少女と飴玉
夕日により茜色に染まる公園で、少年が一人うつ伏せて泣いていた。石に躓いて転び、膝を擦りむいてしまったのだ。
周りには助けてくれる大人はおらず、同年代の子供が数人、遠巻きに眺めているだけである。
そんな中、一人の少女が少年の元へと近づいてきた。
「はい、これあげる」
しゃがみこむ少女が差し出した手のひらには、一粒の飴玉が乗っていた。
それを見た少年はまだ泣きやまぬまでも立ち上がり、少女から飴玉を受け取った。
「男の子はね、あんまり泣いてちゃカッコいい大人になれないんだよ」
それじゃあね、と言って少女はスカートを翻して走り去っていく。
残された少年は近くのベンチに座って、そっと飴玉を舐めた。
それから時は流れ、少年は大人になった。
少女の言葉は心の中で常に輝きを放っており、その言葉を胸に自らを奮い立たせてきた。やがて大学を卒業した少年は、ついに今年から社会人として働くことが決まっていた。
そして今、スーツに身を包んだ男は、かつての公園を訪れていた。
一部の遊具は撤去され、走り回る子供の数は減り、それでも子供の頃に比べて狭くなったように感じる公園を眺める。
何かを期待していたわけではない。ただ、男はけじめをつけたかったのだ。子供の頃の思い出は今日ここに置いていくつもりでいた。
あちこち塗装が剥げた思い出のベンチに腰掛け、すっかり変わってしまった景色を眺めながら思いを馳せる。
すると、男の前で一人の少女が転ぶのが目に写った。
「大丈夫か?」
「うん!」
すぐさま少女を助け起こした男は、その目を疑うことになる。
それは、服装こそ違うものの、あの時の少女と瓜二つだったのである。
少女は泣いてはおらず、困惑する男の脇をすり抜けると「ママ!」と叫んで走っていった。
男が早る鼓動を抑えながら少女の行方を追うと、その先には一人の女性の姿があった。
――間違いない、彼女だ。
確信した。十年以上の月日が流れても、その表情にはあの日の面影が残っていたのだ。
だが、女性は男と目を合わせたかと思うと、そのまま形式的な礼をしてすぐさま視線を少女に戻してしまった。
彼女は覚えていなかったのである。
男は僅かに落胆したが、それでも想像していたより遥かに気が楽であることに気がついた。
そして、これでやっと前に進むことができるのだと、そう思ったのだった。
男が後ろを振り返りその場から立ち去ろうとした。ところが、何者かがスーツの裾を引っ張っている感触を感じて立ち止まった。
それは、さっきの少女だった。
「どうしたの?」
「あのね。これ、あげる!」
そう言って少女が差し出した手のひらには、一粒の飴玉が乗っていた。
「さっきはありがとう! お兄ちゃん、カッコいいよ!」
それだけ言うと少女は恥ずかしそうに走り去っていった。
「……また、思い出ができちゃったな」
男が笑いながら呟く。
その飴玉は、とても甘かった。