それから
目を細めて笑うアルはちょっとすねているように口をとがらせて話を続けました。
「 何とか紋章を解読して招待した伯爵家の茶会で君を見つけたとき、うれしさと緊張でがちがちになっていた俺に君は、『 初めまして 』って言ったんだよ? その時の気持ちは言葉では言い表せないよ。」
「 それは、その、ごめんなさい。」
「 いいよ。俺も自分のこの気持ちが何なのか気付くのに時間がかかったしね。」
アルはエミの横に腰をかけて、そっとエミの手を取った。
「 最初はなんでこんなにも気になるのかわからなかったんだ。言われた言葉は支えになったし、失敗したときは何度も言われた言葉を思い出したよ。でもね、一番忘れられなかったのはエミの瞳。」
「 瞳ですか?」
不思議そうに首をかしげるエミ。初めて会った時の事を思い出すように、嬉しそうに笑いながらアルは話し出します。
「 うん。最初に目が合ったとき、本当に綺麗な瞳をしていたんだ。キラキラしていて、吸い込まれそうで、ちょっと濡れてて、それでいてびっくりしていて慌てている大きな瞳。こぼれちゃうのかと思った。」
「 ・・・。」
「 それに、その子が言ってくれた言葉に心が軽くなったのも本当。一番ダメな、カッコ悪いところを見せてもこの子は失望していなくならないんだなって思った。」
「 でも、それは私だけではなくてアルの周りにいる皆さんもそうだと思いますよ。」
「 今となってはそうだとわかる。でも、あの時の俺は自分で自分を追いつめていたからね、周りが心配して見守ってくれていることに気付かなかったんだ。」
今は違うからね、と、笑うアル。
「 それに、エミが俺の事を弟ぐらいにしか思ってないことは何となくわかってた。目がね、家族が俺を見るのと同じだった。でも怖くて聞けなかった。もし、そうだ、って、言われたら俺、どうしていいのかわかんなくなっちゃうから。」
そこまで言ったアルは同意を求めるようにエミの方を見ながらうなづいた。
そして驚いているように目を見開いているエミに向かってばつが悪そうに話し出します。
「 だってさ、カッコよく決めるつもりでエミの前に出ると妙に体に力が入っちゃって何故か失敗ばかり。いつもやれている事が出来なくて、エミに失望させるんじゃないかといつも思ってる。そう考えると余計に緊張して色々失敗するんだ。そんな奴の事を一人の男として見て、ましてや好きになることなんて難しいだろう? 最初が最初だったわけだし。」
そう言うと、アルは眉間にしわを寄せ、困ったように口を閉じて形の良い唇を歪ませます。
部屋の中に聞こえるのは、外を吹く風の音と遠くに聞こえる鳥の鳴き声。
部屋の中の時間が止まったかのような沈黙を破ったのはエミでした。すっかり冷えたであろう香茶をグイッと一気に飲み干し、一息ついた後話し出しました。
「 そうですわね。言わなければ、言葉にしなければわからないことはありますわよね。」
うんうん、とうなずくエミは今度はこちらの番だ、とばかりにアルの手をそっと両手で取り、そのまま小さい子に言い聞かせるように優しい声色で話し出しました。
「 アルは考え違いをしていますよ。」
「 考え違い?」
「 ええ。私には弟はいませんが、アルの事を弟のように思たことはありません。カワイイですわー!!っと、なったことは何度かありますけれど。」
「 か、かわいい・・・。」
カッコよくありたい、と、言った直後の可愛い発言にアルは少し顔色を悪くします。
そんなアルをふふ、と、しょうがないわね。という風に微笑むエミ。
「 ええ。でも、私がかわいいと思っているのはアルの笑顔です。」
「 笑顔?」
「 そうですわ。あの、優しい感じでふわっと笑うだけで逆らい難く、この私の両手がアルの頭を撫でたくなってしまうのです。」
「 撫でてくれる前のエミの目は逆らえないものがあるものね・・・。」
「 ええ。決して逃がさない様に追い詰めた自覚はありますわ。でもね、そんな風になるのはアルだけなのですよ?」
「 俺だけ?」
