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短編小説カレンダー

四月の桜

作者: 冷暖房完備

毎年お弁当を持って桜を見に行く。

小さな川の畔に立つ一本のソメイヨシノ。

本当なら少しずつ増えていくはずだった。



その桜の木の存在を知ったのは父が亡くなってからだった。

「あなたのお父さんが植えてくれた桜は私たちが守っていきますから」

父の通夜で知らないおじさん達に言われて、小さな小さな桜の木を見に行った。



父は家にいる人ではなかった。

小さな土地を借りて畑をやったり、川や池へ釣りに行ったり。

時々、

「さちこ、喫茶店に行くか?」

と、こっそり私を連れ出してくれたりした。



多くを語る人ではなかったので、父がどんな人だったのかと聞かれると困る。

でも我慢強い人だったと思う。

私が苦しい時に そっと背中を押してくれるような人だった。



娘が産まれた時は本当に嬉しそうで、旦那が嫌がるくらい孫に会いに来てくれた。

それでも手ぶらでは来れないと思ったのか、抱えきれないくらいの大根を毎回持ってきて私達を困らせた。


その時から膝が痛い、膝が痛いと言っていた。

が、私も初めての子育てで父を気遣う余裕もなかった。

病院を渡り歩いたけれど原因が分からず、つめ寄る父に医者は足を切るしかないと冷たく言い放った。

その痛みが立ってられないほど激しくなる頃、悪性の癌で余命二ヶ月と言われた。

骨盤の中の神経に巻き付く癌は太股から下のCTでは分からなかったのだった…。



病室のベットで少しずつ弱っていく父を直視できず、当たり障りのない会話をしていた。

期限は切られていたが現実を受け入れることは出来ず思い出を作る事もできなかった。


母の希望で父には告知をしなかった。

孫の誕生日までには退院すると頑張っていたが、いっこうに治る様子のない体にイライラが募っているようだった。

それでも何かに当たることはなく、自分と葛藤していた。

本当に強い人だと心の底から思った。



娘の誕生日には、一時帰宅すら出来ない体になっていて、痛み止めで意識も朦朧としているようだった。

医者からは好きな事をさせてください、好きな物を食べさせてくださいと言われたが すでに父にそんな体力も味覚もなかった…。

無菌室にいる父の傍に娘を連れて行く事はできず、ガラス越しに手を振らせた。



初めて旦那が一緒に見舞いに来てくれた。

俺が行くと何かあるのかと不安になるだろうからと行くのを控えていたからだ。

ふいに二人きりになった時に

「俺は死ぬのか?」

と父が言った。

それを聞かれるのは私だと薄々分かっていた。

でも聞いてほしくないと思っていた。

「なぁに言ってんの~」

私は何でもないように笑って、廊下の隅で泣いた…。

今でも、あの時あの対処のしかたで良かったのかと思い悩んだりする。


私たちが家に着いて少しすると、兄から電話がかかってきた。

「親父が危ない」と……。



私は、間に合わなかった。



父は、意識が朦朧とする中ありがとう、ありがとうと何度も言いながら息を引き取ったらしい。

父らしい最期だと思った。



今も実家に行くと、玄関に掛けてある連絡用のホワイトボードに 父の綺麗な字が残っている。

三人の子供たちに向けた最後の言葉。

『さちこへ、あちらの家族を大切にしなさい』

私のために書かれた一行。

その言葉に向き合えるように生きていきたいと思った。



父は幸せだったのだろうかと ふと思う。

多趣味な人だったけど、家族のために随分 我慢してきた人だとも思った。


話をしたかったな。

どんな子供だったのか、どんな人生だったのか…。



見上げれば薄桃色に咲きこぼれる桜が風に揺られている。

足元には、葬儀の時に お腹にいた息子と父が愛してやまなかった娘が仲良く花びらを集めている。





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