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45 アンパン登場

「観念界では、『パン』と発音していました。で、その『パン』の前にいろんな単語がついて、区別をしていましたね」

 リルハさんの説明は、かなりありがたかった。大きく召喚時の正解の範囲が狭まったからだ。


「ありがとうございます。それに、実はパンを作れないかって考えてたんです」

「要望も多かった。レトもよく聞かれた」

 うん、そうなんだ。何人もの冒険者から言われてた。


 というのも、俺たちの食堂は昼からオープンする。でも、中には当然朝からダンジョンに入る冒険者も多い。

 そういう冒険者にとって朝食の調達は一つの課題なのだ。もちろん、朝食が出る宿もあるけど、全部がそうではないし、早朝すぎると作ってくれない場合もある。


 それでお客の冒険者からこう言われることが割とあったのだ。

 ――ダンジョンに持っていけるテイクアウトのパンとか売ってくれたらうれしいんだけど。


 たしかに、牛丼とかかつ丼とか、うちのメニューは一仕事終えて、がっつり食べるにはいいけど、ダンジョンでの仕事中に食べるには重い。あと、そもそもダンジョンに持っていけない。


 ちょっと気軽に持ち運びできる料理で、ダンジョンの中ですぐ食べられるものなんてのがあればいいのに。そう考える冒険者がいても不思議じゃないだろう。


 今までは従業員数が少ないのもあって、断っていた。朝から店番が必要な仕事を増やすのもどうかという気持ちもあった。

 しかし、リルハさんも加入して従業員数も増えた。朝方、パン的なものを売る役を作ってもいいかもしれない。


 とはいえ、大きな一斤のパンを出してもダンジョンの中で食べるには向かないし、もっと小さくて、食べやすいサイズのものでなきゃダメだけど。


「リルハさん、そのほかに何か覚えてることってあります?」

「ええとですね、『パン』の前につく言葉はものすごい種類があったんですが……メジャーなものの発音はかなり単純だったような……。アルパンとかアーパンとか、そんな感じだったかなあ……」

 おっ、それなら試しまくればそのうち出てくるぞ。


「それと、ウグスーパンだっけ、ウグースパンだっけ、なんかそんな名前のがあったような。鮮やかな緑色だったからそれはよく覚えてます」

「えっ、緑色のパン……? なんか不気味です……」

 サンハーヤがダークエルフとしてどうなのかといった感想を漏らした。たしかに葉っぱを練り込んでるならともかく、パン自体が鮮やかな緑ってどういうことなんだろう。


 でも、ひとまずヒントはもらえた。


「じゃあ、ちょっといろいろ試してみますね」


 俺は部屋に閉じこもると、新料理開発に向けて動き出した。

 ええと、アーパンだか、アルパンだかか。


「ノルアルド・フェラン・アーパン・バルコラードリィ!」

 いくらなんでも一発目はダメか。とはいえ、ダメな時のほうが圧倒的に多いものなので、とくに気落ちなんてことはしない。こういうのは数をこなして、どうにかするものだ。


「ノルアルド・フェラン・アルパン・バルコラードリィ!」

 まだダメか。ここからは近い発音を試していくか。


「ノルアルド・フェラン・アッパン・バルコラードリィ!」

 失敗だな。次。

「ノルアルド・フェラン・アンパン・バルコラードリィ!」


 すると、俺の目の前に発光が起きた。

 えっ! もう成功したのか!


 小さな白い皿の上に乗っているのは、見た目はごく普通の丸いパンだ。特徴といえば、ケシの実らしい、つぶつぶが一部分についてるぐらいか。あんまり異世界の要素もないな。説明書はあるけど、これは読むまでもないだろ。まずはかじってみよう。


 猛烈な甘い味が口に広がった。何かよくわからないが、異様に甘い! なんだ、これ!

 かじったおかげであらわになった中身を見ると黒い何かが詰まっている。甘さの正体がこれであることは間違いないようだ。問題はこれが何かってことだけど。


 ここで、ようやく説明書を読む。


=====

ご注文の品をお送りいたします。

料理名:アンパン

日本に入ってきたパンの中で最も日本の要素と融合して、最もポピュラーになった食べ物の一つです。シンプルだからこそ、往年のベストセラーで、これがないパン屋さんを探すほうが難しいかもしれません。

極端に薄皮のタイプなどもありますが、今回はベーシックで、それでいて安定しているバージョンにしました。


※余談ですが、最近同僚のリルハという人が移籍しました。新天地でのご活躍をお祈りいたします。

=====


 リルハさん、ここで働いてたんだな……。本音を言うと、そこで働いてたなら、料理名ももっと覚えててよという気もしなくもない。

 でも、とにかく、パンができた。せっかくだし、もうちょっと食べよう。


 最初は甘すぎるかもと思ったけど、くどい甘さではないな。これぐらいなら、十分に許容範囲だ。それと、この「あん」というもののせいなのか、ほどよくおなかにもたまる。


 夕食後なのに、あっさり一個たいらげてしまった。


「せっかくだし、もう一つ試すか」

 ウグスーパンだかなんだか、そんな名前の緑色をしたパンがあったという。リルハさんの記憶力を信用していいか微妙な部分もあるけど、そこは神なわけだし、大丈夫だろう。


 ただし、今回はそれなりに失敗も多かった。そう、世の中、アンパンのように甘くはないか。

 そして、そこそこ失敗を重ねたすえに、正解は唐突にやってきた。


「ノルアルド・フェラン・ウグイスパン・バルコラードリィ!」

 光が現れた時、思わず、「やった!」と叫んだ。これまで、けっこういろんな料理を出してるけど、何かが出てきた時の達成感は何物にも代えがたい!


 しかし、白い皿に乗っているそのパンを見て、俺は頭に「?」を浮かべた。


 見た目が、さっきのアンパンと酷似している。むしろ、どこにも違いはないんじゃないか。色ももちろん緑色じゃなくて茶色だ。


「リルハさん、記憶違いしてるのかな。いや、まだ中身を見てないな」

 さっきと同じ要領で俺はパンにかじりついた。

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