をしている。
「アカツキぃ、何処なのじゃあ? 目が見えないのじゃ!」
「ここにいますよ、ルスカ」
目をごしごしと腕で拭きながら叫ぶルスカに、声をかけ正面にしゃがみこむと首に抱きついてくる。
アカツキは、そのまま抱っこしてルスカの背中を優しく叩いて、あやしてやった。
「うぅ……痛いのじゃ……痛いのじゃ、アカツキぃ」
ようやくルスカが泣き止み始めた頃、店からゴッツォが涙を流しながら出てくる。
「おっ! アカツキ、ルスカちゃん。大丈夫だったか! ガハハハ」
泣きながら笑うゴッツォを見て、偶然通りかかった小さな女の子は、泣き出し逃げて行った。
「あのメニューは外すべきかもしれんな。ガハハハ」
「どうしてあんなメニューを?」
「いや、セリーの好物でな。やっぱり娘の好きなものは作ってあげたいじゃないか。ガハハハ」
ルスカをチラッと見、気持ちはわからなくないと複雑な表情をするアカツキだった。
「そうだ。ゴッツォさんに相談したいことが」
「どうした、アカツキ」
アカツキは、ゴッツォにミラ達を雇い入れてくれる所に心当たりは無いか聞いてみる。
しばらく考え、周りにまだ残っていた客達にも聞いてみるが、芳しい答えはなかった。
「うーん、無ぇなあ」
「ゴッツォさん、あんた所はどうなんだい。人手が欲しいって言ってたじゃないか」
客の一人がゴッツォに聞き返し、ゴッツォは渋い顔をするが、アカツキの真剣な目を見て困り果てる。
「セリーを学校に通わせたいから人手は欲しいんだが、出せても月に銅貨十枚がやっとなんだ。すまんな、アカツキ」
確かに銅貨十枚なんて、二人で生活するミラ達にとっても厳し過ぎる。
何か手は無いものかと、アカツキも考えながら天を仰ぐと、セリーの店の看板に目がいく。
“酒と宿の店 セリー”
「あの、ゴッツォさん。ここ宿屋ですよね? 食堂もあるし」
「アカツキ、何を当たり前の事を……あっ! そうか、そうだな。それでいいなら雇えるぞ! ガハハハ」
ゴッツォもアカツキの考えがわかったようで、早速二人に話そうと店の中に入るが、すぐに外に出てきた。
「かはっ、かはっ! ま、まだきついですね」
「ああ、しばらく外にいるしかないな」
アカツキとゴッツォは咳き込みながら、店内に充満した辛痛い空気が消えるのを待つのだった。
◇◇◇
まだ少し店内には辛い空気が流れているが、既にミラとパクの前には、タレ一つないキレイなお皿が置かれていた。
アカツキとゴッツォは中に入り、そのお皿を見て目を丸くしてしまう。
ルスカは外の入口で、座っていた。
アカツキからミラに、ゴッツォの店で雇って貰える事を伝える。
アカツキとゴッツォが思い付いた事、それはゴッツォの店は宿屋で食堂という事。
つまり寝る所と三食付きと破格の条件だ。
しかし、ミラは喜ぶどころか悲しそうな顔をしてアカツキの顔を見て何かを言いたそうにしている。
アカツキは察したのか、ミラに諭す様に話かけた。
「ミラ、あなたは弟のパクを守るのでしょう。大丈夫、私達の家は近くです。休みになれば遊びに来ればいいのですよ」
アカツキはミラが一人でパクを守れるのか不安なのと思ったみたいだが、検討違いのようでミラは困ったような、心配してくれるのが嬉しいような、複雑な表情に変化する。
ただ一人、セリーだけはアカツキに呆れた表情をし、大きくため息を吐いた。
パクの為、結局自分の気持ちを抑え込んだミラは、ゴッツォの店で雇って貰える様に、改めて自分から頼み込んだ。
店内の空気がルスカでも耐えれる位にマシになり、ルスカが店内に入ってくると、ゴッツォは厨房に戻りアカツキとルスカの分の料理を始めた。
「相変わらず、噛みきれんのじゃ」
