時の螺旋
赤い世界があった。空も、流れる雲も、夕暮れだ。地の果てから続く荒野も赤土で、遠景に見える山々も紅だった。赤い世界には、赤い池があった。混沌とした赤である。一つに特定する事は出来ない。くちなし、紅、朱、橙、苔桃、様々な赤が混ざっている。
周りを、数人の俯いた男が歩いていた。赤い風を絡めてなびく服は埴の色で、顔は赤い球だった。空虚なまま徘徊している。主の帰還を待っているのだ。
池は眠る美女のように穏やかである。赤い風が吹いても、そろりと揺れ動く程度だった。まるで、寝返りを打って微笑むようだ。刹那、大きな気泡がごぼりと一つ、湧き上がった。
沈黙していた池が目覚める。ざらざらと水面に波紋が広がる。無秩序の波紋が重なって、突如、池が沸騰する。ざらざらざら、と水面がさざめく。池の上へ霧に似た蒸気が起こり、見えなくなるほど真っ白になる。
男達は足をとどめ、奇妙な赤い頭を上げた。
血濡れた女の白い腕が池の中から生えていた。
透明な、病的ともいえる白い腕だ。桜貝のような爪が虚空を引っ掻いている。爪の先から、赤い水が腕を流れる。ぬらぬらと光りながら螺旋を描く。血の水は皮膚に吸い付いて、舐めるように滑った。ふ、と風が吹く。柔らかく細やかな腕が、ピクリと動いた。包み込むように、慈しむように、一本ずつ指が折りたたまれる。手首が蛇の鎌首のように曲がり、水の表面を滑った。音もなく、雨の滴の波紋が生まれる。桃の柔らかさを持つ腕の内側が、水面に吸い付く。水面に手の平をつけ、肩から上を空へ押し出した。水の中から、女が一人現れた。
紅のエナメルを履いた足が、水面に投げ出される。不安定に水が揺れる。果実の蜜のような水が腿の上を伝う。女は池の上へ座り込んだまま、空を見上げる。細いまつげに、金色の前髪が降りかかった。白い指で、耳へ向けてかき流す。右耳の上には真珠の髪飾りがかかる。紅を浴びて、鈍く光った。顔の造作は気位の高い女性のそれである。彼女は融けた林檎のような唇で、ぽそりと呟いた。赤い風が渦を巻く。赤い顔の男が一人、彼女の吐息に溶けて消えた。真紅の瞳がこうこうと光る。視界の端で影が閃く。彼女は薔薇の刺繍の肩掛けを整え、落ち着いて振り返った。
一人の男が立っていた。どこから来たのか、どこへ行くのか、忽然と姿を見せた。真紅は全く彼に気付いていなかった。いや、彼はつい数瞬の前までいなかった。女は首をかしげた。
彼はこの世界にない色を持っている。紺色を溶かした黒いスーツに、沈んだ青のネクタイ、銀に光るネクタイピンは十字の形だった。革靴はよく磨かれていて、ぴかぴかと光っている。いかにも礼儀正しそうな、整った顔だ。瞳の色は辰砂、掠れた色で真紅を見ていた。
彼は恭しく礼をする。そして、物語の幕をあげた。
「こんにちは、真紅様。あなたを、封印しに来ました」
ふざけているわけではない。青年は大真面目だ。真紅の笑みが酷薄に歪む。エナメルの靴で水面を踏んで立ち上がった。水が美しい円を刻む。
「馬鹿馬鹿しい。あなたは簡単に仰ったけれど、封印の意味はお分かりになって、」
真紅は二、三口の中で呟いて、水を蹴った。彼女の体が宙に浮く。風船のようにふわりふわりと上昇し、虚空で止まった。何もないところへ腰をかける動作をして、ふと息を吐く。青年はまた真面目に答えた。
「馬鹿ではありません。封印とは、対象の時を止める術です。その最中は全く動くこともできず、鼓動の一拍もありません。夢も見ません」
根本的に、問いかけの答えとして間違っている。真紅はエナメルの靴を脱ぎ捨てた。何もない空中に赤いソファが現れる。羽を含んだクッションと、薄い毛布がおいてある。彼女は下半身を横たえて座り、赤い毛布を引きかけた。脱ぎ捨てた靴はいつのまにか、ソファの陰で行儀よく並んでいた。
