20 ワサビの破壊力
サンハーヤはゆっくりとその料理をディーズのところに運ぶ。俺もそれにならって、説明のためにディーズのところに行く。
ちなみに持っていくのにも順番があるらしく、それは説明書に細かく書いてあったので、判断がついた。
「お待たせしました、これがどこかの異世界の美食、会席料理です」
「ほう……たしかにこれはまったく見たことのない料理じゃな……」
最初のお盆にはディーズから見て、一番奥に小さな器。中央に妙に細長い器が斜めに尾家あり、右側の空きスペースに竹のカゴと器が置いてある。
無論、すべて料理が置いてある。
「ふむ、まず見た目はきれいじゃな。器もずいぶんとよいものを使っておるのがわかる」
「ありがとうございます……。まあ、器作ったのは俺じゃないんで、そこは褒められてもしょうがないですけどね……」
「別に作ったわけではないからと卑下することはなかろう。よい器を選ぶのも料理人の技術じゃからな」
いや、選んだわけでもないんだけど、言うとややこしくなるから、黙っておこうか。
それに、肝心なのは味だ。
「これは、どういう順序で食べればいいんじゃ?」
「はい、まず『先付け』と言いまして、その奥にある茶色いぷるぷるしたものを食べていただきます。胡麻豆腐と言うそうです」
「プリンの亜種かのう。じゃが、プリンを冒頭から食べさせる法はないか」
未知のものを堂々とディーズは口に入れていく。それを舌でゆっくりと咀嚼する。
「ほう! 淡泊なようでしっかりと味がついておるな」
よかった! 最初の滑り出しで失敗することはなくなった!
「続いてほかのものが前菜になります。一つ一つは小さいのですが、まだまだ料理は出てきますので」
「そうじゃな、まずはこの胡麻がびっしりついた魚をいただこうかの。これはなんという名前じゃ?」
「サンマの利久焼きと言うそうです」
「サンマか。たしか海辺では食べたことがあるが、そんな料理名は知らんな」
俺も知らん。というか、サンマ食ったことない。
いつ、「なんじゃ、こら」とけげんな顔をされるか不安だったがディーズの反応はよかった。
「このいちじくのゼリーもよい。この四角い形状のものにも魚が入っておるの。トウフという料理法に近いものがある」
「お褒めにいただき光栄です。それはアナゴの柳川豆腐というものです」
ちなみに、横に立っているレトがさりげなく、おしながきという名前の料理一覧をちらちらカンペみたいに見せてくる。
品数が多すぎてこれがないと混乱する……。
「最初の皿というか盆は悪くなかった。次を持ってきてくれ」
おっ、第一段階はクリアしたらしいぞ。
今度はサンハーヤが熱そうな鉄器を持ってきた。
「なんじゃ? やけに頑丈そうなティーポットじゃの」
「いえ、この中に料理が入ってるんです。ええと……土瓶蒸しというものですね。中には松茸というものが入っています」
「ああ、松茸はドワーフはにおいを嫌がる者が多いのう」
げっ! そんな趣味嗜好は知らないぞ!
「じゃが、ワシはとくに忌避せんから安心せえ」
よかった、よかった……。
しかし、知らない料理ばかりなので、こっちも不安である。
「この芳香、悪くないな。おなかをゆっくりと休めて、コースの次の料理への期待を高めていくことができる」
サンハーヤが「ですよね。実によく考えられたコースですよね」とドヤ顔していた。よくお前、そこで威張れるな……。でも、こういうはったりも大事かもしれない。
けど、すぐにまた難関がやってくる。
ちょんちょんとレトがこっちの服を引っ張ってくる。
「オルフェ、次、『お造り』って書いてある。これ、生魚……」
「あっ、そうか……。パスするべきかな……?」
次の皿にはマグロ・ハマチ・サーモンの生魚のスライスが入っている。
その横にわざわざラディッシュを細く切ったものに食べられる葉っぱまで載せて手は込んでるけど、これをディーズに出すのは危険ではないか?
なにせ、料理というのは、究極的に食べる側がうまいと思うかどうかだ。
たとえば、世の中にはどうしても貝が食べられない人がいる。その人にとってみれば、貝は食べ物とは目に映らない。
あるいは、もっとシンプルに、ものすごく貝が嫌いな奴に貝料理を出しても絶対に評価は最悪だろう。
そういう意味では、生魚は食べ物と認識されない危険が高い……。
「どうした? 次の料理はなんじゃ?」
「あの、生魚ですが、召し上がられますか? 苦手なら飛ばして次に行きますが」
「いや、猟師町でそういったものを食べた経験もあることはある。そのままでよい」
マジか。食の探求者なのは本当だな。
「それに、この料理はまだ食べたことがないものばかりじゃ。ぜひもっと詳しく知りたいと思う」
「わかりました! サンハーヤ、持ってきてくれ!」
サンハーヤが白い器と、漆黒のソースが入った小さな鉢を持ってくる。
「この生魚を、しょうゆというソースにつけて召し上がりください。ええと、この緑なのはワサビですね。薬味なんですが、刺激がかなり強烈なので、ちょっとだけにしたほうがいいかと思います」
「ああ、そういう刺激を与える植物もものによっては使われるな。おおかたの意味はわかった。しかし、よく内陸にある王都にこんな鮮度のよさそうな魚を持ってこれたのう」
「うちの料理人は、完璧な輸送ルートを知っているんですよ! えっへん!」
追及されると危ういところをサンハーヤがかわしてくれた。
正直、この「お造り」が一つの山だと思う。
このあとは「焼物」に分類されるホイル焼き、「揚げ物」に分類されるフライ、「鍋物」と続き、釜飯と味噌汁、デザートが出て終わりだ。
ホイル焼きはサンハーヤもレトも絶賛してたし、ほかもおおむね高評価だった。前菜に出てくるものよりはわかりやすい。
なので、この生魚が認められれば、きっとこの先もどうにかなる……はず!
だが――
ディーズが思いっきり苦悶の表情を浮かべていた。
「くっ……くぅ……!」
軽く悶絶しているとすら言えるかもしれない。
げっ! 大失敗かよ!?
「オルフェさん! あれ、絶対にワサビのせいですよ! つけすぎると鼻につーんと来るんですよ!」
「そうか、サンハーヤも魚は食べなかったけどワサビのほうは試したよな……」
「はい、かたまりをぱくっと食べたら死ぬかと思いました」
いや、薬味にあたるものだから、まるごと食べるなよ。
しかし、これはまずいのではないか……?
ディーズの目に涙まで浮かんでるぞ。レベルの低い料理でもそんな反応にはならない。テーブルごとひっくり返されたりしないだろうな……?
「くっ……う…………」
「あの、おつらいようでしたら、水を至急持ってきますが?」
俺はわずかでもフォローを入れようとした。
「う…………うまい、うまいっ!」
まさかと思ったがディーズの顔が会心の笑みに変わっていた。
「これまでの食事でこんな経験はしたことがなかった! 魚も臭みがなく、心からおいしいと思える! ショウユなるソースとも合っておる! なにより新しい! このワサビのもたらす経験は新しい!」
よしっ! 乗り越えた!
次回、決着がつきます!




