九話 幼女、青年とクエストをこなす
「はぁー、ワタシの身体ではなくて家をですか?」
大きなため息と共に、辛うじて起き上がったアイシャは、犬耳が垂れているのを見ると、まだ地味にショックを受けているようだ。
「はい。家を紹介してくれるか、紹介してくれる人を紹介して頂ければ」
「わかりました。ギルドは街の顔役も兼ねております。後でご紹介しましょう」
アカツキとアイシャの会話に割り込むように、ナーちゃんが登録手続きを全て終えてやってきた。
その手には二枚のカードが。
「お待たせしました。こちらギルドカードになります」
ナーちゃんからカードを受け取ったルスカとアカツキは、カードをマジマジと観察している。
ギルドカードには、名前と年齢とGランクの文字が書いてあるだけ。
ルスカのギルドカードに至っては、年齢も書いていない。
「のう、確かギルドの最初のランクはFからだと記憶しているのじゃ。なぜこれは、Gランクなのじゃ?」
「ああ、それは。ルスカ、こっちへ」
ギルドカードを見せてくるルスカの腕を取り、受付のあるエリアと酒場のあるエリアの境に置かれた、アカツキの胸元まである、脚のついたブックスタンドみたいな物の前に行く。
「これは“更新台”と言って、ランクを更新する為の物なんです。Gランクのクエストは一つだけ。この“更新台”を使用することです」
アカツキは説明しながら、窪みに自分のギルドカードをセットすると、ギルドカードの上に手を乗せる。
すると、更新台に施された紋様が緑色に光り、その光はすぐに消えた。
「はい、終わりですよ」
アカツキはギルドカードを窪みから外し、ルスカへと渡すと、ルスカは、アカツキのギルドカードを確認した。
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《アカツキ・タシロ》 二十三歳
リンドウギルド所属ランクF
人間族
《こなしたクエスト》
採取クエスト(0)
狩猟クエスト(0)
探索クエスト(0)
緊急クエスト(0)
《特記項目》
スキル有り
アイテムボックス
家事全般可能
執事経験有り
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名前と年齢とランクしか書かれていなかったギルドカードには、種族とクエスト回数と特記項目が追加されていた。
「さぁ、次はルスカの番ですよ」
アカツキのギルドカードを返すと、ルスカは更新台の前に行く。
「アカツキ、アカツキ。届かぬのじゃ! さっきみたいにして欲しいのじゃ!」
懸命に背伸びをし、手を伸ばすがルスカには届かない。後ろからルスカを抱きしめ持ち上げてやる。
「届いたのじゃ!」
ギルドカードを置いて、その上に紅葉のような手を乗せると、更新台の紋様が光りだす。
そんな二人を見守っていた周りの人達は、やはり先ほどと同じく酒場の空いている椅子に目をやった。
「出来たのじゃ、アカツキ」
窪みから取り出したギルドカードをアカツキへと差し出してくる。
ルスカを降ろしアカツキはギルドカードを受け取った。
「いいのですか? 私が見ても?」
「アカツキなら構わぬのじゃ」
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《ルスカ・シャウザード》
リンドウギルド所属 ランクF
《こなしたクエスト》
採取クエスト(0)
狩猟クエスト(0)
探索クエスト(0)
緊急クエスト(0)
《特記項目》
なし
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アカツキは、ルスカのギルドカードには書かれていない事があるのに気づく。
まず、やはり年齢。
三百歳以上とは聞いていたが、その事すら書かれていない。
登録書を書いた時には、年齢の項目に三百歳以上と書いていた。
次に種族だ。
登録書には人間と書いていたが、やはり書かれていない。
最後に特記項目。
ここにも何も書いていない。
「どうか、しましたか?」
怪訝な顔をしているアカツキにアイシャが声をかけてくる。
「ええ……ちょっと、待って下さい。ルスカ、これをアイシャさんに見せても構いませんか?」
「いいのじゃ」
ルスカはどこか退屈そうに椅子に座って足をぷらぷらさせている。