真紅は考える。
これまで幾度も封じられてきたが、例の封印術者の執行以外はなかった。ところが今回は、辰砂の瞳の青年が一人だ。硝子細工の繊細な指を持つ男の姿は見えない。凍れる時に浸かっていた真紅は蚊帳の外だが、一〇年の間に事態は緊迫の方へ転がったようだ。つまり、封印術者の大事を意味した。
「おじさまは亡くなったのね」
王国一の封印術者の消滅である。真紅は期待した。青年がいかなる力を持つかは知れないが、彼から逃げおおせればいい。それが叶わずとも選択肢がある。一つの結果を出すための道のりも、一つとは限らない。避けるべきは封印、その二文字だけだ。青年はぶるぶると首を振った。
「恐れ多くも真紅様。俺はその方に命ぜられて参上しました。あの方は今や、人堕ちしましたが、今も生きておられます」
関係ない。人となろうが死人と化そうが、彼女への封印はできなくなった。これは絶好の機会だ。かの切り札をなくした今、真紅の行く手を阻むものは王国から消滅した。しかし、真紅の口から出たのは、意外な言葉だった。
「生きておいでなのね。おじさまなら、今も優雅に暮らしなさっているでしょう」
青年が意外そうな顔をした。頬をつねっている。敵の安否を気遣うこともできない娘かと想像していたのか。心外である。
王国一の封印術者は父の弟である。忙しい父に代わり、幼少の頃はよく可愛がってもらっていた。以前贈られた薔薇の耳飾りは今も尚お気に入りである。閃きとセンスと先見の明にかけては誰よりも優れている、まさに憧れの人物だった。憎い相手であるが、亡くなってもよい人物ではない。惜しむらくは、封印術者としての技術だ。それがなければ、彼への思慕も変わりなかっただろう。
どうしようもなく、恨めしいのだ。真紅は唇を三日月の形に歪めた。真紅の運命を縛り付けて、赤い池に沈めたのは彼だ。封じるならば死を選ぶと彼女は論を返したが、彼は許さなかった。いかなる未来も取り上げたのである。まだ、封印だけならいい。未来を夢見ることもなく、ひとえに在り続けるだけだ。しかし、彼は一〇年で目覚めるような細工を施した。醒める眠りは、水と化す氷のように、真紅を逃れたはずの時の回廊へ連れ戻す。そして自由を感じた瞬間に、かの封印術者が真紅を閉じ込めるのだ。
絶望とは希望のないところで初めて生まれるものである。一〇年おきに巡り来る覚醒は、希望であり、つまり絶望のしょうへいを許さなかった。真紅にとって、その希望は馬の前に吊り下げた人参と同じで、悪夢のように彼女の前をちらつくのだった。
それも、もう終りだ。
「でも、おじさまはもう、私を封印することはできない」
毛布の中で足を組む。例の封印術者は今やいない。代わりに立ちはだかったのが辰砂の瞳の青年だ。凍った時は彼のことを教えてくれない。かの封印術者の後釜ならば実力は彼以下だろう。いや、逆かも分からぬ。彼について、全く何も知らないのだ。噂も聞いたことのない人を相手に、どう手を打てばいいというのか。彼は首を縦に振る。
「はい、あの方は封印の術を失いました。だから私が参ったのです」
あまりに素直な物言いに、真紅は瞳を鋭くさせた。罠の可能性を考えたが、それはないとすぐ判断がつく。罠だとしても、阿呆なくらい素直すぎる。つまり単純に駆け引きのできない性格なのだ。
彼に、封印の大役が務まるのか。逃れる身分ではあるが、辛苦は不安になった。推測だがこの平和な男だ、例の封印術者を上回る実力はないだろう。それを確かめるために、質問した。少しでも駆け引きの心があるのなら、否定などしない。
「あなたは、王国一の封印術者なのかしら」
あっさりと返ってきたのは否定である。
