第一話 転校生、水無月幸生
東京都の中心区――
幸生はそう聞かされた。
目の前でそう言われ、医者の葉月悠大にそのまま案内され、付いていった。それだけなのだ。
だが、着いた時に幸生はある事に気づいた。
「…どこが東京都の中心区だよどこが」
「やだなぁ、僕ら魔法使いからしたら立派な中心区だよ」
中心区と聞かされて着いた場所は、"東京都青梅市"だった。
「そんなん言い訳に過ぎないだろ、そもそも区でもねぇじゃねえか」
「まぁまぁ、騙されたと思って付いてきてよ」
――いやもう騙されてるって!
幸生は頭の中で突っ込んだ。
歩いて数十分、段々と人の気配が少ないところまで来ると、悠大は止まった。
「ここら辺なら人はいないだろうね」
「確かに全然いないな」
「さて、君がこれから行く私立魔導機関学園は、簡単に人間が行けないようになっているんだ」
「ん?じゃあどうやっていくんだよ、そもそもどこにあんだよ」
簡単に人間が行けない所なんて、どのようにいくのか、幸生は検討もつかなかった。
「東京と埼玉の境かな」
「は?」
「なぜか不思議とそこは謎の森林があってね。人間が迷い込んでも、入った場所に自然に戻って来てしまうんだ」
「も、もしかしてそれって…」
幸生は謎の勘が働いた。
「そう、魔法がかかっているかもしれない。詳しいことは僕も分かんないけどね」
「まじかぁ…」
自分がまだ知らない事がある。幸生は驚いてばっかりだった。
「それじゃあ、どうやってその森を抜けるんだよ」
「…幸生君、僕らは魔法使いだ。魔法を使わない手は無いだろう?」
「えっ」
「転移魔法だ。僕は医者だが少しくらいの距離なら転移なんてたやすいもんだよ」
「だ、だから人の少ないところに…?」
「そういうことだよ」
悠大はウインクをしながら小悪魔みたいな笑みを浮かべた。この時幸生は、見た目によらず変な奴だと思った。
「それじゃあやるよ…ほいっと!」
「う、うおおおお…!」
悠大が手を前にかざすと、青白いモヤモヤの様なものが目の前に出てきた。
「こ、これが魔法か…!」
「それじゃあ行くよ!」
「え!?いやちょっとま…うわああああ!!!」
幸生は悠大に引っ張られ、勢いよく青白いモヤの中に入り、視界が光に包まれた。
―――――――――――――――――――
「う、うーん…?」
謎の光が消えていき、視界が良くなってきた時、目を開けると、そこはさっきまで居た場所ではなく、目の
前にあるのは大きな城の様な形の建物だった。
「な、なんだここ…!」
「ここが私立魔導機関学園だよ」
「俺はこれからこんな所で過ごすのか…」
「大丈夫、次第に慣れていくよ」
幸生達は門を通り、中庭を抜けて昇降口に入っていく。
見た目の割には、意外と内装は学校と同じようで、綺麗だった。
「これから何処に行くんだ?」
「君がこれから過ごす教室だよ。学生だから、それなりに頑張ってね。ちなみに担任僕だから、よろしくね」
「先に言ってくれよそういうの…」
呆れかけていた幸生だが、しばらくすると目の前の教室で悠大は止まった。
「ここが君の教室だよ」
「…」
「緊張してるの?」
「…いや」
「?」
「なんか、いきなり入った瞬間ボコボコにされんじゃねぇかと思って…ちょっとビビってる」
「いやいや…そんなこと無いからね?」
謎の不安を幸生は心に持ったまま、悠大は扉を開けた。教室にいた生徒は静かになった。
「皆、おはよう。今日はこのクラスに転校生がやってきます」
それを聞いたクラスはざわつき始めた。
「あ、ちなみに男子ね」
悠大がその言葉を発すると、女子の「キャー!」という黄色い声と共に、男子の「んだよ男子かよ…」「チッ…」という残念そうな声も聞こえてきた。
