十七話 幼女と青年、厄介事抱え込む
リンドウの街から南の森の湖で、ピーンを山ほど採ったアカツキ達は、一度湖のほとりで仮眠を取って、帰宅の途に就いた。
ミラは三つのピーンを大事に抱えながら、アカツキと並んで歩く。
その目に涙を浮かべて。
別に悲しいわけではなく、ミラの表情は明るい。
食べ物を与えるだけでは、ただの慈善事業で終わっただろう。
しかし、アカツキは仕事を与え、対価として報酬も渡すと言う。
何も出来ず、ただ父親に売られただけでは、得られない満足感。
アカツキの同情だけではない厳しくも、その優しさに触れ、ミラは笑顔で涙を流すのだった。
◇◇◇
森を抜け、街道へと戻ってきたアカツキ達。
リンドウの街に向かって進むに連れ、日は傾き街道を赤く染める。
このペースだと暗くなる前には、街へ入れそうだとアカツキ達は、休まずに歩み続ける。
横を歩くミラを見るが、それほど疲れの色も見えない。
「アカツキ~、お腹空いたのじゃ~」
持たなかったのはルスカのお腹の方で、仕方ないとアカツキは、空間の亀裂に手を入れる。
取り出したのは、苺の飴玉の入った瓶。
ルスカはそれを見て、目を輝かせる。
「おおお、アカツキ。早く、早くじゃ」
薄紫色の艶やかな口を大きく開け、催促してくるルスカ。
アカツキは飴玉を一つ取り出すと、口に入れてやる。
「んん~! これじゃ、この味じゃ~」
満足気なルスカを見て羨ましそうにしているパクの口元にも飴玉を持っていく。
しかし、パクは遠慮してか食べようとしない。
「パク、食べてもいいのですよ」
優しく微笑むアカツキを見て、パクもアカツキの手から飴玉を受け取り口に入れた。
「ふわぁぁっ」
今まで食べた事のない甘い飴玉に、目を見開き顔全体から喜びが伝わる。
「あ、あの……ご主人様。わ、ワタシも……」
ミラが物欲しそうな顔で見つめてくる。
特別美人と言う訳ではないミラだが、誰にでも好かれそうな愛嬌が醸し出され、澄んだ青い瞳は誰もが綺麗だと言うだろう。
しかし、アカツキは違う。
「誰が、“ご主人様”ですか! いい加減にしないと飴玉あげませんよ」
まるで子供に言い聞かせるように、ミラを扱うアカツキ。
ミラは自分に色気があるとは思っていないし、美人だとも思っていないが、流石に子供扱いされ頬を膨らまし不貞腐れる。
「呼ぶなら、アカツキと呼びなさい。そうすれば飴玉あげますから」
「うぅ……わ、わかりました。アカツキ……さん」
渋々認めたのは、ルスカやパクの飴玉を貰った瞬間の笑顔が忘れられないからだろう。
それほど、ミラにとって興味深いものだったようだ。
アカツキは両手が塞がっているミラの代わりに、飴玉を口に入れてやる。
「あ、甘いです! すっごく甘い、美味しい!」
ミラの喜びは異常と見間違えるほどで、文字通り飛び回っている。
その表情は、まさに恍惚と言っても過言ではないくらい上気していた。
◇◇◇
空の赤みが遥か遠くの山の頂上だけに残して、辺りが薄闇に染まる頃、馬の先に付けてあるランプの灯りが、リンドウの街の門を照らし出す。
「さあ、着きましたよ」
アカツキは門番に軽く会釈をして、通り抜けようとする。
しかし、アカツキの目の前に、急に持っていた槍を突きだし通行を妨げてきた。
「おい! いきなり何をするんじゃ」
ルスカの眉がつり上がり怒りを露にするが、アカツキが手でルスカを制するように挙げる。
「どういうことですか? 説明お願いします」
「いや、先ほど奴隷商人が来てな。逃げた奴隷を探しているという話だ。それが、みすぼらしい格好の男の子と女の子らしくてな」
門番は、チラっとミラとパクに視線をやる。
ミラもパクも気が気でなかった。
「門番さんは、彼女らを疑っているようですが、彼女らには奴隷輪が付いていませんし、人違いですよ。それに……」
アカツキは一歩、門番へと近づく。
背の高いアカツキに側に来られては、威圧感を感じるだろう。
明らかに門番は萎縮の表情を見せる。
「それに、もし彼女らが奴隷でなかったら、あなたは人を奴隷扱いする事になるのです。それなりの覚悟はおありで?」
門番の斜め上から顔を近づかせ、そう言い放つと門番は完全にたじろぎ、後退りする。
そこに、ルスカも畳み掛けた。
「そうじゃ、アカツキの言う通りじゃ。人を奴隷扱いしといて、間違えましたじゃ気が済まぬのじゃ。
お主にも奴隷になってもらおうかのぉ。いや、二人侮辱するんじゃ。もう一人、家族にも奴隷になってもらうのじゃ」
ルスカは自信満々な顔でそんなことを言うものだから、門番は益々萎縮してしまっていた。