アイシャは、アカツキにギルドカードを渡され確認すると、すぐに受付のナーちゃんの所へ行き何かを話合っている。
戻ってくるやいなや、アカツキとルスカを連れて自室へと向かって行く。
アイシャの部屋に再び戻ってきた二人は、ソファーに腰を掛け、正面にアイシャが座る。その表情は困惑しているように見えた。
「まずは今から話す事は、心に閉まっておいてください」
前置きを述べるが、アイシャは未だに話すのを躊躇っている。立ち上がり、ポットからお茶を淹れて一気に飲み干すと決意した顔つきに変わった。
「ルメール教……ってご存知ですか? 実はあの更新台は、ルメール教が使っていた物を我々ギルド用にしたものなんです」
ルメール教。このリンドウの街を含むグルメール王国一帯に蔓延ったカルト集団、というより魔王崇拝を謳った犯罪集団である。
ルメール教と聞き、アカツキの顔も神妙な顔つきに変わる。
しかし、ルスカはどこか様子がおかしい。
「あの更新台は、元々嘘を断罪する物でした。ルスカ様、登録書に嘘は書いていませんね?」
「書いていないのじゃ! ワシは嘘はつかぬのじゃ!」
ハッキリと否定するルスカだが、その目は泳いでいて、落ち着きがない。
「嘘を断罪……ですか? 嘘発見器みたいな物ですかね?」
「嘘発見器……そう……ですね、そう言ったとしても過言ではありません。嘘は記載されないので。そしてもう一つ、記載されない例があります」
アカツキは、ルスカの事をもう少し知れるかもしれないと前のめりになる。
最早目が泳ぎまくって、何処に視線を合わせればいいのかわからないルスカ。
「それは、ルメール教にとって不都合な事は記載されません。それを禁忌事項と呼ぶのです。ルスカ様の年齢、種族、特記事項に何も記載されない事を考えると、ルスカ様自身が禁忌事項なのかと……」
ビクッと体が震えるルスカをアカツキは見逃さなかった。
「ルスカ? 何かしましたか?」
「し、し、し、してないのじゃ。ワシは……」
動揺し最後は小声になる。
「直接じゃなくて間接的に……ですか?」
「いや、その、ワシは……」
「嘘はつかないのでしょう?」
アカツキに詰め寄られアカツキの顔をチラチラと確認する。
それはまるで、怯える小動物かのように……
「ルスカ。私は、別に怒っているわけじゃないですよ? だから、本当の事を話してください」
アカツキの表情を確かめるように見ると、黒いワンピースの裾を握りしめ、その小さな口が少し開く。
「ちょっとだけじゃ。蜂起した民の中にパペットを紛れさせただけじゃ」
「パペット? ああ、ルスカの身の回りの世話をしていたという?」
「ワタシも幼い頃、祖母とシャウザードの森へ行った時、見ました。恥ずかしながら、少しチビッてしまいました。はは……」
照れくさそうに笑うアイシャに、首を傾げるアカツキ。
どうもパペットへの印象がアカツキとアイシャでは食い違っている気がする。
「そんなに怖い顔をしているのですか、パペットは?」
「いえいえ。ただ、大きいのですよ。アカツキさんの倍はありますね」
「倍、ですか!?」
元の世界でのゲームや漫画のイメージから、人と大きさの変わらない土人形か、全く人と同じような物だと踏んでいたのだろうアカツキは、その大きさを聞いて閉口してしまう。
「ルスカ様、あれを何体紛れさせたのですか?」
核心を突かれたのかルスカは、二人と目線を合わせず小声で呟いた。
「……百体」
「百、ですか!? あんなのを百!?」
アカツキの倍はある大きさのパペット百体と聞いて、今度はアイシャが開いた口が塞がらないでいる。
だが、アイシャはギルドマスター。まだ、聞かなければならない。
「しかも、あのパペットって、対魔法処理がされてますよね? 祖母から聞いたのですが……」
「まぁ、のお。魔石が暴走するのを防ぐ為に、他の魔法の影響を受けないようにはしてるのじゃ」
蜂起した民に、百体の魔法の効かないパペット。
当時、ルメール教の支配下にあったグルメール王国がどれくらい戦力を持っていたかは知らない二人だが、現実ルメール教が滅んだ事から結果は明らかである。
「決まりましたね。これは、ワタシの推測ですが、当時からルメール教は、ルスカ様を危険視していたのでしょう。だから、禁忌事項になっているって事でしょうね」
二人は目の前にいる小さな女の子の、余りにも大きな仕出かしを聞き、まさに晴天の霹靂だった。