どうやら田中君の持ち物が擬人化した模様です。
気付けば、フトンは白い空間に居た。
何処までも繋がっているその空間に、戸惑いながら、周りを見回す。すると、さほど遠くはないだろう場所に人らしき者が見えたので、其処まで歩く事にした。
フトンの最後の記憶は、寝ている田中君を炎から守ろうとして、そしたら田中君のご両親が田中君を起こしに来て、あぁ良かった田中君は助かったんだと安心した所で終わっていた。きっとその後自分は炎に焼かれてしまったのだろう。身を焼かれる炎の感覚が残っている感じがした。
大好きな田中君と離れるのは辛いけれど、田中くんが助かったなら自分が無くなった甲斐もあるだろう。そう思うことにした。
とぼとぼと考えている間に人影に随分近付いたようで、顔が判別できるくらいには見えてきた。どうやら彼等も私に気付き、手招きをしているのが分かったので、彼等へと走り寄った。
「僕等で全員だと思って、歩き回ってしまっていたよ。ごめんね。」
四人の中の一人の黒髪の男の人が、申し訳なさそうな顔でフトンに謝る。良く分からないけれど、謎の親近感を感じてまじまじと男性の顔を見つめた。何故だかずっと一緒に居たような、そんな気がしたのだ。
男性は、フトンの視線に耐えきれず苦笑をこぼした。
「色々話したいこともあるだろうけどね。今もその途中だったんだけれども、先に自己紹介した方が良さそうだね。僕はマクラ、田中君のマクラだよ。」
「どうりで、会ったような気がしたわ。」
「その言い方だと多分君は、フトンかな?田中君は一度も買い換えなかったし、しかも、洗うのも少なかったしね。」
そう言ったマクラの目が淀んでいた気がするけれど、フトンは気にせず、マクラの周りの三人を見つめた。
「じゃあ、この人達も田中君の……?」
「そうだよ。この部屋は近い時刻、近い場所で亡くなったものが来る部屋なんだ。」
人間でいう天国とか地獄とか、そういう所なのだろうと納得する。でも、どうしてこの人はそんな事まで知っているのだろう?
フトンが首を傾げると、分かってましたとでも言うようにマクラが話し始めた。
「僕は何回も転生しているんだ。最後は必ずどの生き物も必ずこの部屋に行き着く。此処に来る事は、此処に居る時だけしか思い出せないようになってるんだよね。あとここにいる時の姿は必ず人間になる。こればかりはどうしてなのかは分からないが、多分魂が人間の形なんだと思う。」
「でも、私達、物じゃない?魂なんて無いんじゃないの?」
「多分、僕の憶測だけど、強い思念が宿ったりして物に魂が生まれるんだと思うよ。そうして魂が生まれたら、僕達は物だけでなく人間に生まれ変わったりできるんだ。1回だけだけど、僕も人間に生まれたことあるんだ。」
またしてもマクラの目が淀んでいる、心做しかオーラも淀んでいる気がした。フトンはそっと二歩下がる。
すると、女性のような男性が待ってましたと指パッチンすると、周りの真っ白の空間が変わり、どこかのバーらしき景色に変わる。もちろん、フトンは見たことがないため驚いて目を見開いた。
「じゃあ全員揃ったことだしぃ、自己紹介も兼ねてぱぁっとやりましょ〜!」
「ぱぁっと?」
首を傾げながら、皆それぞれ椅子に座り始めたのでフトンもそれを真似て座った。
「此処はどうやら僕達の知ってる範囲の場所なら、背景に出来るらしくて。もちろん、その他色々出来るんだけど。この機能は多分次の転生までの暇つぶしってとこかな。」
右隣に座ったマクラがそう言うと置いてあった水を飲んだので、フトンも真似して飲む。フトンは布団だったため、もちろん水を飲んだことがなかったのだが、その感覚はどこか知っている気がした。
……そうか、田中君が私にオレンジジュースを零した時と似てるんだ。
「そうよぉ〜!此処はアタシが何回か前の転生でやってたお店なのよぉ。」
「お店?」
「物を売ったりする場所よぉ!アタシはお酒売ってたのよねぇ、あとアタシの美貌?」
パチンとウインクしながら、女性のような男性は私の左隣に座った。
右から何やら南極大陸のような存在を感じたが、知らん振りをした。
「……じゃあ、暇つぶしに自己紹介でもしましょう。さっきも言ったけど、僕は田中君のマクラ。田中君の思念によって生まれたわけじゃないが、田中君、いや田中には返しきれないほどの怨があってね……。」
