23 日常の中のカレー
俺の目の前に一つ目のカレーが出てきた。
平べったい皿の上にライス、そしてその逆側に茶色いシチュー状のものがかかっている。
「なんですか、これ……? あんまりいい見た目じゃないですね……」
サンハーヤはちょっと引いている。
「だから見た目は悪いかもって言っただろ。ていうか、お前も露骨な反応しすぎだって。こういう茶色い見た目の食べ物なんていくらでもあるし、ようはシチューの亜種だろ」
「いや、おっしゃりたいことはわかるんですけど、この食べ物、ほどよく粘度がありそうですし、ちょっと……」
「別に、サンハーヤがどう思おうといいから、お客さんに持っていってくれ。味は保証する。俺はちゃんと食べてるからな」
そう言ってから、もう一つカレーを召喚して用意した。オーダーは三つ来ているのだ。二つなら同時に運べるだろう。
「わかりました……。たしかに見た目の問題はメニュー表にも明記してますし、こっちの責任じゃないです。全部残されたりしそうですけど、お代はいただいてますしね」
サンハーヤは不承不承、カレーを持っていった。
せっかくだし、ちょっと様子を窓から見てみよう。ちょうど、近場のテーブルだから、様子がよくわかる。
「うわっ、これはすごい見た目だな……」
「はははっ! 注文したんだから食べなさいよ!」
そんなやりとりが聞こえてきた。見た目に難色を示すのはしょうがないか。かといって、じゃあ、その色が水色だったり、紫だったりしたら食欲湧くのかといったら、そんなことないと思う。
注文したほかの客はそんなに拒否反応を示してなかった。見た目からしてプリーストだろう。
「ようは茶色いシチューを米にかけてる食べ物でしょう。だいたい、この食堂で食えないほど不味いものが出たことなんてないんですから、いけますよ」
そして、ぱくっとそのプリーストは米ごとカレーを口に入れた。
「ああ、なるほど……」
言葉少なに、プリーストはまたスプーンをカレーに突っ込む。
まるで食べ慣れた料理であるかのように、淡々とスプーンの出し入れをしていく。
そこには意外なものを食べたという雰囲気はほとんどない。
「あなた、この料理食べたことあるの? あなたの地元の郷土料理?」
ウィザードらしき女性客がそう聞いたほどだ。
「いや、そんなことはないんだけど……とにかくなじむんです。米にシチューをかけて食べた経験なんてないのに、ものすごくそれが自然に感じる。いや、これはシチューじゃない。あくまでもカレーっていう食べ物なんですよ!」
その言葉に俺は遠くでうんうんとうなずいていた。
そうなんだ、このカレー、厳密にはカレーライスはやけになじむんだ。
あえて言えば、店が出すような料理じゃない。もっと家庭的な、どこの家庭の母親も作りそうな味なんだ。
けど、だからこそなじむ。
家庭のちょっとした幸せが、この底の浅い皿の上に展開されてるんだ!
そのプリーストの反応にほかの注文客もカレーを食べはじめた。
「なんで、こんなに米と合うんだ? 俺、こんなに米をがつがつ食ったことないんだけど……。米ってシチューと合うのか?」
「いや、シチューじゃない。このカレーと合うんです!」
「おかしいな……。ものすごく味が濃いわけでもないのに……。むしろ甘さすら感じるのに……これが正義だと感じるぜ!」
「豚汁を食べた時も故郷を思い出しましたけど、これはどっちかというと、町で生まれ育った子供たちにとってのマイホームを感じます!」
そのあと、すぐにサンハーヤがこっちに飛ぶように戻ってきた。
「オルフェさん、私にも一つお願いします!」
「サンハーやって変わり身早いよな。でも、それがいいところもであるか」
この料理は食べないぞってこだわっても、誰も得しないもんな。
すぐに召喚して、一皿をサンハーヤに渡した。
「これ、ほっとしますね……。レストランとはまったく違う方向に進化した一皿というか……」
「だよな。俺も気軽に食べてほしい。美味さに感動するとかそういうのいらないから、これを食べて、またごく普通に日々の生活をほどほどに戦ってほしい。カレーは日常の応援歌なんだよ」
そのあと、レトもやってきた。サンハーヤが残っているカレーを食べさせてみた。仕事中に全部たいらげられるほど暇じゃないし、そんなに食べたらそのあとの飯が食えなくなるからな。
「……ふしぎ。ママを思い出した」
遠い目をしながら、レトは言った。
「ママの料理なんて食べたことないはずなのに、ママがこんな料理作った気がしちゃう」
ああ、レトは家庭の味を知らないままなんだ。
今更それは変えられないことだけど、やっぱり悲しいことではあると思う。
俺はぽんぽんとレトの頭をやさしく叩いた。
「レト、俺がお前の家庭の味を作ってやる。大きくなったらこの味が家庭の味だって思い出してくれ」
もちろん、自分が親の代理になるだなんて不遜もいいところだけど、もし少しでも代理をつとめることができるなら俺はその役を果たしたいと思う。
「うん、オルフェ、ありがと」
にっこりと、これまでにないぐらいレトは明るく笑った。
憂いなんて何も感じていないみたいに。
思わず、俺はあっけにとられたぐらいだった。
「じゃあ、レト、仕事に戻る」
注文の声が響いていた。すぐにレトはそっちに走っていく。
今の夢だったのかな。
ああ、ダメだ、ダメだ。ぼうっとしてちゃ。
俺は次の注文の品を召喚する。
もっとレトの笑顔を見ていたかったけど、これでいいんだ。
なにせ、従業員として働いてるって日常の中でレトは笑えたんだから。
だったら、これからも、もっと笑えることが増えるはずだ。特別な日にしか笑えないより、絶対にそっちのほうがいい。
女の子にカレー作ってもらいたいだけの人生だった…。次回に続きます!