39 「場」としてのオルフェ食堂
リルハさんが来るまでの間、俺たちは何も変わったことがないように普通に働いた。
少なくとも常連の客の誰一人として、おかしなことが起こっていると感じた人はいなかったはずだ。
臨時休業にして、旅行にでも行こうかと思ったりもしたけど、そういうのはかえって不吉な感じがした。別に俺たち三人が離ればなれになるわけでもないのだ。通常営業でいい。気張る必要もない。
そして、運命三日後。最後の客がかつ丼をがつがつ食べている。
厨房ももう使わないので、客席のほうに出ていった。
「どうですか? バンディーさん、美味いですか?」
常連の名前はある程度、わかるようになった。
「なあ、オルフェの店主! 俺、大きなクマを遠征で狩ったんだけどさ、その毛皮、店の壁に飾れねえかな?」
「壁か……。たしかに空いてると言えば空いてるよなあ」
「ほら、この店、冒険者がうじゃうじゃ来るんだから、それっぽい内装でもいいと思うんだ。まあ、クマを狩るなんてそんなたいしたことじゃないけどさ。そのうち、ここで飯食ってた冒険者の中からすごく偉くなる奴も出てくるかなって。で、そいつもその証しみたいなのを『オルフェ食堂』に飾るわけだよ」
ちょっと、照れくさそうだったけど、バンディーさんの話は饒舌だった。
「それで、ほかの冒険者もデカいクエストがあったりすると、記念品を店に持ってきたりしてな。いつしか、冒険者のミュージアムみたいな店になって、地方から来た冒険者たちが、そんなの品を見ながら、食べたことのない料理にびっくりして腰を抜かす。どうだ、悪くないんじゃねえか?」
「あ~、たしかに光栄だけど、そういう品は個人で残しておいたほうがいいんじゃないですか」
「でも、そこはほら、冒険者って命懸けだしさ……。それに過去の栄光にすがるような職業ともちょっと違うし……こういうところのほうがふさわしいかなって」
バンディーさんの言葉の意味はよくわかる。
つまり、冒険者が集まる「場」として、この食堂が機能すればいいなって言ってるわけだ。
ギルドはたまり場ではあるけど、立場上、役人的な部分が強いというか、ほっと一息つく場所ではないからな。きっと、そういう酒場も王都にはあるんだろうけど、中には酒が飲めない冒険者も飲みたくない冒険者もいるしな。ここはアルコール出さないし、女性も若い客も来やすいっていうのはある。
「まっ、考えときます。でも、この味をいつまで維持できるかっていうと、わからないところもあるんですよね。これ、かなり特殊な食材も使ってるんで」
「そりゃ、常連だから知ってるよ。ラーメンの麺も豆腐も売ってる店見たことねえしな。とりあえず、考えるだけ考えておいてくれよ。店に迷惑なら持ってこねえしよ」
「迷惑じゃないんだけど、店がもうちょっと軌道に乗ったらですかね」
俺としては、こんなふうに答えるのが最大限の誠実ってところだ。
「これ以上、軌道に乗ることなんてあるのかな。そこは店主さんが決めることか。そんじゃ! 今日も美味かったよ!」
バンディーさんが店を出ていった。もう、店の前には「CLOSED」の札がかかっているはずだ。
「いいお客さんですね。ていうか、この店、冒険者率が高いのにあまりケンカとか起きないですよね」
そこにサンハーヤがやってきて、俺の横に並んだ。
「いい場所なんだと思う。ダンジョンの近くにこんな空間なかったし、無意識のうちにここを守りたいって気持ちはあるんだろうな」
それに、ここをひいきにしてる冒険者もたくさんいるってことは、そいつらがケンカしてる奴ら両方を追い出そうとするってことだ。仮にケンカするとしても邪魔が入らないためにも、外でやるのかもしれない。
「ですね、このお店はいつまでも、やっていくべきですよ。もはや公共サービスの一環となっていると言っても過言ではないです」
腕組みして、胸を張って、サンハーヤは鼻高々といった感じだ。
「それはさすがに過言なんじゃないか?」
「そんなことないですよ。私、長らくいろんなところを流れてきましたけど、ここの冒険者の皆さん、すごく明るいですよ。そりゃ、なかにはいい稼ぎになって明るい人もいるかもしれませんけど、そういうのじゃなくて、もっとみんなが安心してほっとできるがゆえの明るさがあるんです」
さっきの常連客のバンディーさんが言ってたことと同じなんだろうな。
冒険者にも居場所がいるんだ。
その居場所を俺は結果的に召喚能力のせいで提供することになった。
別に最初から、そういうものになろうなんて意識があったわけじゃない。
もちろん、商売のためにそうするしかなかったからやったんだ。冒険者として戦えない俺にはそれしかなかった。サンハーヤも商売しようと言ってきたわけだし。
それでも、冒険者の役にこの店が立ってるなら、なんとかして残したいな。なにせ、無数の冒険者が悲しむなんてことはできないからな。
そこにレトもサンハーヤの逆側に立って、止まった。俺の両側に二人が立ってる格好だ。
「オルフェ、テーブルの拭き掃除終わったよ」
「ありがとな。これで明日もしっかり営業できる」
「うん、明日もしっかり働く」
レトも最初に出会った時と比べると、ちゃんと自分に誇りが持てたと思う。少なくとも、レトって女の子一人の人生を救えただけでも、俺の召喚能力には価値があった。そこは紛れもない事実だ。あの女神だって受け入れるしかないだろう。
「さてと、そろそろ本日、本当の意味での最後のお客さんが来るんじゃないかな」
「注文しないんだから客じゃないですよ。ただの取り立て屋ですって」
まるで俺たちの言葉を聞いていたかのように、カーン、カーンと鐘が鳴る。
女神なら本当に聞いててもおかしくないけどな。
さて、決着をつけようじゃないか。




