アルフォンス
あああああああああああああ~~~~~~~~~~~~~!!!!!!
またやってしまった。やっぱり無詠唱でやればよかった。頭を抱えながら両膝を折る。なんで最後のところ、噛んじゃったかな! 呼び出されてたサラマンダーも憐れむような目で精霊界に帰っていったよ。
『 すまないね、坊ちゃん・・・。』
みたいな感じ? 呼び出し損ねた精霊に気を使われるってどうなのよ。そこは普通怒るところじゃないのか?
『 呼び出すんじゃねえよ、クソがっ! 燃やすぞ! 』
っていう風に。
好きな人にかっこいいところを全く見せることができないっていうのは、いつものこととはいえ、情けなさと恥ずかしさで泣きたくなる。彼女の中では僕は『できない子』認定されてるみたいだ。怖くてて確認なんてできやしない。もし一緒にいてくれるのが同情なんかだったりしたらショックで寝込む自信がある。しかも今日だってさっさと帰っちゃったし、きっと呆れてしまったのに違いない。また後でっていうのは俺の願望からくる幻聴かもしれない。本気で時空魔法の研究しようかな。失敗前に戻りたいよ!
「ぶぶぶ。もう笑いしかねえわ。」
笑いながら近づいてくるのは侍従のフィルだった。
恥ずかしさと悔しさが混じった腹立たしい気持ちで思いっきり睨み付けてやったら、フィルは肩をすくめながら言う。
「なんだよ、いつものことだろ。」
「・・・。」
自分で言うのもなんだけれど最年少で王国魔術団に入ったという経歴の持ち主なんだから、実力はあるんだよ!本当に!
フィルは笑っているけれど目が心配だって語ってる。ああ、やっぱり。ぶっきらぼうだけど俺の事を小さい頃から見守ってくれた兄さんみたいな人だ。
年の離れた弟の扱い方がわからなかった兄上の代わりに面倒を見てくれて、ずっと一緒にいてくれたフィルはひょっとしたら俺よりも俺の事を知っているのかもしれない。口は悪いけども。
本当はすぐ上の兄さんの侍従になりたかったのも知っている。でもついてくれる人がフィルでよかったと思っている。昔から俺の先を数歩先を歩くフィルはこうありたいという目標でもあるんだ。
「『氷の貴公子』『悪魔の申し子』『本命の前では役立たず』何て言われている、麗しの伯爵家ご子息様だもんな。なんで彼女の前だけ失敗するのか・・・。」
「 最初の二つはともかく、最後のヤツはフィルが言ってるヤツだな。・・・全て普通に恥ずかしいからヤメロ。」
ニヤニヤ笑いながら俺の荷物を持って鍛練場を出ていこうとするフィル。
おい、主人をおいていくとか、侍従としてダメだろう。そう思った瞬間に振り返って真面目な顔をして言った。
「 行きますよ。早く帰って支度をしないとエイミー様がいらしてしまいます。それまでに花ぐらい用意しないとか、まあ、ないですよね? 」
あ、願望からくる幻聴じゃなかったのか。 早くかえってエミの好きな花で花束を作らなくては!
急いで鍛錬場を出ていく俺は何の花をエミに贈るか頭の中で考え始めた。
*******
初めてエイミーに会ったのは俺の一番、最高にダメダメな時だった。
剣術が盛んなこの領土は小さい頃から遊びを通して剣術を習得できるようにいろいろな催し物がある。
やれ『 花まつり剣術大会 』だの、『 納涼!剣術大会 』だの『 豊穣!剣術大会 』、『 寒さをぶっとばせ! 剣術大会 』などなど。他にも『 冬将軍杯争奪! 新春剣術大会 』とか宴会の二次会にも手合わせがあったりする。右を見ても左を見ても老若男女、剣術の話は鉄板ネタなこの領地で剣術が出来ないなんてものすごく肩身が狭い。
兄たちのように剣を振るって生きていくのだと思っていたが、自分は途方もないほどに剣術の才能がないという事がわかってしまった。
鍛えても鍛えても母譲りの華奢な体は剛健な父や兄とは似なかった。短剣を振り回すだけで筋肉の薄い腕がプルプルして軸がぶれるから一撃必殺はもちろん、受け流す、というのもなかなかうまくいかない。動きが見えても体が、足が動かない。自分より後から剣術を始めた年下の子に一本取られたときは、もう、気まずいとかいう雰囲気ではなかった。俺を負かした子がいたたまれなさに泣き出すと、その場は修羅場と化してしまった。その時、俺のとった行動はただ一つ。
泣き出した年下の子に握手を求め、技を褒め、そのまま笑顔で退場。
他にどうしろと? そんな場所で悔し紛れに暴れて叫んだらもっと俺の評価が落ちるだろう。俺の評価が落ちるという事はそのまま伯爵家の評価も落ちるという事だ。これ以上家族に迷惑をかけるわけにはいかない。無理矢理浮かべた笑顔で顔が引きつったが、何とか部屋に帰ってベットに倒れ込み、泣きべそ掻きながらいつの間にか寝てしまった。心は深く沈んだまま浮上することもなく、人と会わない様に行動する生活が始まった。
剣術に限界を感じていて、以前から小手先だけでしか戦うことが出来なかった剣術をあきらめたとして、じゃあ自分には何が残るのかと不安で不安でしょうがなかった。これでは伯爵家の一員として認められないのではないか。父や母、兄上たちにも失望され、捨てられるのではないか。今までは剣術で身を立てていくという目標があったが、それが消えた今、俺の存在価値はなくなったも同然なのではないか。
次から次へと湧き出てくるものに翻弄されて衰弱していく俺。今なら情けなくて笑ってしまうが当時の俺は幽鬼に取りつかれてしまったように生気もなく周りを心配させていた。
