二十三話 魔族、大敗する
「る、ルスカ・シャウザード……」
モルクが天を見上げるほど先に見つけたのは、グランツリーを出発してグルメールに向かったはずのルスカ。
高みの見物と言わんばかりに見下ろし、ニタリと不敵な笑みを見せていた。
「流星ーー!!」
流星の足元から生える天まで伸びる緑黄色の物体。それはよく見ると、植物の蔦が幾重にも絡み合い大樹のようで。
それに見とれていた流星に愛しい人の声が上の方から聞こえてきた。
「カホっ!」
同じくルスカと共にグルメールに向かったはずのカホが、ルスカの隣から流星に呼び掛けたのだ。
『エイル、すまぬがこの辺り一帯にい|る奴ら蹴散らして欲しいのじゃ』
絡まりあった緑黄色の蔦が蠢き、真ん中が割れるとそこには巨大な女性が目を瞑り雄々しくそびえ立っていた。
「ガァアアアッ!!」
蠢く蔦が鞭のようにしなると周囲にいた魔物は弾き跳ばされていく。
「な、なんだコイツは──ぐわあっ!!」
同じように巨大な戦斧ごとモルクも弾かれピンポン玉のように地面を跳ねる。
「ちょ──待って、俺は!」
更に流星までも同じように弾かれて吹き飛ぶ。
「みんなーー!! 逃げろーー!!」
ハイネルの声に反応したヤーヤーも含めグランツリーを守っていたギルドパーティーが逃げ出した後、グランツリーの北門がエイルの蔦で破壊された。
『なな、何しておるのじゃ! 味方までやるな!!』
『ココラ一帯片付ケタダケダ……』
淡々と話すエイルだが心なしか不満そうな声をする。ルスカに言われたようにこの辺り一帯蹴散らしただけである。
ルスカサイズだと、遠くにあたるグランツリーでさえも、エイルサイズだと“この辺り一帯”に入るのだ。
「流星、しっかりしてぇぇぇ!」
エイルをつたって地面へと降りてきたカホは急ぎ流星の元に駆け寄る。
「カホ……な、なんなんだ、アレは!? それに、どうしてここに?」
流星がそう思うのも無理はない。エイルに会いに行ってから此方に戻ってくるのが早すぎるのだ。
「えーっと、実は……」
カホは、ほんの数時間前に遡り話を始めた。
◇◇◇
「ルスカ様ーー!!」
グルメール王国のリンドウの街に向けてザンバラ砂漠に入ったルスカと弥生、カホにタツロウ。
ザンバラ砂漠に入って間もない頃、はるか遠くから此方に向かって砂埃が巻き起こっているのを見つけた。
このままでは巻き込まれる、逃げなくてはと馬車を動かそうとすると、砂埃の方から懐かしい声で自分の名前を呼ばれた気がしたルスカは、よくよく目を凝らす。
「おーーい!!」
緑黄色の蔦でぐるぐる巻きにされたアイシャが、海を渡る潜望鏡のように砂漠という砂の海を進んでくるではないか。
アイシャ本人は、とても平然と笑顔で此方に向かって手を振っているのが、却って腹立たしくなるルスカ達。
誰もが理解が及ばずただアイシャが側に寄ってくるまで、その場で立ち尽くす。
アイシャがルスカ達の目前に到着すると、砂漠の砂がまるで塔の如く立ち上ぼり、すぐに戦闘態勢を取ったルスカ以外は、目を大きく見開き丸くする。
「え、エイルじゃ……と」
砂の塔が崩れるとグルメールにいるはずの神獣エイルが、ザンバラ砂漠のど真ん中でそびえ立っていた。
『因果ヲ外レシ呪ワレシ子、久ジブリダナ。マタ会イマミエル事ニナルトハナ……』
『何故、お主がここにいるのだ? いや、ワシを感知してきたのじゃな』
『話ハコノ娘ニ聞ケバヨイ』
縛っていた蔦が緩み、アイシャは砂漠の砂地に着地する。しかし、エイルによって掘り起こされた砂漠の砂地は弛く、体が半分まで埋まってしまった。
「アイシャ、一体どういうことじゃ、説明せい!」
