これからどうする?
電車の中から見る景色。
いつも通りの景色なのに、今日はくすんで見える。
初めてのデートから四年。
二年間の遠距離恋愛もどうにか乗り越えたはずだった。
四国に転勤した彼と、大阪や京都でデートしたこともあった。忙しすぎる彼と小学校の臨時教員をしている私。臨時なんだから行こうと思えば四国に行くことだってできない訳ではない。でも、行ったところで結婚となるかどうかはわからない。
なんとなく付き合ってきて結婚するんだろうなあという気持ちもわいてはいるが、彼も私も月に一度のデートぐらいでは確固たる自信は生まれないのかも。パソコンで電話してもやはり抱きしめてくれる実感がほしい。
そんな彼にまた転勤の話。今度こそ帰って来るかと思えば、福岡だって。
大阪や京都と違って、費用だって倍近くかかる。私も私立の小学校の教員に受かった。今更福岡には行けない。
「週末に東京へ行くから会おう」
「うん、待ってる」
声だって沈むわよ。
そして、昨日。
「福岡へ来ないか」
「私もやっと小学校の正教員になれたし、今は一生懸命仕事したいの」
「そっか」
あっさり引き下がる彼。そのままなんとなく盛り上がらないまま二カ月ぶりなのに食事だけして帰った。やっと来てくれと言われたのに、返事はノーと言ってしまった。
プロポーズに胸が震えると言う瞬間もなく、見事に冷めた二人の会話。
かといって豪華に演出されても答えは同じ気がする。私、やっと臨時から正教員になれたんだもん。今、その立場を捨てて福岡へ行く気はしなかった。
私のその気持ちを彼だって十分理解していた。それでも来てくれというには彼なりに考えてのことだっただろう。その思いを考えると夜も眠れなかった。一人の福岡は寒いだろうなあ。愛媛から福岡って彼は本社からどんどん離れていく。彼の支えになれない私。
思い出すのはノロウイルスにやられたときに、彼は休暇を取って看病してくれた。学級閉鎖になり、私も年休をもらって休む羽目に。子どもは休みでも教員は休みにならないのよね。勤めるまで知らなかった。夏休みも冬休みもあっていい仕事だと思っていた。
そして、彼がバイクで事故したときは、私も金曜日の夜に行って月曜に東京に帰って来る日もあった。そんな二人がこんなにスムーズに別れてしまうのか。
今日から新学期。担任は四年生となった。
二十二人のクラス。
「柳井さん、君のクラスに大阪から転入生だよ」
「はい、急ですね」
「ああ、よろしく頼むよ」
教頭から話を聞き、校長室に向かう。可愛い女の子。父親の転勤で来たそうだ。一人っ子の町田リン。
「よろしくね、柳井サラって言います。私のクラスに入るのよ」
「はい、町田リンです。よろしくお願いします」
これは賢そうな子だ。はきはきして人をまっすぐ見る黒い瞳。長い髪をおさげにしている。今時おさげにしている子は初めてだ。母親はにこにことその様子を見ていた。安心しているようだ。
初日から子どもたちは転校生に興味津々。すぐにリンの周りはにぎやかになった。新しい先生に新しい友だち。嬉しい反応だ。
廊下から見ていた校長先生は若い先生は人気があるなあと言ってくれた。
子どもたちが喜びながら帰ると、明日からの準備に入る。
子どもが帰った教室は急にがらんとして冷えてくる。四月というのに温度は十五度。ひざ掛けがほしい。彼は福岡に行っただろうか。あわただしさから解放されると彼の瞳を思い出す。私って自分本位だとつくづく思う。
あっという間に毎日が過ぎて行く。五月には運動会、六月には研究授業、七月はもう一学期終了。子どもたちは環境の違いがそれぞれ問題を抱えていた。夜の仕事のシングルマザーの子どもは長い夜を独りで過ごす。さらに裕福だった家の子は、父親が倒産すると悲惨だ。借金を抱えてアルコールやパチンコにのめりこんでいくこともある。さらに借金が増えるのに。こうして私立の小学校から去っていく。誰にも告げずに。さよなら会すらできずにひっそりと。
そして、夏も過ぎ、秋の音楽会、研究発表会などもどうにかこなしていくと、二学期も終わる十二月となった。もちろん彼から連絡はなく私は仕事に没頭。でもいつも頭の片隅に彼のことを考える部分はあった。
街はクリスマスのイルミネーションが輝いていた。部屋は寒くて真っ暗。おでんを作り置きしているからそれを温めて食べる。ケーキはない。
クリスマスも一人かと呟いていたら、聞いたことのある彼からの着信音。
「元気?」
「うん」
「今、付き合っている人いる?」
「ううん、いない。あなたは?」
「いない。会える?」
「うん」
ピンポーン。
宅配かしら。
開けると彼がいた。
「やあ」
「随分早いわね」
「ああ、もうね、限界」
「ン?」
彼は私をぐっと抱き寄せた。
「ふーっ、会いたかった!」
「私も!」
「結婚してくれ。離れていても」
「うん」
考えない二入は結婚します。
いつかは一緒に暮らせるわ。
今日は二人で聖夜を過ごすの。
明日きっと考えるから。