9 ラーメンはよい文明
お客さんが入ってると、次の客も入りやすいのか、食堂にはひっきりなしに来客が来た。
最初はみんな、メニューが謎で大丈夫かという顔をするのだけど、おそるおそる食べて幸せな顔になる。たしかにどっちも万人受けしそうな味というか、これを嫌いな奴はいないだろうって味だからな。
割と多目に用意していた椅子が途中から足りなくなってきた。うれしい悲鳴だ。
「ダークエルフのお嬢ちゃん、こっちは立ったままでいいからくれよ。銅貨はこの場で払うからよ」
「わかりました。それでお願いします!」
客の機転から途中から前払いシステムに変更された。サンハーヤは腰につけてる布の袋に銅貨を入れていく。
料理の渡し忘れのトラブルがないように、購入者には料理名の書いてある木札を渡す。料理が来たら、木札と交換する。一種の引き換え券だ。
土地柄、冒険者ばかりが来るというのも幸いした。
ダンジョンなら歩きながら、あるいは地べたに座りこんで食べるなんてことが普通だ。というか、ダンジョン内に椅子やテーブルのある店はない。
なので、ここで立ちながら食べるのでも、とくに抵抗はないわけだ。
結局、日が暮れるまでに豚汁は100杯以上が出た。王都の近くで一番人気のあるダンジョン前とはいえ、かなりの健闘だろう。
タコ焼きのほうはシェアして食べるお客さんも多かったので、豚汁ほどの数は出なかったが、評判は悪くない。
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「銅貨500枚以上ありますね。つまり銀貨5枚分以上の稼ぎ……。二人ならしっかり商売ができますよ!」
閉店後、帰宅して稼ぎを確認したサンハーヤがテンションを上げていた。
そりゃ、昨日まで飢えてサンハーヤからしたら大金だろう。
「ふふふ……。これだけあれば、何日分のパンが買えるでしょうか。家をまわって、パンの耳くださいと頭を下げなくてすみます。ふふふ……。こんなに幸せでいいのでしょうか!」
欲望の次元が低いな!
しかし、俺は悲観主義的な性格なので、少し不安を感じていた。
「たしかに今日はよかったな。でも……これ、続けていけるかというと疑問も感じてる」
「えっ? 体力の限界を感じての引退にしては早すぎますよ!?」
サンハーヤは不思議な顔をしている。
「いや、今日はよくお客さんが来たと思うぞ。でもさ、その分、こんな急に人気になったってことは飽きられるのも早いんじゃないかなって……」
「たしかに物珍しさって部分は否定できませんが、味は本物ですよ? とくにこの豚汁、毎日でも飲みたいレベルです」
「サンハーヤの言葉は正しいと思う。でもさ、メニューが実質二つっていうのはヤバくないか……? なお、梅干しは除外してる」
眠気覚まし用に購入する人間も今日いたけど、それでは主力商品にはならない。
「なるほど。となると、メニュー数を増やすしかないですね。ここはテコ入れで『苦汁』を――」
「入れないからな」
客足を遠のかせるようなことをされてたまるか。
「ま~、食堂を名乗ってるお店で、このメニュー数というのはダメだろというのはわかります。せめて二十はほしいですよね」
「急に目標が跳ねあがったな……。とにかく、もっとほかの料理も召喚できるようにならないとダメだ……」
サンハーヤは俺の言葉を聞いて、やさしい笑みを見せた。
「わかりました。じゃあ、空き時間はできるだけ召喚を試すことに使ってください。洗濯や掃除はやっておきますから」
「ありがとう、じゃあ、お言葉に甘えていいかな……」
「いえいえ。だって、私たち同棲してるわけですから」
「そ、そうだけどさ……そういうこと言うなって……。気恥ずかしいっていうか……」
俺の反応にサンハーヤも顔を赤くした。
「ですね……。同棲って言っても、夫婦でも恋人でもないわけですし……ちょっと軽はずみでしたね、すいません……」
美少女のダークエルフと暮らしながら食堂を経営か。
この数日で人生激変しすぎてよくわからないことになっている。
その日は寝る前までずっと詠唱を試していた。