「じゃあ、入ってきてね」
「…」
幸生は恐る恐る教室に足を進める。そして悠大の立っている教卓の隣に立った。
「えー…水無月、幸生です。よろしくお願いします」
黒板には『水無月幸生』と書かれ、転校生として、よくある状況なのだから、それなりの挨拶をしただけなのだか、幸生は感じる視線の謎の違和感を感じていた。
――どうして、男子と女子で見られる感じが違うのだろうか…。
女子からはまるで男性アイドル。男子からは恨みつらみのような怨念の篭った眼差しを浴びていた。
これほど別物の視線にさらされることなど、幸生はこれまでの人生として、一度もなかった。体育の授業中に、応援されていた事はあるが、ほとんどは明彩と健太だったので、このような視線を受けた事はない。
このような視線があり、なおかつ人間から魔法使いとしてこの学園に来たのだから、もしかして自分は物珍しく見られているだけで、ある意味特別なんじゃないか?と、思うしかなかった。
こうしてクラスで謎の視線を浴びて、不安を募らせていた幸生。その一方で、彼の注目を別の意味で見ている生徒もいることなど、幸生は知るよしもなかった。
「 あの…だ、大丈夫…?」
朝のホームルームが終わりその休み時間、幸生は視線から来た緊張で疲れてしまい、少し落ち着こうとトイレに行こうと教室を出る所で、後ろから少女に声をかけられた。
黒色で、腰より少し届かないくらいの髪の長さ。
サラっとした癖のない髪型で、前髪もかなり伸びきっている。片方は肩まで結ばれた三つ編みに、桃色の小さなリボンで結ばれていた。
「え、あぁ、うん。ところで君は?」
「わ、私は白濱、睦月…よ、よろしくね…」
睦月と名乗った少女は、下から幸生をただじーっと見つめていた。
「え、えっと…何の用かな?」
「わ、私…水無月君の、魔法がどんなものかを知るために、訓練室に誘おうと…思ったんだ…」
目を逸らしつつもチラチラと幸生を見ながら、睦月はそう答えた。
「それはいいけど…俺、魔法なんて使った事ないよ?」
「だ、大丈夫。そこは私が教えるから…だめ?」
「わ、わかった…」
今までに味わった事のない謎の雰囲気に、幸生は戸惑いを表情を隠せなかった。
「や、やっぱり…私みたいな奴には…教わりたくない?」
「え、なんで?」
「わ、私はこんな性格だし、内気というか…陰気な感じだから…引かれたりされるから…」
睦月は下を向いたまま話す。
「そんな事無い」
それを聞いた幸生は、頭の中にふと離れていく明彩と健太を思い出し、睦月の手を両手で握ってそれを否定した。
「ひゃっ!?」
睦月は変な声を出して顔を真っ赤にした。
「俺はそんな事は思わないし、むしろ俺に話しかけてきてくれた事が俺は嬉しい。だから、えーっと…そんな事、言わなくても、大丈夫…ですよ?」
初対面の人に馴れ馴れしくしたら悪いと思うタイプの幸生は、敬語でいいのかと思いいつつ、変に問いかける感じで答えてしまった。
「あ…う、うん。わ、わかった…でも、その…」
「ん?」
「その前に…て、手を…」
「…あっ、ご、ごめん!」
無意識で握ってしまったのか、幸生は手を握っていたのに気づき、慌てて手を離す。
「だ、大丈夫…だ、から…と、とりあえず、行こう…?」
「そ、そうだね。悪いけど、案内してもらっても、いい?」
「う、うん…」
睦月はまだ顔を林檎の様に真っ赤なままで、幸生はこんな体験は毛頭無かったので、頬を染めながら首に手を当て傾げて、目線を色んな所に向けていた。
幸生は睦月に案内されるまま、二人は訓練室に向かった。
「…青春だなぁ。いいぞ、幸生君!」
「…先生、そんな壁の隅で何してんの…」
悠大はそれを壁から感激して見つめていた。