16 ちゃんとした店舗の相談
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「この服、かわいい?」
「うん、すごくいいぞ!」
レトが試着した新しい服を見て、俺は思わず親指を突き立てた。
家でずっとメイド服というのもおかしいので、お金も入ったし休日に違う服を買いに来たのだ。
メイド服っていうのは使用人が着るものなので、家族が着るものとしては何かがおかしいと思うのだ。まあ、少なくとも、常にメイド服というのは変かなと。
サンハーヤいわく「メイド服をやめろとか、男としておかしいんじゃないですか!? 男のロマンじゃないですか!」と訳のわからないことを言われたが、ここは自分の主張を押し通すことにした。
そしたら今度は「もしかして恐ろしいメイドに友達を殺されたとかそんな過去があったりするんですか……?」と心配された。そんな劇的な人生は送ってない。
で、レトにシックな雰囲気のワンピースを試着させてみたら、普通にサンハーヤも喜んでいた。なんだ、全然問題ないじゃないか。
「いいですよー! 本当にいいですよー!」
「だよな。メイド服とはちゃんと違ったかわいさが出てるだろ」
「レトさん、ここで一枚、ちょっと脱いでみましょーか?」
「なんでだよ!」
脱いでいいわけないだろ!
「やだなー、冗談ですよ、九割冗談です」
「なんで一割がマジなんだよ。あと、サンハーヤも新しい服買うか? それぐらいのお金は入ったし」
銀貨一枚や二枚で服は購入できる。貧乏人にはきつい額だが、これでもマシになったらしい。百年も前だと服はいちいち自分の寸法をはかって仕立ててもらうものだったそうだ。
当然、高額で銀貨十枚かかっても不思議じゃなかったとか。貧乏人は服を修理して長く使ったり、古着屋をまわったりしたって話だ。
「私はまだいいですよ。もっとお金貯めないといけないものがありますし」
「ん? いったいなんだ?」
それだけお金がかかる望みのものがあるなんて、多分サンハーヤの口から聞いたことがない。
「お店です」
「お店はすでにあるだろ。それとも独立して何かやりたいのか? ああ、『苦汁』専門店でもオープンさせるのか」
「違います! 『苦汁』は今回は関係ないです!」
いつも、『苦汁』で押してるくせに、なんか理不尽だ……。
「ほら、今の『オルフェ食堂』ってまだテント張ってるだけじゃないですか。仮設ですよね。できればしっかりとこぎれいな建物作りたいな~と」
「ああ、そういうことか」
たしかにテントで間に合わせてるだけだからな。
「しかし、店を建設するとなると、ものすごい額の金がかかるからな……」
「わかってます。なので夢なんですよ。私たちの稼ぎでも一朝一夕ってわけにはいきませんからね」
そんな話をしているところに、服の会計を済ませたレトがやってきた。
「レト、この服はそのまま着て帰る」
「そうだな。新しい服は着て歩きたいよな」
レトも以前よりは表情豊かになってきた気がする。大変いいことだ。
町を歩きながら、俺は店を建てることについて考えていた。
飲食店というのは、とにかくスタート時にかかるコストが大きいと聞く。
まず、食器やら調理道具やらを揃えないといけない。次に、店をやるなら、そのための改装費なんかもバカにならない。
そして、とくにデカいのが場所代だ。
上手く自分の家が通行の多いところに建っていて、家を改装するだけですむならいいのだけど、そうでなければたいていの場合、いい物件を借りることになる。
もちろん家賃より収入が少なければやっていけないので店を畳むしかなくなる。
家賃だけクリアしてもダメで、食材費やら光熱費やら人件費やらを全部足しても利益のほうが上にならなきゃ維持できない。
これ、はっきり言って想像以上にハードルが高い。だいたいお金をできるだけかけずにやろうとしても、飲食店は普通、銀貨三百枚は必要だと聞く。
無論、飲食店をできるだけの調理技術を身につけるためのコストは別だ。店を開いても、クソ不味いものしか作れないなら、どうしようもない。
しかも、そのうえで飲食店業界は極めて長く続けるのが難しいと言われている。
三年で半分以上はつぶれて、五年続くのは一割だけだとか。
そんな中で銀貨三百枚使ってチャレンジしろというのは、なかなか業の深い話である。むしろ、九割が五年続けられないのに、日々新たな飲食店ができてることに驚きだ。
世の中には勇気ある奴がたくさんいるのか、無謀な奴が多いだけなのか。
「お店が買えないまでも、借りるという手もありますよね」
サンハーヤには俺が何を考えているか、すぐにわかったらしい。
「それも考えはした。けど、ダンジョンの真ん前に立派な物件なんてないしな。そもそも住居がほとんどない」
ダンジョンからモンスターが出てくることは基本的にほとんどないが(だから、『オルフェ食堂』もやれている)、それでもまったくのゼロじゃない。住むには物騒である。
「いっそ、大通りにある物件借りてそっちに移りますか?」
「それでも店はできるんだけど、どうせだからダンジョンの前にこだわりたいんだよな。甘っちょろいかもしれないけど、俺、もともと冒険者志望だったから……」
あくまでも冒険者のための店でありたいし、店を長くやるためにもそれがいいという気がしていた。
なにせ、ダンジョン前には競合するライバル店がない。
そしてダンジョンも一年や二年で流行りが終わって、冒険者が寄り付かなくなるものでもない。常に冒険者は再生産されて、王都付近の洞窟を拠点にする。つまり、一定数のお客さんは常に見込めるのだ。
なので、ダンジョンの近くで利益が出せるなら、そこから動くメリットはそこまでない。
「そういえば、このあたりに有名な建築家が住んでるはず」
レトがぼそりと言った。
「へんくつドワーフとしても有名。レトがメイドしてた主人も、家を建ててくれと頼んで、『お前なんかには作らん』と断られてた」
「なるほどな。本当に建てたいものしか建てないのか。職人気質だな」
「職人気質というか、美食家」
え、美食家?
妙な言葉が出てきたぞ。
「その舌を満足させないと建てないんだって」
レトの話はもう少し続く。
「おいしいものを食べないとインスピレーションが浮かばないからいい建築を作れないって。芸術家肌らしい」
ちょんちょんとサンハーヤが俺の肩をつつく。
「オルフェさん、これ、もしかしていけるんじゃないですか?」
「俺もそう考えはした。けど、なんていうか、俺の召喚してる料理って、全部飛び道具系だろ。美食家が納得する料理とは違うと思うんだよな……」
どういうことかというと――
美食家というのは、山海の珍味を贅沢に使ったフルコースとか、そういう豪華な料理を好むと思うのだ。
牛丼をむしゃむしゃがっついて、豚汁で口の中のごはんつぶを胃に流し込むなんて食事はジャンルが違うんじゃないか。
それは生きるために食ってるだけであって、楽しむために食ってるのとは違う、そんなことを美食家なら言いそうだ。
「いえいえ、美食家といえども、いろんな人がいますよ。当たって砕けろの精神は必要ですって!」
「それはわからなくもないけどな……。ちなみにその美食家の建築家はどこに住んでるんだ?」
「家も有名。目立つから」
レトが小さな指で道の奥を指し示した。
家の両側から角が二本生えていた。
今回からちょっと新展開入ります。美食家にB級グルめ的なものは通じるのか……? 次回に続きます!