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7 店舗を計画

 二人でその豚汁という料理をゆっくりゆっくり味わいながら食べていった。

 一気にかけこんで食べるのはもったいない気がしたのだ。一口、一口、体に入るごとに心が落ち着いていくる。


「こんなにうれしくなる料理ってあんまりないですよ。なごみますね~」

「体もあったかくなるんだけど、それ以上に心がぬくもるよな」


 自然と表情もゆるむ。これは実は魔性の食べ物ではないか?


「シチュー一杯でこんなに幸せになるとは思わなかった。おかしいな……とくにホームシックになってるわけじゃないのに、家の食卓を思い出す……」

「いろんな野菜がケンカせずに混ざり合っていて、まるで母の愛のようです」


 そう、何で味をつけているかよくわからないけど、どの材料もきれいにまとまっているのだ。おそらく、ちょっと違う野菜を入れても問題なく受け止めてくれるだろう。


 あまりにおいしいので、追加で召喚してもう一杯ずつおかわりした。

 もう、今日は酒場に行かないでいいや。


 しばらく、部屋でくつろいでいると、サンハーヤが言った。

「あの、オルフェさん、この豚汁って料理、絶対にダンジョンの前で出したら、売れますよね?」

 やっぱり行商人なだけあって、商売に意識がいくんだな。


「俺も思った。一杯銅貨3枚で売れば、飛ぶように売れるぞ」

「王都近辺で一番人気のあるダンジョンといえば、『背教者の洞窟』ですよね。その洞窟から人が戻ってくる午後にお店を出せば一日100食は余裕だと思います。タコ焼きと一緒に売っていきましょう! 接客は私がやります! すぐに看板娘になりますから、お任せください!」


 サンハーヤはノリノリだ。お調子者なタイプではあるけど、きっと商売人としての勝算も本当にあるんだろう。


 まさか、冒険者初日と思ってた日に、本格的に商売をすることを決めるようになるだなんて……人生って皮肉なもんだな。


 でも、悪くないかもしれない。

 俺は冒険者として活躍できないかもしれないけど、その代わり、ダンジョンの前で店をやって、冒険者の力になれる。出店場所としては最適かもしれない。


「わかった。けど、注文受けるたびに見えないように裏手で魔法使って、生み出すっていうのはなかなか疲れそうだな……」

 

 俺は魔法力が0であるはずなのに、ばしばし料理を出せるので、おそらく「異世界干渉力」という謎のステータスがそれに絡んでいるんだろう。ちなみにその数値は204という驚異的な高さのものだった。もしもすべてのステータスが204だったら、かなりの大物のはずだ。


 これは使用回数で減るものじゃなくて、素早さみたいな固定ステータスのようだけど、かといって体に疲労は出る。


「だったら、大鍋を買って、朝から作ったものをその鍋に移し替えましょう。で、お昼以降はその鍋を火であっためて、そこから提供するようにすればいいんです。まさにできたてほやほやを食べてる感じになれますし」

「そういうところは、サンハーヤって抜け目ないよな……」


「それと、少しお金がたまったら、雨天に備えて仮設テントとテーブルも買いたいですが、予算も必要になってきますし、まずは椅子ぐらいは用意しましょう」


「いや、それぐらいの貯金はさすがにある。銀貨が何十枚もするもんじゃなければ買える」

「はい、テーブルは丈夫であれば、中古のもので十分です。むしろ壊れちゃったスクラップみたいなのでいいですよ。修理ぐらいなら私ができますから」


「それだったら専門学校の空き部屋に使えなくなった机とか椅子とか大量にあるから、それを引き取ろう。俺は卒業生だし、廃棄前提の物を引き取るわけだから、すぐに許可は出ると思う」


 こうして、急速に明日以降の計画が決まっていったところで、夜も遅くなっていった。

 これだけいろんなことがあった日も珍しいかもしれない。


 明日からサンハーヤと二人でダンジョン前レストランをやることになるな。


 けど、最後にもう一波乱があった。


 部屋の灯かりを消して、しばらくたった時のことだった。


 サンハーヤがゆっくりと俺に近づいてきたのだ。

「おい、サンハーヤ……こういうのは……」

 サンハーヤの息づかいが聞こえてくるような気がする。


「女の行商人にとったら、こういうことは普通です。オルフェさんもご存じですよね?」

 サンハーヤの言葉は媚びるようなものじゃなくて、むしろ真面目な響きを持っていた。


 俺だって子供じゃないから、それぐらいのことは知っている。旅芸人も行商人も、いわゆる色を売る側面はあった。そっちがメインになってる者もいるというが、サンハーヤの場合はちゃんと売り物を持っていたし、食えなくなった場合の最終手段なんだろう。