何も知らない人間が見たら、順番に詠唱だけをやっていくというのはシュールな光景かもしれないが、ほかに方法もないのだ。
そして、また前触れもなく、俺は当たりクジを引いた。
「ファンセンラ・トラントミーソ・ラメンクラブル・レレ・トルッカーラ――わっ、まぶしっ!」
光が去った後には、これまでよりかなり大きな器が置いてあった。
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ご注文の品をお送りいたします。
料理名:味噌ラーメン
中国発祥の麺料理であるラーメンは元は清湯系の比較的薄味のものだったと思われますが、いつ頃からか日本に入って独自の進化を遂げました。小麦粉を使った食べ物は伝播も早いですからね。餃子的なものも、世界の各地で見られます。味噌ラーメンは北海道のものが有名ですね。
現地ではバターは入れないらしいので、今回は投入していません。箸の使用は慣れるまで難しいかと思いますので、フォークもつけております。それとレンゲも。
なお、「ラーメン」という呼称では範囲が広すぎるので、それだけでは召喚ができませんのでご容赦ください。とんこつやしょうゆ、塩といった要素や、地名などを入れてしぼりこんでください。
また、スープをすべて飲むと塩気が強すぎますので、毎日のように飲み干すのはやめましょう。
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ミソラーメンという発音はなかった気がするが。どうやら、「ミーソ・ラメン」でも許容されたらしい。ラッキーだ。
「オルフェさん、洗濯物干してきまし――わっ、なんかできてる!」
ちょうど、そこにサンハーヤが帰ってきた。
「今、麺料理が出てきた。けど、これまたどうやって食べるんだ? 棒二本とフォークがあるけど……。あと、液体をすくうと思われるもの……」
「多分ですけど、その棒で麺を引っ張りあげるんだと思います。棒が二つあればいろんなものをつかめますからね」
どうやらエルフの土地ではそれに似た道具があるらしい。
「それで食べる自信はないから、まずはフォークで行くぞ」
今回は小麦粉料理だから、あまり抵抗はない。横に添え物みたいに茶色く細長いものが浮かんでたりするし、何かわからない要素ももちろんあるけど。それと色が茶色くて不気味だ。豚汁もそんな色ではあるけど。
いかにもあつそうなので、ふうふう息を吹きかけてから、口に入れる。
ずるずるずるとすすった。
次の瞬間、濃厚なスープのコクを口の中全体で感じた!
「これは、しおからいけど……確実にうまい! こう、体がもっとよこせ、もっとよこせと言ってくるような味だ!」
スープをすくうものと思しき食器で口に茶色いスープをずずずっと運ぶ。
たしかに塩の味もあるけど、それだけにとどまらない地味豊かなスープ! 体の中からあったかくなってくるような、この感じ! これ、冬の北風でも吹かれながら食べたらちょうどいいんじゃないだろうか。
「ずるいですよ、オルフェさん、こっちにも出してくださいよー!」
たしかにこれは一つのものを二人で食べる料理じゃないな。同じ召喚魔法でサンハーヤの分を出す。
「おおっ! 未知の食べ物ですが、これはすごいですっ! これはよい文明ですっ!」
「そうだな! すごくたくさんの人を幸せにする要素を持ってる!」
俺たちは早々とその容器の麺をたいらげてしまった。
そして、スープが残った。説明書には全部飲むなと書いてあったが――
「普段は塩分をあまりとらない生活してるしな」
「ですね。冒険者は汗をよくかく生き物ですから」
ごくごくと器に直接口をつけて飲んだ。
「このスープ、器から直接飲むと、さらにおいしく感じませんか?」
「すっごくわかる」
なかなか味噌ラーメンという食べ物はおなかにたまったので、俺とサンハーヤは部屋でごろんと横になっていた。
あるいは、スープを全部飲んだのが悪かったのだろうか。
「これ、おいしいですが、冒険に出る前に食べちゃったらダメなやつですね……」
「そうだな……。冒険が終わってから食べたい一品だな……」
しかし、これは素晴らしい商品が追加できそうだ。