何やらまたマクラの目が澱んでいる。
どうやら次はフトンの番らしい、右側でフフフと不気味な笑みを零すマクラにどん引きながら、慌てて笑顔を作った。
「私は、フトン?田中君のフトンでした。多分、この部屋初めてだから、田中君の思いから生まれた、のかな?」
田中君から生まれた、なんだかそう言葉にすると少し気恥ずかしくて、フトンは照れた。
「あらやだ、田中君に恋してたわけぇ!?アタシの敵じゃなぁいのよ!ちなみにアタシは田中君のパ・ン・ツよ!きゃ、恥ずかしい!」
「なんて最悪なんだ!」
「なんて羨ましいの!」
マクラは絶望的な顔をして布団を見つめてくる。
ありえないだろそんなこと喜ぶなんて頭湧いてんじゃないのか、と思ってるのが伝わってくるよう、いや、フトンには切実に伝わってきた。
田中君のパンツになれるなんて、なんて最高なことなのか分からないのだろうか。あぁでも、ほかのパンツを履かれている間は最悪ね。それにいつかは捨てられてしまうものだし、やっぱりフトンでよかったかもしれない。
そう思い直して、フトンで良かったわと呟いた。右隣から感じる圧力に呟かければゴミを見る目で見られそうだったので。
「田中君のパンツは最高だったわ……。少しちっちゃかったけど、アタシ掘るのが専門だし、何よりちょっとした事で元気になっちゃうのよね、彼。アタシがいつもそれを包んであげてたのよ……!もちろんほかの女へ行ってる時は身が悶えるような嫉妬をしたけれどね。」
ふぅ、と息をついた彼女はパチンとまたしても指を鳴らしたと同時に目の前に綺麗な色の飲み物が出てきた。
「スクリュードライバー、恋のお酒よ……。」
大人の女性のように微笑んだパンツに、思わず姐さんと呼びたくなった。が、隣から漂うゾンビのような気配に押しとどまった。
これがお酒かと、恐る恐る口につけてみれば、意外と美味しい。苦いものだと思っていたけれど、ちょっと濃いジュースのような味だった。
ちびちびとお酒を飲んでいると、パンツの隣に座った短髪の男性が元気よく話し始めた。
「……次は僕だね!僕は田中君の部屋のカーペットだよ!何回も転生したことあるけど、カーペットに生まれ変わったのは最高だったね!何度も何度も踏まれるんだ!田中君の汗臭い足の香り、力強く踏みつけられる度、はぁはぁはぁはぁ……思い出し興奮してきた……ジュルり。」
「信じられない!なんなんだ君たちは!ゴミか!」
「あらやだ、アタシその気持ちすっごく分かるわぁ~!貴方とは気が合いそうねぇん、ウフフ。」
「ありえないありえないありえないありえないありえない……!」
マクラが頭を抱えてブツブツと呟き始める。
こっそり田中君に踏みつけられるのもいいなと思ってしまったが、隣からまるで牛乳パックを放置して出来たカビを見るような視線を感じたので、言葉にするのはやめた。
あともう1人いたはず、と思い一番左を見れば、すごく縮こまってる女の人が見えた。フトンと目が合うと、小さく悲鳴を上げてテーブルの下へ隠れてしまった。
「わ、わ、わ、わたし、わた、わたし、たな、た、た、田中君の、ぼ、ぼぼぼぼ、ぼ、望遠鏡だったの………。ま、ま、毎日、ま、毎日、の、のぞ、覗かれて、わ、わたし……恥ずかしぃいいいいいいいいいいいいい!!!!」
「なんて奴なんだ田中……!!」
「田中君怖い田中君怖い田中君怖い田中君怖い…!!」
思わず羨ましいと言いかけて、隣から親の敵を見るような視線を感じ、辛うじて口を閉じた。
それにしても羨ましい。田中君に毎日見つめられるなんて最高じゃないか。でも一体田中君は何を見つめていたんだろうか。
フトンは首をかしげて、マクラを見れば、すごい勢いでお酒を飲んでいた。ドン引きした。
どうやらここのお酒は飲んでも無くならない仕様らしく、お酒が出てくる度に一気に飲み込んでいる。顔もありえないくらい真っ赤だ。
「僕が生まれたのは、綺麗好きな女性の鏡だっら。」
もはや口も回らなくなっているらしい。しかも、これ長くなるやつだ。でも聞かないとゾンビのように腐りそうなので、フトンはうんうんと頷いてやる。
「毎日拭いてくれれ、毎日僕を見れくれら。れも、新しい可愛い鏡がきれ、僕は埃まみれの倉庫にしまわれら。僕の上に5センチくらい埃がたもっれ、暗くれ、臭くれ、汚くれ、それから僕は、ダメなんらよ、汚いものろか……。なのに、なのに、田中ぁ!!アイツ、僕が枕カバーになっれも、洗わねーろか、きっらねーんだよぉ!!」