「そうですね……味は良いし、ナイフでは切れるのに、何故か歯では噛みきれない」
二人してホロホロ肉のステーキが噛みきれず苦戦をしている。
ミラ達はセリーに自分達の部屋を案内してもらい、現在店内にはアカツキとルスカの二人きりだ。
アカツキは食べ終え、ルスカが終わるのを待っていると、厨房から大きな足音と共にゴッツォがやってくる。
「ああ、良かった。まだいたか。肝心な事を忘れる所だったぞ。ガハハハ! ほら、クエスト完了のサイン入れるから依頼書貸しな」
アカツキも激辛事件で、すっかり失念しており慌ててアイテムボックスから依頼書を出すと、ゴッツォに渡す。
「アカツキのアイテムボックスの魔法、どのくらい入るんだ? オレも使えるが、どうも容量がなぁ」
アカツキのアイテムボックスは、魔法ではなく転移者を示すスキル“材料調達”の恩恵のアイテムボックスだ。
極力目立ちたくないアカツキは、転移者である事を隠したい。
故にスキルと言わず誤魔化す事にした。
「そうですね。限界はわからないですが、二十人の冒険者をダンジョン攻略までの二週間分位の食糧を入れた事なら」
「はぁー!? なんだそれは? そんなに入るアイテムボックスなんて聞いた事ないぞ!」
アカツキは帝国にいた頃、魔法でのアイテムボックスは見たことある。
割りとアイテムボックスを持っている人は多い。
ただ、アカツキは、どれくらい入るのが平均的なのかを知らず、驚かれた事に驚く。
「ガハハハ、それは凄いな、アカツキ!」
ゴッツォに背中をバシバシ叩かれながらも、他人に褒められて嬉しくないはずはない。
しかし、アカツキよりもルスカの方が腰に手をあて胸を張り誇らしげな顔をしていた。
◇◇◇
ご飯を食べ終え、ゴッツォからクエスト完了のサインを貰うと、ミラ達に見送られアカツキとルスカは、ギルドへと向かった。
「いらっしゃいませ、アカツキさん、ルスカちゃん」
受付のナーちゃんが二人を迎え入れる。
すぐにアカツキはクエスト完了の報告をし、依頼書を提出した。
「はい、承りました。処理が終わるまでギルドマスターの所へどうぞ」
ナーちゃんが受付横の扉を開けるが、アカツキとルスカは怪訝な顔をして進もうとしない。
「何をサラリとアイシャに会わせようとするのじゃ?」
「そそそんな訳あるわけないじゃないですか」
ナーちゃんは、思いっきり動揺し目が泳ぐ泳ぐ。
右目の瞳と左目の瞳が全然違う方向を向いて、何とも器用だが、せっかくの美人が台無しである。
「アカツキ、ナーちゃんがキモいのじゃ」
「そうですね、あからさまに怪しいですものね。お礼を言おうと思っていましたが後日にしますか、ナーちゃんさんがキモいですし」
「二人共、酷い!」
エルフの中でも自分は美人だと自負しているナーちゃんにとって、この二人は最早や天敵だと、豹変する。
「いいから、さっさと行けやぁ! こちとら忙しいんだよ! 言われた通りにすりゃ──へぶっ」
遂に堪忍袋の緒が切れて口調がおかしくなってしまったナーちゃんを、透かさずルスカが止めた。
杖の先から出た白い拳によって。
併設されている酒場の人達は、ナーちゃんを起こそうともせずに、平然と飲み続けている。
どうやら日常茶飯事の出来事みたいだ。
「ちょっと、何を騒いでいるの? って、やっぱりアカツキさんとルスカ様か」
二階から降りてきたアイシャは、現状を見ると一瞬で何があったか理解し、頭の上の耳も肩の力も尻尾も元気がなくなる。
「とりあえず、アカツキさん、ルスカ様。部屋まで来てくれませんか? ああ、まさかと思いますが拒否しませんよね?」
「わかったのじゃ」
「はい……」
平静なルスカと落ち込んだアカツキは、アイシャの後を追って階段を登っていった。