26 ほっと一息、ぜんざいセット
俺は厨房に行くと、その呪文を詠唱した。
「ボンザイランザイゼンザイヘンザイドンザイ!」
どうやら、もともと違う大陸の呪文らしく、自分がこれまで使ってきたものの中でも、トップクラスに変な詠唱だが、とにかく召喚に成功すればそれでいい。
職員室の隅にて、光が生まれ、赤いおわんに入った黒いヤツが登場した。
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ご注文の品をお送りいたします。
料理名:ぜんざい
ぜんざいとおしるこの違いって何って親に聞いたこと、子供時代に一度はありますよね? まあ、それはそれとして、冬の風物詩、ぜんざいです。あんこの甘さがおなかにやさしく入ってきます。小豆の万能選手ぶりにあらためて驚かされます。お餅や栗を入れればさらにゴージャスに! 今回はお餅と栗も入れてみました。
また、食後の甘ったるい舌をきりりと整える細い塩昆布、あと、緑茶も用意しました。
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よし、無事に召喚したぞ。
餅を食べる時には箸を使うらしいけど、まあ、そこは職員室のフォークを使わせてもらおう。
満を持して、そのぜんざいセットを運んでいく。
「お待たせいたしました。『オルフェ食堂』店主が自信を持ってお届けする新しいスイーツです!」
「…………黒いですね……。栗だけが黄色いですけど……」
全然おいしそうって感じじゃないな……。
気持ちはわかる。ここまで黒い料理ってあんまりないもんな。イカスミでもぶっかけたのかという色をしている。よく見ると、豆の色なのか、実は赤っぽい色なんだけど、遠目には黒に見える。
「中には餅というお米をついて、やわらかくしたものも入ってます。ノドに詰めないようにしてくださいね」
「まあ、まずはこの黒いスープを口に入れてみますね……」
ふうふう噴いて冷ましてから、ずずずっとミルカ先生はぜんざいを口に入れる。
「見た目以上に甘い! そして、体の中からあったまるような甘味ですね……」
信じられないといった顔で先生は口を押えた。ただ、悪い意味での驚きじゃないってことは、その表情からだいたいわかった。
「これ、小豆っていう豆をぐつぐつ煮てるみたいなんです。それでいい甘さになるんですね」
「『みたいなんです』って、こんな料理作るの、オルフェ君ぐらいしかいないじゃないですか。変な言い方ですね」
「え、ええ……ですね……」
しまった。どうしても召喚してるから作ってるって意識が希薄なのだ……。
「じゃあ、次は中に入ってる白いモチというものを食べますね。なんだか、チーズみたいですけど弾力がありますね。そして、このスープととてもよく調和しています」
「俺もそう思います。餅とこのぜんざいのスープがやたらと相性がいいんです。ほどよくスープが餅にからみますし」
きっと昔からこの組み合わせは鉄板だったのだろう。長い歴史みたいなものを感じる。
「これ、食べごたえがありますね。おなかすいてたので……ちょうどよかったかも……」
少し恥ずかしそうにミルカ先生が言った。俺とそんなに年齢も違わないはずだから、まだお年頃のはずだ。
「栗もおいしいですね。そういえば、あったかい栗ってあんまり食べた記憶がないから不思議な感じです」
マロンパイとか売り物はだいたいもう冷たくなってるからな。
どこか、自宅でくつろいでいるような顔に先生はなっている。
初めて食べるもののはずなのに、ほっこりさせられる。それがぜんざいの特徴だと思う。
ずずずっと先生はスープをすべて飲み終えた。
でも、まだぜんざい「セット」は終わりじゃない。
「この黒いのに塩がまぶしてあるようなのは、何ですか?」
「塩昆布という、口直しのしょっぱいものです」
ぜんざいで安心感を得たのか、もうミルカ先生は恐る恐るということもなく、それを口に入れた。
「本当だ。しょっぱいけど、でも、やっぱりそんなにきつくないですね。ちょうどよいあんばいです」
もう、ミルカ先生の顔は満面の笑みになっている。そんな顔、授業だと見たことがなかった。
「先生、すごく楽しい時はそういう顔になるんですね」
ついつい見惚れてしまった……。
「あっ……ごめんなさい。おいしいものを食べる時は素が出ちゃうんです……」
「つまり、授業はなんだかんだで緊張してたんですね」
「はい……。だって、それは人に教える仕事ですからね。誤った知識を教えて、冒険者になって事故に遭われても大変ですし」
ああ、責任重大な仕事をずっと先生はやっていたわけだ。
多分、生徒側はそんな先生の気持ちは全然わかってなかった。というか、先生はきっと冷静沈着に仕事をずっと続けていると思っていた。
もしかすると、大変の職業は外からは自信満々に見えて、みんな大丈夫かな大丈夫かなと思いながらやっているんだろうか。
最後に緑色のお茶が置いてある。
「もともとお茶が緑色だったということは、どこかで聞いたことがありますよ」
少しぬるくなったらしいお茶を先生はおいしそうに飲み干した。
「ごちそうさまでした!」
これまでで一番の先生の笑顔を見て、俺のふるまいは終わった。
「こんな感じで、俺は料理の世界でやってますから。これで安心してもらえますかね」
ちゃんとしたお店を持つことができて、やっと今日、ここに来ることができた。仮設の店舗だと、まだ先生を安心させられないかもと思った。
「はい。オルフェ君が立派に育ってくれて、とてもうれしいです。私の仕事は、サモナーを作ること以前に立派な社会人を作ることですからね」
「また、営業時間中に食べに来てください」
店のチラシを俺は先生に渡した。
「また、面白い料理を作ってくださいね」
先生はすっと手を差し出してきた。
俺もゆっくりと手を出した。
ぎゅっと握手をされた。
ああ、対等なんだよな。今はどっちも社会人として自分の専門分野でお金を稼いで生きているんだから。
さて、これはぜんざいもメニューに入れないといけないな。
なにせ、いつ先生が来るかわからないんだから。