「いえ、違います。俺の上にはあの方を始め沢山の実力者がいらっしゃいます。何故真紅様の封印役に俺が選ばれたか、俺が聞きたいくらいです」
辰砂は首をかしげた。真紅は可哀想に思った。立派な捨て駒ではないか。毛布の中から足先を出し、エナメルの靴を引っ掛ける。高いかかとで、ことん、空気を踏んだ。水底の波紋のように風が揺らめく。風には仕掛けをしてある。青年以外の見えざる刺客があれば、感ずるようにした。ぶつかるものは、何もない。つまり辰砂は一人だ。真紅は眉をひそめた。おかしい。青年は捨て駒ではないのか。
「ならばあなたの封印を逃れれば、私は自由になれるのね」
地上には青年と共に空を見上げる人がいる。赤い頭の男達だ。紫陽花のような頭のどこが目で、口なのかは主の真紅もわからない。かの封印術者の、卓越しすぎた美的感覚だ。彼らは人の姿へ化身した彼女の力である。真紅は彼らの体を崩壊させ、自らの力へ還元した。
「そうなんです。そうなのですが」
辰砂は口ごもった。十字のネクタイピンをいじり、口を牛のように動かしている。そろそろと動く辰砂の目は、清流を行くいさなに似ていた。真紅は拳銃の形を指で作る。黒塗りの本物を想像した。本物といえど、以前目にした、コルク栓が飛び出るおもちゃのライフルだ。銃を形作る手の、平と甲を返し見て、毛布の中へ押し込んだ。青年はその動作に何の不振も感じていない。
「あの方は、真紅様の封印を永遠ではなく期限付きのものにしました。しかも一〇年、とても短すぎます。どうしてなのか、俺が由縁を尋ねたら、あの方は答えず、こう仰いました。永遠か、再び目覚めるようにするか、彼女に会えばわかる、君も選択しろ、と。今、俺はあなたに会っています。俺は、どうすればいいでしょうか」
「知るか」
真紅は吐き捨てた。その一言が合図だった。
真紅は毛布をはねとばした。黒い銃を青年に向ける。雷光の呪を唱え、辰砂へ撃つ。そして稲妻より速く赤い炎を呼び起こす。
雷光の一閃が走る。光は天地をつなぐ階段のように。辰砂は雷光の軌跡を捕らえ、とびすさる。指先をわずかにかすったか。
轟音。青白い煙が上る。
真紅は炎を銃へ籠め、辰砂へ向けた。引き金を引く。内に込めた炎はれいめいよりあかい。闇の底が真白になる。振り向く辰砂の顔を赤い陽が照らす。既に目前へ迫る炎に、なす術はない。手がただれ、服が炎を吐き出す。何かを紡ごうとする辰砂の口に業火が入り込んだ。目は内側から燃え上がり、銀のネクタイピンが融ける。辰砂は辰砂でなく。たちまち火達磨が一つできた。
「ああ、燃える。死んでしまう」
真紅は髪をかきあげる。吹く風が頬を叩く。感慨なく見下ろす。先には狂い踊る人影だ。命を糧に火を燃やしている。滑稽なダンスだと思った。舞台は何で彩ろうか。真紅は脚を組み替えた。潤う大地を想像する。青い空、白い雲、積雲の間でわななく七色の架け橋。遠景の高い峰からは、煌びやかな光を含む川が平野部へ流れ込む。岸辺には白い花。右肩の崩れた小屋が山の裾にあって、小屋よりも大きな白いシーツが、脇で翻る。洗濯物を干す女が、微動だにせず、こちらをじっと見つめている。女は、石だった。土の上を、緑が覆う。
いや、大地が潤うなら、緑が豊かになるのなら、咲く花はやはり赤がいい。
一時前に放った毛布が地におちた。端からぱらりとほどけ、赤い糸が変化する。棘を含む緑の蔓だ。始めはそろりと地面を侵食し、ついには狼のように走り全土を支配した。炎も緑に覆われる。見渡す世界は淋しい赤でなくなった。蔓は歯車のようにかたかたと揺れて、咲くべき蕾を抱いている。真紅は満足して空気を踏み鳴らした。
