41 対価を支払う
「リルハさんでしたっけ? あなたに代価として支払うものは私が言います! それは、私ですっ!」
え……? えええっ!?
とんでもないことをサンハーヤは言いやがった。
俺はすぐにサンハーヤの腕をつかむ。
「ふざけるな、サンハーヤ! なんで、お前が代価になるんだよ! あくまで代価は俺の大切なものだぞ!」
「だからですよ」
サンハーヤはまるでにらむように俺の目を見返した。
「オルフェさんにとって私は大切なものでしょう? 大切な家族でしょう? なら、間違いなく、この女神さんの言ってるものに該当しますよ!」
たじろぎながらもリルハさんもうなずいていた。それなら認めるということらしい。
だからって、納得できるわけないけどな。
「そんなの払えるか! 俺の召喚能力を差し出せば話は丸く収まるだろ! そりゃ、苦労だってするだろうし、作り方もわからないものも多いけど、そこはどうにかできなくもないし……」
「ダメです」
きっぱりとサンハーヤは言った。なんで、こんな時だけ強情なんだよ……。
「だって、オルフェさんの召喚能力はものすごくたくさんの人を元気にしてるんです。これはオルフェさんの想いや努力とかを超えた、能力があるからこそできてることなんです。この力を失ってもいいだなんてことは認められません!」
サンハーヤが譲るわけがないと思った。
なにせ、これは全部サンハーヤの気持ちを込めたものだからだ。ウソも偽りも装飾もない。
だからこそ、こんなの認められない。
「だからって、サンハーヤがいなくなっていいわけないだろっ! お前の代わりだってほかにいないだろっ!」
「ほかに店員を雇うことならできるじゃないですか! 店員以上の価値を私は見せられてないんですから!」
「ふざけるな! 店員としてしか見てないなんていつ言った? 俺はお前を家族だって思ってるんだ。家族がいなくなって平気ですって言ってる店なんて誰が行きたくなるよ?」
そのやりとりにびっくりしたレトが間に入ってきた。
「ケンカはダメ、二人ともケンカはダメ……」
たしかにケンカと言えばケンカかもしれない。違う意見をぶつけあっているわけだし。
「レトさん、このお店をよろしくお願いしますね」
「だから、不吉なことを言うな! だいたい、俺が認めなきゃ代価にはならないからな! 決定権は俺にあるからな!」
「だから、ケンカはダメ! ダメなの!」
大きな声でレトに言われて、俺もサンハーヤもやっと黙った。
「だって、様子が違うみたいだから。ほら」
レトの示した手のほうを見ると、リルハさんが号泣していた。
ぼたぼたと涙が頬を伝っている。
「うわ~、いい話ですね、本当にいい話ですね……」
全部、あんたのせいだけどなと思ったけど、この人の気まぐれでやってることじゃないし、そこに文句を言ってもしょうがないだろう。あくまでもこの人は「取立て」を目的にしてる人間なのだから。
「なるほど……。まさか、ここまで混じりけのない、打算のない愛を見せていただけるだなんて……。わかりました、わかりましたよ」
わかったって、何がわかったんだろうか。それが聞けないことには全然安心できない。
リルハさんはハンカチを出して、涙を拭いていた。それぐらいの号泣だったのだ。見てた俺たちが怖くなるぐらいだった。
「そうですね。かけがえのない友情とも愛情とも呼べないもの、それを私はたしかに受け取りました。これを、オルフェさんからいただいたということにいたしましょう」
これまでと打って変わって、調子のいいことをリルハさんは言った。もちろん、ありがたいけど、逆に話が上手すぎる。
「えっ? すでに受け取り完了ってことですか? でも、それって何かをオルフェさんが失うようなものとは意味が違いますよね?」
サンハーヤが俺に変わって素朴な疑問をぶつけてくれた。
そうなのだ。これって、俺は実質、何も差し出していない。
「いいんですよ。これで、なんとか上には話をつけておきますから。それと、サンハーヤさん」
リルハさんはちょっと微笑みながらサンハーヤのほうを見つめた。
「頑張ってください。その気持ちがあればなんとでもなります」
リルハさんが何を言っているのかよくわからなかったけど、サンハーヤが赤くなって照れているのは間違いなかった。何の話なんだ?
「そ、それはちょっとずつ、ちょっとずつ、こつこつやっていきますんで……」
よくわからないが、話はほぼついたらしい。
「あっ、オルフェさん、タコ焼き一ついただけますか?」
ごく当然のようにリルハさんに注文された。ここで営業時間外ですとか言って恨まれるのもアレだから、素直に従う。
そのタコ焼きをほふほふ言いながら食べつつ、リルハさんは仕事の話をはじめた。
「実を言いますとね、おおかた、こうやって代価を求めると、人間の醜さを見ることが多くてげんなりしていたんです。なんとかして利益を確保しようと、みんな必死になるんですよ。でも、お二人の気持ちはまっとうなものでした。だから、これでいいんです」
リルハさんはにっこり笑って太鼓判を押してくれた。
よかった。正直に生きると、いいことあるんだな……。
「やりましたよ! オルフェさん、本当にやりました!」
サンハーヤが俺に抱きついてくる。それぐらいのことをやりたくなるぐらい、すごいことができたんだな。
「ほらほら、レトさんも!」
レトもサンハーヤに引っ張られて、ハグの中に入れられた。サンハーヤの腕にそれぞれ俺とレトがいるような状態。
つい、三分も前まで自分を生贄にするつもりだった奴のテンションじゃないな。けど、それこそ、サンハーヤらしいのかもな。
大きすぎるトラブルを奇跡的に俺たちは乗り越えられたらしい。