「 はい。うぬぼれかもしれませんが、いままでアルの周りにいる方々にはちょっと硬い笑い方しかしませんでしたのに、私にはふにゃふにゃのにこにこの笑い方をしてくるなんて、私をどれだけ嬉しくさせるのですか? その笑顔を見て、どんなに私が撫でまわしたい衝動を抑えるのに必死だったのかわかりますか? 少しは反省していただきたいです。」
何となく理不尽なことを言われている気がして謝っていいのか、それとも言い訳をした方がいいのか戸惑っているアルは、不思議に迫力のあるエミに正面から目を合わせられて少し逃げ腰になる。ソファの端まで追い詰められたアルは何かを言おうと口を開いた。
「 えっと、ごめんな・・・サイ?」
アルはあまりのエミの迫力の前でつい謝罪の言葉を口から出してしまったようだが、エミには逆効果だったようだ。
「 ほら、それ! あざといですわーー!!」
「 あざといって・・・。」
「 私にはアルがかわいくてかわいくて、もう、しょうがないのです。」
ああ、私の手が勝手に~、なんて言いながらエミはアルの頭に手を添えてなでなでと撫で始めました。エミに撫でられてまんざらでもない様に見えるアルは、エミが撫でやすいようにか少し頭を下げてうつむいています。そんなアルを見ながらエミはふふ、と、微笑むと少し近づいてアルの頭ごとそっと抱きしめた。
「 アルがあの笑い方をしてくれるたびに、わたしはきっと、自分でもわからないままにアルの事を好きになっていたんだと思いますの。」
その言葉を聞いたアルは反射的に顔を上げてエミの顔を見ようとしたが、エミはそのままアルの頭をそっと抱きしめたままで話をつづけた。
「 恥ずかしいので顔を上げないでくださいね。そのままで聞いてください。私はアルの事が好きですわ。失敗してへにゃへにゃになるところも、私に皆さんと違う笑い方をするところも、私の作ったリンゴのケーキをおいしそうに食べてくれるところも。あ、もちろん『氷の貴公子』って呼ばれているところもですわよ? 」
それに、と、エミは続けます。
「 前にアルは私に言いました。『 貴方と離れてしまったら自分はダメになってしまう。ずっと一緒にいられるように頑張るからそばにいて!! 』って。」
その言葉を聞いたとたんにエミの腕から逃れたアルは真っ赤になりながら叫んだ。
「 あれは・・・! 何とかしないとエミがいなくなってしまうのかと思って、必死で!!」
「 だいじょうぶですわ。わたし、あの言葉でものすごく救われましたの。私の事を必要としてくれているのね、って。」
「 ・・・。」
「 だから『 お相子 』ですの。」
「 おあいこ・・・? 」
「 ええ。私はアルに必要とされている。アルは私に必要とされている。と、いうことですから、『 お相子 』。」
どうですか?と笑うエミは先ほどの泣き顔が嘘のように笑っている。
その笑い方を見たアルもエミに向けてふにゃふにゃの顔で笑う。
「 ほんとうだ。『 お相子 』だね。」
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それからほどなくして王都で侯爵家と伯爵家の結婚式が執り行われることになった。
あまりにも急なわけは・・・。
「なんでだ!!王都での魔術団ではなかったのか!!」
「まあ、公爵様、このたびの派遣移動は勅令ですから伯爵ごときでは断ることが出来るわけないじゃないですか。」
「ぐ、勅令・・・。」
「ええ、素晴らしいですね。聞けば、王が実力を認め、婿殿しかいない、と、勅令を出されたようですよ。これで侯爵家も素晴らしい縁を繋ぐことが出来ましたな。」
「そ、そうなんですよ。我が婿殿はすばらしいんですよ。がはははは。」
「お、どうやら式が始まるようですな。」
聖堂の扉が開き、花嫁の手を取った花婿が女神の像前に足を進める。二人は祭壇前に膝をついて祈りをささげる。立ち上がって神官立会いの下で女神さまに捧げる書類に一人ずつ署名をすれば、集まった者たちからお祝いの拍手が沸き起こる。
ひときわ大きな拍手をしているのはどうやら侍従のフィルのようだ。その隣にいるマーゴは涙ぐんでいる。
二人は皆に祝福されながら扉に向かう。
しっかりと手を繋いで。