かたくなな体を示していた蕾が次々とつまびらく。四方一斉のほころびは、幾人もの囁きだった。花は美しい薔薇である。芳しい香り。紅が大地を埋め尽くした。遠くの山さえも咲き誇る紅だった。
美しい。美しくて、怖くなる。真紅はこめかみを強くもんだ。
ようやく実感が沸いてきた。
自分は何てことをしたのか。自己のために命を一つ奪ってしまったのだ。死なせずに逃げる道は幾らでもあった。封印さえなければいい。数多ある中で、亡き者にする道を選んだのだ。人を焼き、吐きそうな臭いをかぎ、振り散る火花を見て、絶叫を聞いた。生々しくよみがえる。命を一つ犠牲にさせても、望む自由だった。だが、辰砂はまだ若く、望んでいた未来もあっただろう。死など考えたろうか。
真紅は冥福を祈った。せめて美しい国へ渡って欲しいと願う。そよ風が彼女の頬を撫で、金色の髪をくすぐった。紅の薔薇が囁きを交わしている。眠りすごした蕾のいくつかが、目覚める音がする。水を含んだしなやかな蔓が、緩慢に伸びいずる。
コトリと、十字のネクタイピンが傾く音がした。
ぞくっとした。違和を感じ取った。何が起きたというのだ。いや、何が生まれたというのだ。分かりたいと思わない。汗が流れる。背後の気配の正体に、気付きたくない。真紅の呼吸が一瞬石となった。
「やはり、すぐ封印するべきでした」
声がした。誰が発したのか、どこから聞こえるのかは、分かっている。しかし、振り向けない。
背後の気配は、あの青年だ。
姿形は勿論、指先の気配さえ感じる。呼吸は一刻より遅い。真紅は震えた。どうなっているのか。頭の理解に感情が追いつかない。
あれは、完璧な生者の肉体だ。
体は燃えたはずだ。命を作り出すことは永遠の禁忌、死すべき身体の復活も不可能だ。はるか過去に蘇生を試みた術者達は非情の最期を遂げている。では、この青年は。体を再び練り上げて、死すべき魂、しかも己を復活させている。真紅は焦った。知り得る範囲で、あり得ない。復活術はあり得ないのだ。しかし現象が起きている。不安が痛む。傷口のように。真紅は青年の気配を直視する。目の前の事実を考えた。辰砂は確かに背後に存在し、だが、蘇生と言う手法では決してない。ならば、違う方法を用いたのだ。唯一の現象へ至る過程も唯一とは限らない。けれど、からくりに気づかなければ意味はなし。さらなる答えを導く暇も、ないようだ。真紅はソファを消し去り、空に立った。このままでは封印されてしまう。だが、相手を痛めても、彼は再びこの世に体をなす。蘇生するからだ。
「殺して下さいますか」
振り向かずに言った。言葉にしてから、慣れた台詞と気づき、苦笑する。何度願っただろう。自由を、次に死を願い、幾度も封印術者の首を振らせた。封印は凍ることと道義である。真紅は若いまま眠り、日々と人々は時を重ねていく。彼女に時の堆積はない。現在を所持せぬ過去なのだ。成長もしない。自由でもない。生の刻みもない。愛する人にも会えない。彼女が自由を望み、死を望むのは当然であるかも知れない。死者さえ心という機関で現在を保有する。現在のない真紅は、死者でもない。だから、真紅は願わずにいられない。答えはいつも否定だ。先見の明などなくも、分かっている。
「なりません。もしそうなれば真紅様の名前を使い、大事が起きます。封印の状態でさえいれば、あなたは大事の引き金になりえません。申し訳ございません」
辰砂は生真面目に言った。つまり、真紅を封印すると言っているに外ならない。真紅はわらった。願いとは、願うだけでは叶わない。幾ら足掻こうとも叶わない願いは存在する。不可能を願う真紅はアリ地獄へ堕ちたアリと同じだ。振り返ると、沈鬱な表情の辰砂がいた。唇を噛んで十字のネクタイピンをいじっている。ネクタイピンはきらきらと輝き、虹の色をまとっていた。
