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6 おふくろの味

「う~ん……。まあまあ汚いですね……」

 帰宅した時、サンハーヤの第一声がそれだった。


「だよな……。狭いのにけっこう召喚に関する本を買っちゃってるんだ……」

 俺の長屋は玄関と六畳の一部屋しかない。


 洗濯は近くを流れてる川で洗って、家の前に干す。冬の時はけっこう悲惨だ。


 トイレは長屋の共同のものが一つある。二か所しかないので、たまに自分は漏れそうなのに、トイレが埋まってる時があって、絶望しそうになる。専門学校のほうがトイレはきれいなので、朝とかは学校に行って、やったりしていた。

 まあ、王都だと水魔法を利用して水洗になっているので、そこはありがたいけど。地元だと、農村だから糞尿は肥料にするので、汲み取り式が必須だった。


 風呂なんてぜいたくなものはないので、川で洗うか、銅貨4枚払って共同浴場に行く。


「家賃は銀貨2枚なんだ。その相場だとこういうところになる……」


 ちなみに銅貨10枚が大銅貨1枚で、大銅貨10枚で銀貨1枚になる。タコ焼きと梅干しの稼ぎを両方足せば、サンハーヤに半分渡したとしても、ひと月分をほぼ払えるぐらいの額になる。


「あの、寝床だけ作っていただけないですか? 本の上に眠るのはきついので」

「うん。今からやるから」


 俺は床に散らばっている召喚関係の本を部屋の隅にタワーにしていく。バイトをしたりして稼いだお金でちょっとずつ買っていったものだ。


『ドラゴンの召喚としつけ』なんて本まである。その頃は高名なサモナーになると夢と希望で燃えていたのだ。まさか、スライムも召喚できませんなんてことになるとは思わなかったけど……。


「こういうのって、私が勝手にいじると本の場所がわからなくなるからダメなパターンですよね?」

「そうそう。住んでる人間はぐちゃぐちゃなりにある程度、把握してるものだからね。横で見ていてもらうだけでいいよ」

 どうせ六畳間だし、すぐに終わるだろう。その点は狭いところに感謝だ。


「わかりました。横でじっとしてます。それにしても、勉強家だったんですね。『現代の召喚と課題』『召喚のウソ・ホント』『食っていけるサモナーはここが大事』」

「そう、召喚に関する本は片っ端から買ってたから」


 サンハーヤは書名を読んでいく。

「『サモナーの弱点と課題』『はれんち女騎士(完全版)』『巨乳女騎士がオーク退治に行ってみた』」

 ん!? なんか、まずいゾーンに入ってる気がするぞ!


「『女騎士、夜の特別業務』『女騎士――」

「やめてくれ! 頼むから、そこは見ないでくれ!」

 官能小説エリアに突入していた! 女の子は入ってくることとか想定してなかったからな!


「女騎士物に集中しすぎでしょ、これ。やっぱり男の人って、こういうの、特定の趣味に偏りますよね……」

「別にいいだろ! 誰にも迷惑はかけてないし!」


 だいたい二十分ほどで片づけ作業は終わった。女騎士の本は部屋の隅に追いやった。サンハーヤが気にしなくてけっこうですよと言ったけど、そういうわけにもいかないだろ。


「ところでこの部屋、ベッドとかないんですね。置く場所もないでしょうけど」

「うん、クッションを並べて毛布をかけて、それと枕でどうにか寝てた。クッションだけならけっこうあるから、サンハーヤの分もあると思う」

「明日、今日稼いだお金で折り畳み式のベッド買いにいきませんか?」

「そうだな……」


 部屋の根本的なところをいくつか改善する必要がありそうだ。


 さて、一仕事終えたら、おなかが、くぅ~っと鳴った。

 タコ焼きだけでは腹持ちしなかったのか、またすいてしまった。


「今から酒場にでも繰り出すかな。けど、混んでる時間だな」

「私は別にいいですよ。数日ぶりのまともな食事ができましたし」

 たしかにサンハーヤの食生活を考えれば、タコ焼きだけで大満足だったとしてもおかしくない。


「じゃあ、いろんな魔法の詠唱を試してみる。いい料理が出るかもしれないし。それで一時間ぐらいたったら、酒場にでもくりだそう」


 片付けをしたせいで全体的にほこりっぽいけど、しょうがないか。


 今日の昼だけでタコ焼きと梅干しが出てきたのだ。この調子でいろいろ試せば、ほかの料理を出すことは可能かもしれない。


 俺が詠唱をしている間、サンハーヤは適当な本を見つけて読んでいた。俺の故郷に関して書いた旅行記だ。


「ゴントリウム州といったら、のんびりした農村地帯ですね」

「そうそう。そこが俺の故郷なんだ。とにかくのんびりしてる。ゴントリウム州の牛はほかのところの牛よりぐうたらって言葉があるぐらいだし」


「そうなんですね。私のいたところも田舎だったんですけど、ほんとに貧しくて、だいたい行商人をしてどうにかしてましたね。マジであわぐらいしか収穫できてませんでしたから」

 悲惨な話をする時も、サンハーヤはつらそうな顔を全然しない。それがサンハーヤの強さなんだろう。


「あ~、栄養たっぷりのあったかいシチューとか食べたいですね」


 サンハーヤの独り言を聞きつつ、俺は詠唱を順番に確認していく。

 召喚する料理のレパートリーをどうにか増やしたい。


「そうだ、酒場にいかなくてもタコ焼きをまた出せばよくないですか?」

「あれだと栄養価が偏ると思う……。できれば、もうちょっと野菜がとりたいな……」


 そして、とある詠唱を行った時、また光が現れた。


「ダルントン・ジルグルベルダーダ!」


 出てきたのは、底が深い木のお椀に入ったシチューらしき料理である。


「なんか出てきましたね!」

「説明書があるから読んでみるな」


=====

ご注文の品をお送りいたします。

料理名:豚汁

様々な野菜と豚肉を入れて、味噌仕立てにした日本の家庭料理の一つです。あと、定食屋などでも定番となっています。野菜をたくさん摂取できるのもうれしいポイント。

今回の具は豚肉のほかにニンジン・ゴボウ・大根・里芋・レンコンとしました。また、少しだけ豆腐も入れています。

ゴボウを食べ慣れない人もいるかもしれませんが、この味付けなら大丈夫なはず!

箸が使えない人はフォークでどうぞ。

=====


「また、見たことのない料理ですね。郷土料理っぽさがあります。豚肉と野菜のシチューでしょうか」

 サンハーヤがそのお椀をのぞきこむ。


「まあ、食べてみようか。もう一つ出すよ」

 同じ詠唱を繰り返して、二個目を出す。フォークぐらいなら二本あるし。


 さて、どんな味がするのか。

 具をフォークで口に入れながら、スープをずずずずずっと飲む。

 サンハーヤもそれに続く、サンハーヤは旅慣れてるだけあって、新しい食べ物への抵抗がない。


 俺とサンハーヤは顔を見合わせた。


「あの、なんかものすごく、ほっこりするっていうか、お母さんの作ってくれたシチューを思い出しました! 全然こんな味じゃないのに!」

「俺もなぜか母親の豆スープを思い出した!」


 こう、すごく、じんわり温かくなるのだ。なんだ、これ!



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