14 生きる意味を教えてくれる牛丼
「いいよ。でも、期待はしてない」
そっけない返事だ。けど、何かに期待できるほど幸せな生き方をこの子はしてないからしょうがない。
「それと、レトは貧しい食事ばかり食べてきたから。高級な料理を食べてもおいしいと思う舌はないよ」
なるほどな。美食家が食べてるものを庶民がいきなり食べても、味のよさはわからないかもしれない。
小声でサンハーヤが言ってきた。
「あんな啖呵切って大丈夫だったんですか? 相当、達成目標高いですよ……?」
「おなかいっぱい食べられて、幸せになれるものだろ。実は二日前にサンハーヤが寝てる時に練習して出したやつがあるんだ」
「えっ! そんなの聞いてないですよ!」
だって、起こすのも悪かったから、しょうがないだろ。
「いかにも庶民的で、そして、がっつきたくなる。というかがっつくしかない料理がある」
あの狭い長屋に戻ると、まず、サンハーヤとレトに着替えてもらった。その間、俺は外で待っている。部屋がほかにないからな。
レトにはサンハーヤの服を着てもらったが、サイズがあってないので、だぼだぼだった。まあ、ぬれたメイド服よりはマシだろう……。
「この部屋、まともな台所もない。料理を作るなど不可能。お店に行くの?」
部屋を見回して、もっともなことをレトは言う。
「いいや、違う。実は俺には特殊な魔法が使えるんだ。さあ、よく見とけよ」
俺は早速詠唱を行う。
「ホラド・ヘラギュー・ドンノーラフェレス・ライクルスス!」
出てきたのは、深い鉢に入った料理だ。上にはぱさついた牛肉が乗っている。
「何ですか、これは……?」
「名前は牛丼だ!」
=====
ご注文の品をお送りいたします。
料理名:牛丼
シンプルにして最高。米の上に味のついた薄い牛肉を載せたもの。ちなみに、この飴色の玉ねぎもいい名脇役です。あえて、紅ショウガは最初から載っているスタイルにしてみました。今回はツユはそこまで多くないタイプのものです。
=====
説明は前に出した時に読んだのでわかっている。
どうやら前回とほぼまったく同じものが出てきたらしい。
レトは不思議そうにそう深い鉢の周囲をぐるぐる回っている。
「ちっとも見たことない料理。色合いは悪い」
「だな。全体的に茶色いし、紅ショウガってものがやけに赤くて毒々しいし。でも、おいしいから一度チャレンジしてみてくれ。箸で食べるものらしいけど、使いづらいだろうし、スプーンでいいだろ」
俺はスプーンをレトに渡す。
「がつがつ食え」
恐る恐るレトはスプーンを取って、さらに恐る恐る米と肉をスプーンに載せた。
「これは、米?」
「そうだ、地方によってはリゾットにしたりして食べてるよな」
主に南のほうでは、この米というものを食べる地域もある。
「う~ん。どうもおいしそうに見えませんけどね……。だいたい、王都のあたりでは米を食べる習慣ってそんなにないですし。肉が載っているのはうれしくはありますけど」
「じゃあ、サンハーヤの分も出すから食べてみろよ。むしろ、毒見役がいたほうがレトも食べやすいか」
もう一度召喚魔法を唱えて、牛丼をサンハーヤのほうに差し出す。
「さあ、食べてみろ。そして、がっつけ!」
「はいはい。言っておきますが、ダメな時はダメって正直に言いますよ。私、そんなにお米って食べ慣れてないですし」
「フリはいいからもう食えよ!」
半信半疑でサンハーヤがスプーンを口に入れる。
そして、しばらく噛んだあと、次の一口。
また、一口。
またまた、一口。
スプーンが明らかに加速している。
「おい、ちゃんと感想言ってくれよ! ノーコメントは反則だぞ!」
「だって、だって、これはうまいって言う時間がもったいないんですよ! ひたすら寡黙になって食べ続けたいんですよ! 感想を長々しく言うようなものとは違うんです!」
ごはんつぶをほっぺたにつけながらサンハーヤが主張する。
「別に一つ一つの要素はそこまで高級じゃないはずなんです。大衆的なんです。なのに、すごく贅沢な気持ちになれるんです! これを食べてる時、私は生きてるんだってことが実感できるんです!」
その言葉に俺も首肯していた。
「そうだろ、そうだろ。なんというか、若き血潮がたぎってくるっていうか、気力がみなぎるっていうか、とにかくそういうパワーがこの牛丼にはあるんだよ!」
そのサンハーヤのヤラセくさい喜び方(もちろん、一切の仕込みなし)に触発されて、レトもついに一口食べる。
数瞬の後、レトの目の色が変わる。
「おいしいっ!」
そこから先は、鉢を空っぽにするまでノンストップだ。
これはゆっくり食べるものじゃない。ひたすら口から胃袋に送り込んで、体に俺はまだまだやるぞとアピールするための料理なのだ。
おそらく三分程度だろう。それで、レトは食べ終わっていた。
「よかった……おいしかった……ごちそうさま……」
とても満足したという空気が、言葉の後も、わずかに開いてる口から伝わってくる。満面の笑みになるような表情が大きく変わる子じゃないけど、それでもわかる。
「あっ、ごはんつぶがついてますよ」
ほっぺたについてるごはんつぶをサンハーヤがとってあげた。
お行儀が悪いとは思わない。むしろ、行儀など気にせず喰らうべき料理なのだ。
「しかしな、この牛丼をさらに満足させる裏ワザがある」
俺はさらに言い慣れた召喚魔法を唱える。
それこそ、豚汁!
「レト、ぜひともこの豚汁を飲んでくれ! とくに牛丼の後に!」
今度は迷わずにレトはスプーンを豚汁に突っこんだ。
そして、またがつがつがつがつ食べはじめる。
「よくわからないけど、すごく合う!」
「だろ? 俺もよくわからないけど、この二つが絶妙にマッチしてるんだ! 完全なるコンビネーション!」
もしかすると、これの召喚元の世界でも一緒に食べてたんじゃないか? いや、まさか、そんな偶然はないか。
数分後、食べ終えたレトは部屋に横になっていた。おなかもぱんぱんになっているらしく、少しさすっている。
「満足しただろ?」
レトはこくこくと横になったままで首を動かす。
「食べることって、こんなに楽しいことだった。レト、はじめて知った」
そうなんだよ。おいしいものを食べることって、それだけで生きる理由になるんだよ。
「オルフェさん、今こそ!」
ああ、わかってるよ、サンハーヤ。
「なあ、俺たちの店、手伝ってくれないかな、レト」
このままさようならと言うつもりはなかった。
なにせ、本当に人手不足なんだからな。
「もちろんお金たまってきたら、辞めてほかの町に行ったりしてもらってもいい。あくまで雇用契約だ。情とか義理とかは抜きで考えてくれていい」
レトはじっと俺の目を見て、それから、言った。
「お願い」
次回、三人で食堂始めます!