その中でも一番心配していたのは俺の母で、いつまでも浮上してこない俺の姿を見るたびに悲しそうにしていたらしい。
朝起きて朝食も取らずふらっと外に出ては近場の丘に行き、木の根本に寝転がりながらぼうっとする。日が高くなり腹が減るといつの間にかそばに置いてあったかごの中にある軽食をつまみ、食べ終わると寝転がるる。日が傾き始め、星が見え始めるとかごを持ち帰宅。
誰にも会わずに何もしない日々が5日ほど続いたとき、唐突に俺はキレた。以前フィルに魔術を教わってから、なんか面白くって独学でこまごまと魔術を試していたおかげか、このころは初級魔術なら使いこなせるようになっていた。
何もない方向に向かって思いっきり魔術で生み出した直径30センチくらいの水の塊を投げつける。何度も何度も執拗に投げつけると地面がえぐれ、そこに水が溜まった。水が溜まってもお構いなしに打ちまくった。辺りが水びだしになり、ちょっとした池が出来た時、とうとう魔力切れを起こした俺は、ふらふらになり座り込むと、体に力が入らずあお向けにひっくり返った。
そのまま目を閉じて肩で息をしているとだんだん自分にあきれてきた。何をやってるんだ俺は。情けなさに涙が出てきた。勿論鼻水も。ぐちゃぐちゃな顔をしながらこんな顔見られなくてよかった、と、一人であることに安心していた。泣いたら心がだいぶすっきりしたらしく、何となく吹っ切れたみたいだ。
------ はあ、こんなみっともないところ誰にも見せられないな。
そう思って顔を覆ってた両腕をはずしたが、顔に落ちてくるはずの日差しがない。
不思議に思って腫れぼったい目を開けると、そこには目がこぼれそうになるくらいまん丸に見開いた目があった。
「うわっ!」
ごちん
「「 ~~~~~~ !!! 」」
びっくりしてとっさに起き上がったらまん丸の目の子に頭突きしてしまった。二人して言葉にならない悲鳴を上げる。頭を抱えて痛がっていると、ちょっと痛みをこらえた感じの女の子の声が聞こえてきた。
「ごめんなさい、あまりに大きな音がしたものだから何かあったのかと思って・・・。お邪魔してしまったようですわね。あの、その、ごめんなさい。」
言われたことを理解すると、恥ずかしくて頭を抱えて痛いふりをし続けた。前回は年下の子で、今度は守るべきものである女の子に気を使われている!! 更に恥ずかしさが倍増してそのままうつむいていたらそっとハンカチを手の指に握らされた。
「 あのね、転ばないと起き上がれないの。それに人より多く転ぶと人より多く起き上がることが出来るのよ。余計なことだとは思うけど、その、元気出して起き上がってね。」
そう言って女の子の気配は離れていった。しばらくしてから顔を上げた時には女の子の姿はなく、ハンカチだけが手元に残されていた。
恥ずかしいところを見られたし、女の子に慰められるってどうなのよ、と思っていたが、この時もらった言葉は頭の中で存在を無視できないくらいに俺の心に寄り添って、いつしか僕の中で消化され、吸収されていったみたいだ。
今まで苦痛でしかなかった剣術の時間も、心に余裕ができたせいか段々と楽しくなってきた。
独学でやってきた魔術もきちんと師匠の下で学べることが出来るようにしてもらい、剣術と魔術で戦う魔法剣士になりたいのだ、と、父に相談した時には思っていたよりもあっさりと認められて肩透かしを食らった。俺が思っているよりも周りのみんなはちゃんと俺の事を見ていてくれたみたいだ。
「 父上、いいのですか? 」
「 良いも何もお前に向いているのが魔術なのだから理に適っているだろう。」
自分の行く先が見えてきたのもあってか、集中力が違う。自分でも魔術のレベルも高くなってきているのがわかる。これもあの子のおかげ・・・かもしれない。
最年少で王宮魔術団に入団を打診されたときは夢を見ているのかと思った。これから起こるであろう面倒事を考えだすときりもなく、しかし特権として行使できるものの中に秘匿された魔術の資料を見ることが出来ることを考えると断ることにも躊躇する。悩んでいるときに父から呼び出しがあった。
「アルフォンス。お前は恋仲のおなごはいるのか?」
ぶほっっっっ!
香茶が正面に座っている父にかかった。
「 な、な、何ですか急に!そんな子はいません。」
フィルと一緒にあわててごしごしと父にかかった香茶を拭く。あ、しまった。ちょっと力が入ってしまって父の頬が赤くなってしまった。
ひりひりするのか頬を手で撫でながら父が話し始めた。
「いや、上の三人は勝手に自分の伴侶を見つけてきて話を付けてきたから何もしなかったんだが、アルフォンスは王宮魔術団に入るだろう? そうしたら伴侶を選ぶ暇もなくなるかなって思ってな。何かその辺は考えているのか?」
驚いた。こんなに早く婚約の話が出るとは思わなかった。だけど異性の友人もいないのに恋人とか、ましてや婚約とは!なんてハードルが高いんだ。
「 まあ、当てがあるのなら父に言えよ。落とし方から申し込みに至るまで丁寧に教えてやるからな。」
「 ・・・。 わかりました。その時はお願いします。」
武人である父にそんなことが出来るのかと思ったが、空気が読める子なんで黙って頷いておいた。
「 サンドイッチ、うまかった、です。あ、ありがとう、ゴザイマシタ。」
「 いえいえ、お粗末様でした。坊ちゃん。」