「そ、その前にワタシの体を掘り起こして下さいよ」
「ええーい、そんなことはどうでも良いのじゃ、早く説明するのじゃ!」
白樺の杖でアイシャの頭を叩くと、面白いように砂地にめり込んでいく。
「わ、わ、ちょっと待って下さい。えっと、実はですね……」
アイシャはギルドを優先した為にルスカやアカツキについていかなかったことを後悔していた。もし、ついていけばアカツキは無事だったのではないかと。
それはアイシャの驕りでもあるが、やはり何かをやらずにはいられず、ルスカがエイルに会った時に何か手助けが出来ないかと、いち早くエイルの説得に向かった。
しかし、死を司る神獣でもあるエイルが普通に話を聞いてもらえるはずもなく、己の命を賭けて座り込みを続けた。
ところが、自分の体力を見間違い本当に命を落とす寸前にエイルに助けられたのだとアイシャは説明した。
エイルの力で、アイシャは体力を取り戻し自分の希望を伝えると、エイルは意外や意外にアッサリと力を貸してくれるという。
「え、エイルが……? なんという奇跡じゃ」
ルスカが驚くのも無理はない。神獣は人に関与したがらないのが通説であり、会話すらも中々してくれないのだ。
「それで、まずはルスカ様と合流しようと、ここまで来たんです」
『本当なのかの、エイル』
『ソコノ娘ガ己ノ命ヲ代償トシテ願ッタコトダ。ソレニ、オ主ニ会ッタコトデ我ニモアル因果ガ外レタノヤモ知レン。ワカラヌガナ……』
「えっと……今、代償って言いました? えっ、あれ、ワタシ死ぬのですか?」
エイルから伸びる一本の蔦がアイシャの首に優しく巻き付くと、エイルの眼前まで持ち上げられる。
『我ヲ“デカ女”呼バワリシトイテ生キテイラレルト?』
「えぇーっ! そのせい?」
ガックリと項垂れたアイシャは、そのまま蔦が外れてエイルの足元に落ちる。
そんなアイシャにルスカは肩を叩き「よくやってくれたのじゃ」と誉めて上げた。
「嬉しくなーい! せめて、せめて旦那のお金で悠々自適に暮らして、家事も全部旦那がやってくれて、日がな一日ゴロゴロできる結婚がぁーしたーい!」
その場にいる誰もが、そんな奴いるかと心のなかで思う。ルスカはエイルにしては不自然な言動に、無表情を貫くエイルの顔を見上げる。
無表情のままで、その感情は読み取れないが、何処か笑っているようにもルスカは思えた。
『ソンナコトヨリ、北ノ方デ随分ト死ノ匂イガスルガ、良イノカ?』
今いるザンバラ砂漠より北で死の匂い……ルスカはグランツリーと北の戦場に思い至る。
北の戦場にはアドメラルクがいる。だとすれば、戦力の少ないグランツリーかとルスカはダメ元でエイルに連れて行ってもらえないか頼む。
『構ワヌ』と、ルスカ達を蔦で持ち上げるとそのまま一旦、砂漠を抜ける。馬車を砂漠の境に放置すると、複数の蔦が絡みあい先がドリルのように尖ると、そのまま地面を削り潜り始めたのだった。
そして、現在に至る。流星の足下から出てきたのは、多くの魔物の気配がしたからで、意図して流星を助けた訳ではない。
そのせいか、エイルはこの辺り一帯の奴という言葉に流星やグランツリーのヤーヤー達も含めたのだった。
魔物達は、エイルの威圧に戦闘意欲を削がれてしまい、潰走する。
唯一モルクだけを残して……。
「お主、確かアドメラルクの……」
エイルから降り立ったルスカは、力を振り絞り立ち上がった老獪な魔族の眼前に白樺の杖を向けると、モルクは巨大な戦斧を地面に落として降参と両手を挙げるのだった。
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