13 行き場のないメイド
日間2位ありがとうございます! 今回の更新は14話とたてつづけにやります。
幸い、ここ数日は雨が強く降ってたわけでもないので、たいした増水もなく、川に落ちた二人は無事に岸のほうにやってきた。厳密に言うと、サンハーヤが落としたとも言うが……。
「うぅ……寒い……」
猫耳メイド少女は当然ながら凍えていた。
「ごめんなさい……。勢い余って、こんなことに……」
サンハーヤもずぶぬれになって反省していた。
「あの、メイドさん、ご迷惑おかけしました。着替えの服は買いますから……」
俺も家長として、頭を下げる。
けど、少女はうつむいて、俺と目を合わせようとしない。
「いい……。だって死ぬつもりだったし……」
やっぱり! 自殺を考えてたのは本当だったんだ! じゃあ、サンハーヤは本当に人助けしたんだな。
「あのさ……おせっかいなのは承知だけど、理由を聞かせてくれないかな……」
乗りかかった舟だ。目の前で死のうとしていた人を見て、じゃあ死ねと言うわけにはいかない。
「それで気がすむなら……いいよ」
俺の様子をうかがうようにわずかに上目づかいになって、彼女は言った。
「名前は、レト……。一週間前までメイドだった」
一週間前という言葉が引っかかった。
「俺の名前はオルフェ」
「ダークエルフでオルフェさんと同棲してる、は、は……はくしゅんっ!」
川に落ちた影響が出てるな……。
「オルフェとハクシュン。ダークエルフのほうは変な名前」
違う。それは名前じゃない!
●
帰宅する間、俺はレトから話を聞き出した。
「ねえ、一週間前までメイドだったってどういうことかな?」
もうかかわってしまったのだ。今更遠慮してもしょうがない。
「……クビになった」
ぼそぼそと小さな声でレトは言った。
それから、レトは身の上話をゆっくりと語りはじめた。
彼女の親は二人とも、冒険者だったという。母親は普通の人間で、父親は猫の獣人だったらしい。
そういうケースは冒険者の間だと、そんなに珍しくはない。世間的には獣人を下に見る奴もまったくないというわけじゃないが、冒険者は人の姿をしてる種族はそんなに差別しない。冒険者自体が一種のはみ出し者だからだ。
しかし、彼女の両親はダンジョン攻略中に二人とも戦死してしまったという。
幼い彼女は途端に庇護してくれる者がなくなり、大商人の家で使用人をすることになった。
これも悲しい現実だ。最近は親の許可を得て冒険者になる者もいるけど、一昔前はまだまだ理解を得るのが難しかったり、地元にいられなくなったりした者が冒険者になるケースもあった。
そういった場合だと、親族間で残された子が保護をされないということもある。
冒険者には気ままな商売という部分もあるけど、逆に言えば、生活の保障というものもほとんどない。一度ひどい状態に投げ出されたら悲惨なことになる。
大商人の屋敷でレトは使用人として働いたが――
「レトは……そそっかしいところがあって……高価な舶来品の乳白色の壺を割った……。一生働いても返せない額だからって、手切れ金を渡されて追い出された」
聞きながら、多分、王都で毎日のようにこんなことが起きているんだろうと思った。
王都で市民の戸籍を持っている者はおおかた十五万人と言われている。王都だけあって大都市と言っていい。
でも、実際の人口は一説には二十万人はいるという話もある。
戸籍のない人間がかなりいるのだ。
一つは各地からやってくる流民や出稼ぎの人間、冒険者。
それとレトみたいに使用人身分になってしまっている人。彼らには市民としての地位はない。
僕はというと、親がお金を払ってくれて、王都に来た時に戸籍を王都のものに変更した。大人になってからも王都で働くつもりだったというのもある。
「壺を割ったの、それ、本当にレトちゃんの責任なんですかね? 値段も怪しいところです」
サンハーヤが疑惑の表情になる。
「どういうこと……?」
「今、王国の法だと、理由のない使用人の解雇は禁じられているんです。もっとも、一方的に解雇されても、使用人は立場が弱いからそうそう訴えたりはできないんですが。それで、よく使われるのが何かを壊したから追い出すという手です」
「お前、詳しいな……」
「だって、行商人も社会の底辺に近いですからね。シンパシーというか、そういうのもあってけっこうそういうのは知ってますよ」
真相は闇の中だけど、レトが悲しげな顔になったのはわかった。
「手切れ金で王都の宿に泊まって、働き口を探したけど、見つからなかった……。身寄りのない人間は怖いからダメだって」
たしかに何者かわからない人間を雇うことには多少のリスクがある。
「それでお金が尽きて、飛び降りようとしたんだね?」
レトがうなずいた。さっきからまったくレトは笑っていない。
サンハーヤがちょいちょいと俺を肘で小突いた。
その顔を見れば、何を言いたいのかはすぐにわかった。
わかってる。俺もそれを言い出すつもりでいた。
「あのさ、レト。俺たちは飲食店を経営してるんだ。それで人手が足りなくて困ってる。よかったら、俺たちのところで――」
「ありがと」
俺の言葉をさえぎってレトが言った。
よかった。これでレトも俺たちのほうも救われて一石二鳥だ。
「でも、いい」
そこで首を振るレト。
「ど、どうして……?」
「だって、十五年生きてきたけど楽しいこと、何もなかったし。毎日ぼろ雑巾みたいに働いて、冷めた豆のスープだし」
そして、またすべてを諦めたようなため息を吐く。十五歳の少女のため息じゃない。
ため息のあとに「くぅぅぅ~」というおなかの音がした。
おそらく、この子は人生で飽食という体験をほとんどしてない。体も棒切れみたいにやせ衰えている。
「生きている意味、レトに全然ない」
ここで、そんなことないぞとか説教しても絶対に心に響かないのはわかっていた。
そんな言葉だけでどうにかなったら、彼女はここまで絶望したりしていない。
だから、形で示さないといけない。
冒険者に必要なのは弁舌じゃなくて、もっと具体的な力だ。俺は冒険者というか、飲食店経営者だけど……それでも冒険者に憧れて生きてきたんだ。その生き方を見せてやる。
「わかった。じゃあさ、生きたいと思えるぐらい、おいしいもの用意してやるよ。思わずがつがつむさぼるように食べちゃう料理を!」
こつこつメニューの数は増やしてるんだ。食堂に出してないやつだって何種類かある。
「それを味わってもう一度考えてくれ」
すぐに14話更新します。よろしくお願いします!