「俺はこんなことを目的にして、サンハーヤをここに誘ったんじゃないからな……」

 行き倒れみたいになっているサンハーヤを見つけた時の記憶が生々しくて、またそんなふうになる彼女を想像したら、さよならと言うのが怖かったのだ。だから、ここに来ないかと言った。


「わかっています。あと、私はこういうことで食いぶちは稼いでいませんでした。ちゃんと薬を売って、生活していましたから」

 あの『苦汁』を買った人いるのかな……。


「それとダークエルフはエルフより積極的なんてこともないですからね……」

「それもわかってる。サンハーヤの土地でどうだったか知らないけどダークエルフだからって差別なんてしないさ。でも、だったら、どうして、こ、こんなことを……?」


 理由を聞かないままというのは、やっぱりおかしいと思うしな。


「ほら、同棲してて、オルフェさんが一切こういうこと考えないというのも、おかしな話でしょ? お年頃だから考えはするでしょ?」

「それは……うん、否定できない……」


 かなり肉感的サンハーヤが一つ屋根の下にいて、気にならないと言えばウソになる。


「じゃあ、男女の仲について、一切触れないのもかえって不自然だと思いまして……早いうちに決着をつけておこうというか……。あぁ! 言ってたらさらに恥ずかしくなってきました!」


 かもな……。俺も余計なことを聞きすぎたかもしれない。

 闇の中だけど、顔が赤いのがなんとなくわかった。


「あと、まだ出会った時間は短いですけど……最初に出会った時のオルフェさんの私を助けようと必死な表情、ほんとにかっこよかったんですよ……?」

「うん、褒めてくれて、あ、ありがと……」


「じゃあ、い、い、い……今から抱きつきますからね! オルフェさんは紳士ぶってるから、こっちから行って化けの皮をはがしますからね!」

「あ、ああ……勝手にしろよ……」


 俺はこういう経験がないので、どうしていいかわからなかった。

 それにモンスターは化粧のにおいを嫌がるっていうから、サモナーはあまり女性に近づくべきじゃないのだ、そうなのだ……。

 けど、まあ、そこでサンハーヤから来るなら、それは別にいいっていうか……。


「行きますからね!」

「ああ、来いよ。来るなら来い……」


「本当に、本当に行きますからね!」

「ああ、お前に任せる……」


 サンハーヤの雰囲気でわかった。

 こういう経験、向こうもないんだ。かなり混乱してるのがわかる。


「……すいません、前言撤回していいですか?」

「うん、そんなに気にしなくていいからさ……」


 これは失敗したか? ぐっと押すべきだったか?

 いやいや、サンハーヤの意見を尊重するべきだ。でないと、結局下心ありきで泊めたのと同じになる。


「じゃあ、手をつないで眠るというので、いいでしょうか……?」


 俺もそれで同意した。

 サンハーヤと手をつなぐだけでもすごくドキドキしたけど。

 ここぐらいで止めててよかった。これ以上進むとショック死していたかもしれない。


「あの、明日も豚汁作ってくれますか?」

「作るっていうか、召喚だけどな」

 おそらく調理法は割とシンプルなのだろうが、謎の食材もいくつか入っていたし、味付けも特殊なので、魔法なしでは作りようがない。


「ふふふ、明日の豚汁も楽しみです♪」

 サンハーヤの笑い声がくすぐったく感じた。


「もし、よかったら……食事以外の飢えも、俺が癒すようにするから……」


 ちょっと、クサい台詞だったかな?


「えっ……それって、卑猥な意味ですか……?」

 なんか、不本意な誤解されてる!?


「違う、違う! 精神的な部分でも支えになる的なアレだよ!」

「あっ! なるほど! すいません、さっきのは忘れてください!」


 同棲って難しいなと思いながら、俺は眠りについた。

 豚汁のおかげか、体は割とあったかかった。


 明日からサンハーヤと店をやるんだな。

 しっかり働くぞ。

二人の豚汁編(今、名づけました)はこれにて終了。次回から食堂編に入ります!

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