エイミーとアルフォンス
「 アル、今日のリンゴのケーキはどうですか? 」
「 っ!ごふ、 いつも通り美味しいよ。」
涼しげな笑みを浮かべてリンゴのケーキを食べるアルは婚約者という贔屓目を引いてもとても素敵な王子様に見えます。先程の失敗などなかったよう。
あら、口許にスポンジケーキの欠片がついていますわね。ちょっと失礼して・・・。
「 スポンジがついてましたよ。」
右手でちょっと口元のスポンジケーキをつまんで取ると、アルは驚いた様子で目を丸めています。普段は涼やかな目元が、ほんのりと赤くなる様子はとてもかわいらしくて思わず顔がにやけてしまいます。
ああ、ホントにかわいいですわーーー!!
コホン。ついつい感情を爆発させてしまうところでしたわね。そばで控えているマーゴが非常に険しい顔をしています。どうやら優秀な侍女は私の心のなかを正確に把握しているようです。これは後でお説教パターンですわね。マーゴのお説教は長いんですのよね・・・。
あれから私は急いで侯爵家へと帰り、私が焼き上げたリンゴのケーキを持参して午後の茶会へと間に合わせました。今はアルと、アルの侍従であるフィル、侍女のマーゴの四人でテーブルを囲んでいますの。
おほほほ。どうですの!間に合いましたわよ!!
美味しそうにアルとフィルの口に消えてゆくリンゴのケーキが私には輝いて見えます。
侍従と侍女が本来ならば同じテーブルを囲うのはマナー違反ですが、私とアルの二人しかいないところではいつも無理矢理一緒に座ってもらいますの。
二人の男性が口いっぱいにリンゴのケーキをほおばっているのを見ると達成感で胸がいっぱいになりまわね。
コホン、とのどを整えてアルが話し始めます。
「 あー、今回の失敗は詠唱にあると思う。次回はこんなことがないように無詠唱で行こうと思う。だからエミは安心してくれてもいいよ。今度は失敗はしない。」
グッと握りこぶしを胸の前で作るアルはなんだか大人の男性に見えます。そういえば、たしかもう成人の儀が近づいていたような・・・。
「 アル、そういえば成人の儀はもう決まったのかしら。」
「 ん? ああ、決まったよ。」
「 どちらに行かれるのかしら。」
「 ・・・。」
あら?何かいけないことでも聞いてしまったのかしら。
アルが話すまで待とうとじっとアルの顔を見つめます。アルのちょっとばかりの表情の変化を読み取れるように、それはもう一生懸命見つめます。しばらく見つめていると少し困った角度の眉を作ってアルが答えました。
「・・・デスバレーだよ。」
「!!」
デスバレーですって・・・?
あまりの衝撃で息が止まります。なんてことなの!これからの事を思うと胸が締め付けられます。心配げな目が私を見つめますが、だんだんと視界が暗くなってきてしまいました。
視界が完全に黒く塗りつぶされたと思ったら椅子に座っているはずなのにくらっとしてしまい、真横に体が傾いたような・・・?
「危ない!!」
ふわっと誰かが私を支えます。その瞬間にマーゴの匂いが私を包み込み、耳元で声が聞こえました。
「 大丈夫ですか、お嬢様。」
「 ・・・ええ。ちょっと、立ちくらみが・・・。」
変ですわね。椅子に座っていたのに立ちくらみなんて。でも、今はそんなことを考えている暇はありません。気分の悪さに吐きそうです。息苦しくて口を開けても呼吸ができません。どうしてしまったのかしら、私の体。
「 アルフォンス様、申し訳ありませんが、少しエイミー様を休ませていただけるようなお部屋を用意していただきたいのですが。」
「 あ、ああ。もちろんだよ。フィル、至急部屋を用意してくれ!」
耳の近くでアルの声が聞こえた瞬間、ふっ、と、体を持ち上げられ、運ばれる感じがします。
マーゴはずいぶんと力持ちですわね。わたしを抱えて運ぶなんてすごいわ。
------ 後で褒めなくっちゃ。
そう思ったとたんに意識がすうっと遠のいていきました。
*******
エミが倒れた。主に俺のせいで。
成人の儀の話を微妙に避けていたのは行き先がデスバレーだからだ。
死の谷、デスバレー。
乾燥、豪雨、突風、魔物。弱肉強食だけでは生きてゆけない場所。
生きて帰ってきたものがいないとか、いたとか、いないとか?