「そうだね、辛かったね、よしよし。」
「田中ぁ田中ぁ……!!」
そんなことはミジンコ程も思ってないが、しくしくうじうじ泣き始めてしまったので、仕方なく背中を撫でてやった。
むしろ羨ましいくらいだとフトンは思いながら、ため息をついた。
「……そうね、アタシも辛い事あったわ。田中君のパンツだったけれど、もうココ最近はずっとあたしの所に来てくれてなかったのよ。」
「え、そんな……!!」
フトンとマクラの様子を見ていたパンツは、ポツリと悲しげな表情で呟いた。なんて辛い事なんだろうか、同じ人に恋する女性同士、気持ちがわかる。
「あの人は気まぐれな人だったの、よ。洋服棚の中で、いつも他の女が選ばれるのを見るのは、本当に辛かったわ……。」
「パンツさん……。」
「ありえない!ありえないだろ!ゴミかぐふぇっ…!」
また騒ぎ始めたマクラを肘打ちで黙らせた。パンツが辛そうで、その気持ちがわかるフトンとしては、マクラの言葉で傷つけさせたくなかったのだ。
肋骨の方からごキィと音がしたが、気にしないことにした。もう既に死んでいるので、永眠することは無いだろう。フトンは永眠を望んでやったことだが。
「わかってる、叶わない恋だってこと。でも、この恋する気持ちはアタシだけのもの。他の女が本能的に男を求めるように、アタシも田中君を求めただけ。ただそれだけなのよ……。」
「パンツさん……。」
寂しげな顔で微笑んだ女は、パチリと指を鳴らし、酒の色を変えた。
「カンパリビア、失恋のお酒よ……。」
ゴクリと飲めば、まるで失恋の痛みのようにピリっとした感覚そしてあとからくる甘い余韻が何とも言えなかった。
「だぁあ!!近寄るなぁ!わたしに近寄るなぁ男ぉ!!気色悪いんだよぉ!!!!」
「でゅふ、でゅふふ、なんか君いいね。なんか僕ずっと攻められる方が気持ちいいと思ってたけど、君といると新しい僕になれそうだよ、でゅふ……。」
「いやぁああああああああ!!!!」
カーペットと望遠鏡もどうやら仲良くなれたらしい、と思ったフトンはどうやらお酒を地味に飲んでいて出来上がっているらしい。
突然、テーブルに突っ伏して泣き始めた。
「私は生まれた時から田中くんのことが好きだったのよ、それなのに、それなのに、なんでポッと出の女と田中君の情事を見せられなきゃ行けないのよぉおお。うぇえええん!!!!」
「そう、貴女も辛かったのねぇ……。」
「最悪よ、何でなのよ、挙句に女の血がついた私を切り取って、後生大事に財布に入れてるのよ!何よ!切りとられた私の気持ちなんてなんも知らないんだわ!」
鼻水やら涙やらで汚くなった自分の顔を、女性の胸とはかけ離れたパンツの胸に押し付けた。
「……でもそれでも好きだったんだわ、私、田中君のこと。」
「分かるわ、私も好きだったもの。アタシ、女って基本嫌いだけど、アンタの事は好きになれそうだわ。……あら、時間だわ。」
その声に顔を上げたフトンは、パンツの体が光っているのが見えた。そして恐らく、自分も光っているのだろう。
先程から心地よい暖かな感覚がして、とてつもなく眠くなっている。きっと、これが転生するということなのだろう。
ぼんやりと穏やかな温もりに包まれながら、フトンはポツリと呟いた。
「……できれば次は人間で、恋してみたいわ……。」
そして五人は暖かな光につつまれーーーー。
* * *
「ケイイチー、何か無事な物あったー?」
少し離れた場所で母親が呼ぶのが聞こえたケイイチは、自分の部屋があったらしき場所を見つめ、大声で返した。
「何もないよ!!」
隣の家のタバコの不始末で燃えてしまった我が家は、真っ黒に燃え尽きてしまった。それでも、家族全員の命があっただけ良い。幸い、母方の祖父母と一緒に住んでいた家のため、ローンもなく、次の家を建てるお金とそれまでのマンション等のお金は何割か隣の家が負担してくれるらしい。
もちろん怒りも大きいが、何よりケイイチは悲しかった。何年も過ごした自分の家がなくなるのは、なんという喪失感なのだろうと思った。もうあの望遠鏡で、綺麗なお姉さんを覗き見ることも出来ない悲しさのが勝っていたが。
あまり長居するのは危険だと消防の人に言われ、仕方なく出て、家だった炭を見つめた。
不意にケイイチは合掌し、一言呟いた。
「ご苦労様でした!」