「そ、そうですよね。ど、奴隷輪が無いのだから違いますよね。失礼しました!」
門番は、アカツキから急いで離れ綺麗に直立すると、道を譲った。
アカツキとルスカは、堂々と胸を張り門をくぐり抜け、リンドウの街へと入っていく。
しばらく歩くと、大通りから脇道へ隠れるように入った。
「はぁ……はぁ……危なかったですね」
「すいません、ワタシ達がいたせいで」
緊張が解け息が荒いアカツキを見て、ミラもパクも表情が曇る。
アカツキは、問題ないとミラとパクの頭を順番に撫でてやった。
「しっかし、やはり追いかけて来てるみたいなのじゃ。これから、どうするのじゃ?」
「そうですね、一度ギルドで相談してみますか」
アイシャなら何とかしてくれるはず。
そうと決まれば善は急げと、人通りの多い大通りは避けて、脇道を通り街一番高い建物の冒険者ギルドを目指した。
「ちょっと、待ってください。アカツキさん」
ギルドまで、大通りに出ればすぐの所まで来たアカツキを、ミラが呼び止める。
「どうかしましたか?」
「あの……奴隷商がいます」
「なんじゃと!?」
建物の陰から、ギルドの方を見ると入り口の前に小太りの男とガラの悪そうな男達が立っていた。
「あれが、そうですか?」
「はい……」
体が小刻みに震えているミラの頭に手を乗せて、安心させてあげた。
「ひとまず私がギルドに何をしに来たのか探ってみます。ルスカは二人をお願いしていいですか?」
「任せるのじゃ」
胸をどんと叩き、意気揚々と馬から降りようとするルスカ。
「アカツキ~、降ろしてくれなのじゃ~」
しかし、足が届かず降りれなかった。
ルスカを降ろした後、そのまま何事もない様に帰ろうとする奴隷商人達の横を抜け、ギルドへと入っていく。
横を通り抜けた時、奴隷商人をチラッと横目で見たのだが、目が死んだ魚の様だ。ガラの悪い取り巻きと、一人だけ目付きの鋭い黒い服の男がいる。
「あ、アカツキさん。もしかして、依頼終了の報告ですか?」
ギルドに入るや否や、受付のナーちゃんが話しかけてくるが、アカツキは無視してクエストの張り紙を見ていく。
「ちょっとぉ、何で無視するんですかぁ?」
一枚のクエストの張り紙に目が止まる。
張り紙には、“逃げ出した奴隷二人の捕獲。報酬一人当たり銅貨五枚”と書かれてはいるが、身体的特徴や性別すら書いていない。
「ナーちゃんさん、これは先ほどの人達が?」
「ほえっ? あ、はい。そうですよ。馬鹿ですよね、これでどうやって見つけろって言う話です。報酬も安いし誰も受けませんよ、こんなの」
ナーちゃんの話からすると、ギルドに所属している人達に追われる事はないだろうと胸を撫で下ろすが、ギルドが引き受けた以上、ちょっとギルド内で相談する訳にもいかない。
「ナーちゃんさん、ありがとうございます。では、私はこれで」
そそくさとギルドを出ると、辺りを見回し誰も見ていない事を確認するとルスカ達の元へと戻る。
「どうじゃった? アカツキ」
ルスカに事の経緯を話すと、しばらく考える素振りを見せる。
「アカツキの判断は間違ってはないのじゃ。ギルドがクエストを受けた事を考えると、アイシャにギルド内での相談は危ないのじゃ」
「となれば、夜、自宅に……ですか」
幸いアイシャの自宅の場所はわかっている。
アイシャが仕事を終えて家へ帰るタイミングを考えると、夜中がベストだろうと判断し、一度自宅へと戻る事を決めた。
大通りを通らず遠回りをして家へと到着すると、中に入り全員が一息つく。
「アカツキ、お腹空いたのじゃ~」
「ちょっと待って下さい……ええっと」
空間の亀裂に手を突っ込むと、取り出したのは昨日残ったシチューとスパゲッティーと卵。
裏庭で水を汲み、サンドイッチの入っていた鍋を洗い、お湯を沸かす。
そこにスパゲッティーを入れて、塩を一摘まみ。
一本麺を取り味見をすると、ザルに移し水気を切る。
フライパンを温め、麺とシチューを入れて絡ませ、お皿に盛り付けると、卵から卵黄だけを取り出し上に乗せた。
「即席ですいませんが、“シチュー風味のカルボナーラ”です」
盛り付けた皿をルスカが受け取り、テーブルへと並べようとするが、ダイニングテーブルはルスカと同じ高さなので、どうにも危なっかしい。
足りないお皿の分は旅で使っていた器も使い、全員分を並べ終えた。
椅子も足りず、ルスカとパクを座らして、ミラには桶をひっくり返して椅子代わりにしてもらい、アカツキは行儀悪いが、立って夜ご飯を食べることにした。