そんな場所だ。
エミが倒れるとは思わなかった。なんで倒れたのか・・・。
「 くくく・・・。」
「 アルフォンス。心の声が漏れてんぞ。」
おっと、しまった。嬉しすぎてつい。
「 これは、やっぱり、俺の事を心配してくれたってことでいいんだよな?」
「 ああ、まあ大体がそうだとは思うけど、どうだろう。案外『デスバレー』っていう名前に怯えただけかもしれないぜ。」
「 う、それも否定はできない。」
エミは行動力があるけれど、箱入りのお姫様だからなあ。やっぱり魔物がうじゃうじゃいるところっていうのは刺激が強いのかもしれない。
成人の儀というのは成人を迎える年に一人で立ち向かう試練みたいなもので、男子たるもの全員が通る道なのだ。
ただ一つだけ、俺と他のヤツの成人の儀が違うところは行き先がデスバレーだという事だ。
話は三日前にさかのぼる。
父に呼ばれた俺が、父の執務室で成人の儀の行き先について話していた時だった。
ノックの音とともに入室を許された騎士団長が入ってきたんだが、俺の姿を見ると嬉しいような困ったような複雑な顔をして、領内でおきた魔物による被害の報告をしてきた。
「 このところ、魔物が領地内で暴れまわっているという報告が多数上がってきています。討伐隊を派遣しようかと思っているのですが・・・。」
「 なんだ?」
いつもと違って歯切れの悪い言い方を不思議に思っていると、騎士団長は言いにくそうに俺の方を気にしながら言葉をつづけた。
「 デスバレーなんです。」
「 ああ・・・。」
デスバレー付近に出現する魔物は過酷な環境から自身の身を守ろうと進化したのか、固い表皮に覆われている個体が多い。それもハンパなく。どんな屈強な剣士でも躊躇するという場所なのだが・・・。
父と騎士団長の目線が痛い。
デスバレーにいる魔物は魔術に弱いのはあまり知られてない事実で、偶然俺が討伐隊に加わったときに発覚した。
あまりにも均衡して動かない状況にイラッとして、騎士団長と殴り合いをしていた個体にちょっと魔術を掛けたら、急に横にぶっ飛んだのにはびっくりした。
「「 ・・・・。 」」
なんだよー。言いたいことがあれば言えよ。暴れているやつをヤッてこいってことだろ?
この二人、俺から言い出すのを待ってるな。流石に成人の儀でデスバレー行きはまずいと思ってるみたいだな。
「「 ・・・。 」」
あ、駄目だ、これ。二人とも眉が情けない感じで下がってきた。うーん、ここで恩を売っておくのもありかなー。
「 ・・・貸しですよ。」
「「 ・・・!! 」」
両手を取って喜んでいるおじさん二人って気持ち悪いのな。
って、事で成人の儀はデスバレーで行うことになったのだが、俺の魔術に関しての腕を疑ってない家族すら心配気に眉をひそめるレベルだ。一般的には死にに行くって感じなのかもしれない。
あ、その心配気な義姉さんがきた。
「 アルフォンス。明日出発なんでしょう。準備は大丈夫なの?」
「 大丈夫ですよ。ほんとにヘレナねえさんは心配性だなあ。」
「 当然でしょ。小さい頃から見てきたのよ?心配しない方が無理でしょ。」
「 ぐっ・・・。確かに。心配させるのは俺の不徳の致すところです。」
笑いながら俺を心配する義姉さんだが、目はあまり笑ってない。いつもバラ色をしている頬が色味がなく、青白い。
「 大丈夫ですよ。手に負えなくなったときはすぐに逃げますし、一人でどうにかしようなんて思っていません。それに、無理なんかしたら愛しい婚約者に怒られて嫌われてしまいます。」
愛想をつかされてしまったら、そっちの方が俺は死ねる。
安心するように笑いかけると涙を浮かべた義姉さんが右手をそっと取って自分に引き寄せ、両手で握りこんだ。
「 アルフォンスに祝福がありますように。」
効果は折り紙付きの祝福をかけてもらうと、心のそこがじんわり温かくなってきた。
「 ありがとう、ねえさん。気を付けていってくるね。」
これで安心してくれるといいな、と、思いながら義姉さんに満面の笑みを返した。
ヘレナ義姉さんは二番目の兄のお嫁さんです。童顔で慈悲深い感じのおねえさまです。
一部改行しました。内容の変更はありません。