17 美食と大衆食
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家の両側から角が二本生えていた。
さすがに本当に家が生命活動をしていて、角を生やしていることはないだろうから、レンガか木材か何かで器用につくったのだろう。
「たしかに変な家だな……。このあたり、あんまり一人で来たことないから気づかなかった……」
学生時代、人間の行動範囲はけっこう狭いからな……。家と学校の往復が大半だったしな……。
その変な屋敷に近づいてみると、門前でなにやらやりあっている。
「ふざけるでないぞ! これのどこが美食だ! 珍しいだけのものと美食を一緒にするでないわ!」
ドワーフがキレている。間違いなく、例の建築家だ。
一方で、キレられてる側の人間は身なりがいいから、どっかの貴族の使いだろう。いくらなんでも貴族みずから来ることはないだろうし。
「し、しかし、これは今、王都で話題を集めているタコ焼きというもので……。もしや、オクトパスがお口にあいませんでしたか?」
えっ? タコ焼き出回ってるの!?
そういえば、使いがタコ焼きらしきものが入った皿を持っている。
けど、見た感じ、あまりおいしそうには見えない。ただ、小麦粉のボールを作っただけに見える。
そういえば、俺が召喚するタコ焼きは、青のりというものや、かつお節というものが載っていたり、なにより独特のソースがかかっていたりするので、完全な再現は難しいはずだ。
「オクトパスだって何度も食べたことはあるわ。港が近いところならごく普通の食材であるしな。もっと根本的な問題じゃ。こんなの小麦粉をボール状にした中にオクトパスを入れただけであろうが! これは美食の範疇には入らぬ! 一風変わったものだったらなんでもワシが納得すると思ったら大間違いじゃ!」
ドワーフの言っていることはわかる。少なくともタコ焼きは手が込んだものじゃない。
だからこそ、どっかの貴族がパチモンを作って、建築家に持っていけたのだ。おそらく全然違う味だろうけど。
俺の召喚魔法、そもそも味のクオリティも高いものが出るようになっているんだと思う。出してみて、まずいと感じたことが一度もない。梅干しは最初はびっくりしたけど、あれはそもそもああいう味の食べ物だ。
「よいか? 美食なるものを持ってこい! 『オルフェ食堂』じゃったか? そんな冒険者用の大衆食堂のメニューをパクってワシが納得するわけないじゃろうが! 本格的な料理たりえるものを持ってこい!」
使いは「すいませんでした!」と半泣きで逃げていった。あれ、多分帰宅しても貴族に怒られるパターンだな。
「これはどうやら、俺たちが行っても無理だろうな」
俺としては行く前に結果がわかってありがたいぐらいだった。やはり、俺の召喚魔法は美食家が認める料理ではない。
別に卑屈になっているのではなく、ジャンルが違うのだ。
それは腕っぷしのいい大男と、見目うるわしい令嬢と、どっちが人間としての価値があるかと聞いているようなものである。そんなものに価値はつけられない。少なくとも、神殿で聞く教義ではそういうことになっている。
しかし、事はそう単純には運ばなかった。
サンハーヤが横にいない。
なんと、ずかずかドワーフの建築家のところに向かっていたのだ!
「ちょっと! 『オルフェ食堂』と『苦汁』をバカにするのはやめてもらえますか!」
『苦汁』はバカにしてねえだろ!
「えっ……なんじゃ……? 『苦汁』って何……?」
建築家も混乱してるぞ!
「私は『オルフェ食堂』の従業員です。大衆食堂には大衆食堂の価値があるんです! ダンジョン前で毎日フルコース供してもしょうがないでしょう!」
「ああ、ご本人が偶然おったのか。それぐらいはわかっておる。ただ、ワシがそういうものに価値を求めておらんだけの話じゃ」
「それは多分、本物のタコ焼きを食べてないからです! 私たちもあんな偽のタコ焼きでタコ焼きを理解されたくありません! 本物はもっとおいしいからお客さんがひっきりなしなんです! 珍しさだけでなんとかしてるんじゃないですからね!」
あっ、これは俺のタコ焼きを作らせようとしてるな。
サンハーヤが行った理由もわかった。レベルの低いもので誤解されたくなかったんだ。
俺はそうっと塀の陰でタコ焼きを召喚した。
「オルフェさん、ここはぜひ本物のタコ焼きを――」
「はい、もう用意してるぞ」
俺はすでにタコ焼きの白い容器を持って待機している。
美食家が求めるものじゃないとしても、このタコ焼きが美味いことは真実だ。
俺が出てきたことにドワーフの建築家も少しびっくりしていたようだったが、すぐに視線はタコ焼きに向いた。
「これは、お前さんが作ったものか」
「そうです。『オルフェ食堂』の店長、オルフェです」
「ワシは『アーティスティック・ドワーフ建設』の社長、ディーズじゃ。別にお前さんらの店をけなすつもりはないぞ」
「その点は理解してます。ただ、こっちもせっかくだから本物を味わってほしいんです。冒険者だって美味いものを求めるのは当然ですからね。そこを知ってほしいってだけです」
「ふむ。それはわかる」
ディーズはゆっくりとつまようじを使って、タコ焼きを一つ口に入れた。
「あつっ、あつっ! 火の玉を口に入れたようじゃ!」
火の玉と表現されたけど、そこまでディーズは苦しそうではない。多分、こういうはふはふやって食べるのもおいしさのうちだと知っていると思う。
慎重に、味わうように、ディーズはタコ焼きを咀嚼した。
「なるほどな。さっきの偽物とは似て非なるものじゃな。似ていたのは形だけじゃ。そもそも根柢の味付けがまったく違う。これは熱した鉄板で絶妙の焼き加減で作っておるな」
美食家だけあって、センスはあるな。