「あなたが悔やむことはないでしょうに」
真紅は優しく言った。そして、空虚だと思った。自分は、自分を封じる男に優しく声をかけている。反射で動いている体に呆れる。身体を指図する真紅そのものの性格が嫌になる。過去であろうと、現在であろうと性格は変わらないのだ。自らを絶とうと考えるが、昔から変わらぬ臆病な虎の性格ゆえに成せないのも確か。真紅は諦めた。変化は気付かないほどにかすかで、後は全くだ。選べるほど、道はもうない。既に過ぎてしまった。馬鹿なことをしたと自覚する。自嘲の笑みは現れない。
辰砂が封印の呪をつづる。彼の術は赤い薔薇を砂のように崩し、荒れた大地を押し広げることから始まった。荒野と化した土地に、枯れ果てた黒い木が立ち、溶けた時計がぶらさがった。かつては、紫陽花の男であった者達だ。砂粒の間から、膿のように赤い水が湧く。細かいものの顔を出す様子が活気ある干潟に似ていた。水の気配が水滴となり、水滴が集まって水たまりと化し、水たまりが凝って池が生まれた。見えない糸が真紅を絡めていく。緩やかな、しかし抗い難い引力だ。池へと彼女を引く。かの封印術者の封印は、情愛のような熱を持っていた。辰砂の術は、生温い雨のような、耐え難い夢の厚みがある。封印の間はすべてが停止するというのに、夢の持つこわくを纏い、真紅を引き込むのだ。真紅は抵抗しようとしなかった。すべては、変わらないのだから。目を閉じる。辰砂が言った。
「真紅様、またお会いしましょう」
お前もまた、私に希望を与えるのか。うっすらとまぶたを開けたところで、真紅の時が、凍った。
沈みゆく聖女の影を辰砂は見つめていた。赤く不透明な水に身を浸し、彼女は眠りに就く。揺りかごのように揺れ、水がたゆとう。指の間に沁みいで、肌の細胞の隙間に入り込む。彼女は血色に染まる。池の中で薔薇模様の肩掛けがゆるりと動いた。彼女の頬は、輝くほどに白かった。
美しいと思った。世界を見つめていた真紅の瞳は、星を宿した紅玉のようで、彼女が最後に見せた微笑に、辰砂は我を忘れてしまいそうだった。国を傾ける、とはよく言ったものだ。彼女が恋をしたから、国は滅亡の危機を向かえ、故に封印されたのだ。
だが、彼女の罪はそれだけだった。人生を奪われるに値しない些末な罪だ。辰砂は口の中に苦い思いを感じ、顔をしかめた。彼女は自由を求めていた。立ちはだかった辰砂の体は、彼女を前にして粉塵に帰した。あの瞬間をもって、辰砂の体は確かに死んだ。薔薇の咲く世界の中、融けかかった魂で辰砂は彼女の願いの強さを知った。悲しかった。知りえたところで、理解はできない。自由にすることは許されない。
自由にすれば、彼女の時はカタストロフを刻み始める。
死を与えれば、彼女の名は泥と屈辱に沈むだろう。
けれども、永遠は悲しすぎる。鳥のように羽ばたきたいなら、どうぞ辰砂を殺していけ。辰砂は彼女の運命に希望を残した。辰砂は軍人ではない、研ぎ澄まされた感覚の中で甘さは致命的だとは、知らなかった。
辰砂にはもう一つ間違いがあった。
永遠は、悲しくないのだ。実感などないのだから。尚且つ、真紅は望んでいない。辰砂のエゴであることを、彼は知るべくもなく。
時は運命を繰り返す。
運命は、螺旋する。
ダリの絵画に感激して、インスピレーションを頂いて、
書き上げた小説です。
赤の王国、という架空の国を舞台にした長編ファンタジーがあるのですが(未完)
それの後日譚にあたる作品です。いつか書きあげたい、大好きな設定ですので、お見せしたく思っています。
その中で、辰砂の死なないからくりも明かすつもりなんですが、ね。
【参考文献】
『生誕百年記念 ダリ展 ―創造する多面体』 二〇〇七年 中日新聞社