44 女神の使い方
リルハさんの接客スペックは5段階評価で、ずばり3だ。
つまり、可もなく不可もないのだ。極度におっちょこちょいというわけでもない。かといって、一を聞いて十を知るというほどでもない。言われたことはそれなりにやるという次元だ。
最初は通路で転んでたりしてたけど、あれ以降はない。失敗すればしっかり学習するタイプらしい。
もちろん、一人だけ十人分の給料を出すとかやってるわけじゃないし、それでいい。文句を言う権利はない。
でも、一つ、気になるところがあって、ある日の閉店後、家のダイニングでの食事中(とはいえ、結局豚汁飲んだり、カレー食べたりしてるけど)、サンハーヤが尋ねていた。
「あの、リルハさん、女神的なスペックで何かできないんですか?」
それは当然の疑問だ。
なにせ、神だぞ。とんでもない能力を発揮するんじゃないかと期待しても罰は当たらないだろう。
しかし、今のところ、リルハさんはごく普通に働いているだけで、はっきり言って平凡だった。お客さんが見た瞬間、神がいるとすぐに気づくようでも、それはそれで困るんだけど。
しばらくリルハさんは無言で豚汁をずずずっと飲んでいた。
「えっ、それは、その……ええと、真の力を発揮してお客さんをびっくりさせてもいけないじゃないですか」
「それはわかりますよ。ですけど、もうちょっと、すごいところ見せてくれてもいいのかな~とか思ったりするわけですよ。ほら、調理された豚が蘇るとか」
「それはさすがに無理」
レトがツッコミを入れていた。だって、豚汁の具、この世界にあったものじゃなくて、俺が召喚したものだしな。
「そういうことは……できません!」
いきなりリルハさんが頭を下げた。
どうも、その勢いからして、けっこうな気合の入れようだ。
「実は、私、この世界になかば追放されている状態で……とても、奇跡とか起こせないんです! そもそも、生身の体になってる時点でやれることは限られますし……ほんとにそういうのは何もできないんです! 無能でごめんなさい! ごめんなさい!」
頭を下げたまま、リルハさんはまくしたてた。
それから、据わった目で腕組みして、ふんぞり返った。いったい、どこに態度を急変させる要素があったんだ……?
「これが、私のすべてです! 好きなだけ軽蔑したらいいですよ! 事実はどうせ覆りませんからね! ふんだっ!」
なるほどな。女神のプライドもすべて捨てて生きてやるということか。プライドだけあって何もできないっていうの、一番きついだろうし、その発想は間違ってはいないと思う。ないものはない。
「……つまり、今はリルハさんは普通の人ということですね?」
俺があまり刺激しないように尋ねた。
「はい……。申し訳ないですが、十人分の働きをするとかはできません……」
「別に普通であることに何も問題なんてないですよ」
サンハーヤがフォローをしてくれた。
「これから、普通なりにお店を盛り上げていきましょう、普通の人! 普通の人、ともに頑張りましょう!」
「普通の人って何度も言わないでください!」
リルハさんが抗議した。たしかに普通の人って表現、意味としては中立であるはずなのに、マイナスイメージあるよな……。
そのやりとりを聞きつつ、レトは黙々と味噌ラーメンを食べている。栄養バランスを考えて、市場で買ってきたタマネギをいためたものなどを上に載せている。
「え~、でも、何も能力ないんですよね、そしたら普通じゃないですか~」
ハルカラがくちびるをとがらせながら、がつがつカレーを食べる。ちなみに、たまに食べ終わったあと、カレーのスプーンを曲げようとしてる時がある。翌日になったら消えるけど、行儀悪いからやめろ。
そんなサンハーヤの手が止まる。
「あっ、いいこと思いつきました」
本当にいいことだろうか。
「リルハさんのいい使い方ありましたよ!」
「これでも女神だったんだから、もうちょっと丁寧な表現にしてください!」
そこは女神として譲れないんだな。わからなくはない。
「あっ、思いつきのほうは本当にいいことです。リルハさんにしかできないことです。どういうことかと言いますと――」
サンハーヤはスプーンをリルハのほうに向けた。
「リルハさんが管理してた観念界ってところにあった料理の知識を教えてくれればいいんです」
観念界というのは、俺が召喚してる料理がもともとあった変な空間のことらしい。別に異世界のお店や家庭から料理を奪ってきているのではないのだ。
「その観念界にはたくさん料理が存在していたわけですよね。私たちが知らない料理がほとんど無限にあると思います。その名前を知れたら、オルフェさんが召喚できます!」
たしかに。それなら、食堂はさらなる発展を遂げることができる。なにせ、膨大な種類の料理を召喚できるわけだからな。
レトも「おー! すごい!」と両手を挙げて、率直に感情を表現していた。
しかし、リルハさんの顔はすぐに曇ってしまう。
「それが……ダメなんです」
「もしかして、観念界にあった料理名を教えるのはルール違反ってことですか?」
俺は確認のために尋ねた。本来、この世界の人間が知れるようなことじゃないもんな。無理なものは無理ということであれば、そこは諦めるしかない。
「いえ……。そこにどんな名前の料理があるかとか、いちいち気にしてなかったので……。料理名がわかりません……」
「ちょっと! そんなんだから、普通の人呼ばわりされるんですよ!」
サンハーヤが文句を言った。
「仕方ないじゃないですか! 名前のチェックまではいらないって上からも言われてたんですから……」
この人、たんなる勤め人っぽいな……。そういう意味では普通の人は言いすぎでも、普通の神ってところか。
「あっ、でも、多少の知識はあるかもです」
おっ、なんだ、なんだ?
「たとえば、観念界にある、ああいうのですけど」
リルハさんが遠くを指差す。そこには朝食用のパンがあった。さすがに朝からカレーとかラーメンはちょっとつらいからな。
「観念界では、『パン』と発音していました。で、その『パン』の前にいろんな単語がついて、区別をしていましたね」
小説だとわかりづらいですが、この世界ではパンは、日本のパンとは違う発音でしゃべっているという設定です。




