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第二話:夏休み初日の朝

 朝。木々の合間から昇り始めた太陽の日差しに、朝露がキラキラと煌めく。流石にこの時間はまだ暑くない。鳥がチチチッと飛び回り、近くの広場ではラジオ体操に来ている子ども達のはしゃぐ声がする。いつの時代も変わらない、夏の朝の風景がそこにはあった。

 今日も一日、素晴らしい天気になりそうだ。


 カーン。七時ジャスト。北見中学校男子寮に点呼の鐘が鳴り響く。すると一号から十五号まである舎室から、生徒たちがわらわらと出て来た。

 現在敦志たち下丘の生徒男女合わせて百名程が、寮で生活を送っている。もともとこの寮は、奥地に住む北見中学校の生徒たちが、雪によって交通機関の麻痺する冬季限定で利用していた。この時期の寮は無人だから、四月から疎開してきた敦志たちが利用している。しかし今年の冬はどうなるのかは、まだ決まっていない。

「一号異常ありません」

「二号異常ありません」

 舎監室の前にずらりと並んでの点呼が終了すると、次いで日替わり当番制の朝掃除。本日の敦志の掃除場所は、浴場だった。


「あっ。敦志も風呂掃除?」

 敦志が掃除箱から棒たわしを取り出していると、背後から恭介が声を掛けてきた。

「ああ。今日はお前とか」

 敦志はもう一本棒たわしを取り出して、恭介に手渡す。

「あ〜あ、今日から世間は夏休みだっていうのに。何だって学校なんか行かないといけないんだろう。家にも帰れないし」

 むくれたように恭介は言う。

「仕方ないだろ。今は戦争中なんだ。色々な事を我慢しないと」

 恭介を突き放すように、敦志は言った。ガラス戸を開けると、既に一年生の生徒が一人、スポンジで浴槽を磨いている。敦志は液体洗剤を撒くと、タイルをゴシゴシと擦り始めた。

「前から思ってたんだけどさ、敦志ってこの境遇、嫌じゃないの? 何か結構楽しんでるって感じ」

「何言ってんだよ。俺だってこんな田舎は嫌さ。──ほら、さっさと掃除しろ」

 恭介はうぃ〜、と気の抜けた返事をして、棒たわしで擦り始める。敦志はそれを横目でちらりと見て、シャワーから水を出し、泡を流す。壁や床のタイルに跳ね返る冷たい水が気持ち良かった。


 掃除も終わり、敦志は食堂に入る。既に掃除を終わらせた生徒たちが何人か列を作っていた。食堂は女子寮からも繋がっているので、女子の姿もあった。

 敦志も薄緑色のプレートを手に、朝食を取って行く。

「あっ。おはよう、敦志」

 敦志は、既に席に着いていたひとみの前の席に腰掛けた。ちなみに本日のメニューは食パンと薄味のミネストローネ、ほぼジャガイモしかないポテトサラダにウインナーと牛乳である。

「恭介はまだなの?」

「アイツ、今日は点呼の鐘で起きたって言ってたからな。今頃、髪でも構ってるんじゃないか」

 敦志が肩を竦めながら言うと、ひとみはそうだね、とふんわり微笑んだ。敦志も表情を崩す。

「今日から夏休みだね」

 牛乳の瓶に手を伸ばしながらひとみが言った。

「やっぱりお前も嫌か? 補習だらけなのは」

 敦志も牛乳瓶のビニールの封をビリビリと剥がす。

「そうでもないよ。補習は午前中で終わるし、寮生以外の子とも会えるから」

「そうだよな。俺たちと違って、女子の仲は良いんだっけ」

 ひとみは、うん、と微笑んだ。

 しばらく二人で他愛の無い雑談をしていると、恭介がやって来た。今日は前髪を立てたようだ。

「おはよう、恭介。夕べは遅くまで勉強していたの?」

 恭介は敦志の隣の椅子を引きながら、ひとみの問いに応える。

「うん、まあね。昨日は遅くまでやったんだ」

「んなわけあるか。どうせお前の事だ。寝ながら携帯でも構っていたんだろ。あと髪型。それ、似合って無い」

 歯に衣着せない敦志の物言いに、恭介はうう〜と唸った。

「何で敦志は分かるのさ? そうだよ。携帯構ってたら、いつの間にか寝ちゃってさ。今充電中」

「恭介、喋ってないでさっさと食え。遅刻しても、俺は知らないぞ」

「二人とも頑張ってね。じゃあ、お先に」

 ひとみはご馳走さま、と言うと、プレートを持って席を立った。残された敦志と恭介は黙々と食べる。

「あっ、そうだ。英語の予習、やるの忘れてたんだった。敦志、学校に行ったら見せてよ」

 恭介は両手を突き出して、拝むような仕草をした。敦志はふぅ、と溜め息を吐く。

「またか。お前これで何度目だよ」

「お願いします。今度何か奢るからさ、この通り」

「仕方ないな。後で俺の部屋に取りに来い」

「ありがと! さすが敦志」

 しばらくすると敦志も食べ終え、席を立つ。

「先行くぞ」

 敦志がプレートを持って振り返ると、恭介はパンを牛乳で流し込んでいた。

「うん、先行っといて」

 敦志は厨房に面した流しまで歩くと、食べ終えた食器を水で軽く流し、プラスチックの水切りに入れた。奥に向かってご馳走さま、と言うと、は〜い行ってらっしゃい、とおばさんの声が返ってきた。

 敦志は食堂を後にした。


「遅いね、恭介」

 七時三十五分。寮から歩いて十分程のバス停に、あと十五分程でやって来るバスに乗るため、寮生はあらかた出てしまった。敦志とひとみは、先程から恭介を待ち続けている。

「ああ。まったくあいつは何やってんだ」

 敦志はズボンのポケットから携帯電話を取り出し、先程から何度もやっているように時刻の確認をした。

「あっ、来たみたい」

 ひとみが指差した方を見ると、確かに恭介が走って来ていた。

「遅い。遅刻。時間無いから走るぞ。──ひとみは走れるか?」

「うん、私は大丈夫」

「えっ、走るの? ちょっ待っ……おれは限界……」

「知らん。自業自得だ」

 薄情ー! と叫ぶ恭介を置いて、敦志は走り出した。スピードはひとみに合わせる。ひとみを恭介をちらちらと見ながら走った。


「ああ死ぬ……。暑くて死ぬ。誰だー、エアコンを禁じた奴。出てこいー」

「恭介、うるさい」

 三人は、危ういところでバスに乗る事が出来た。

 早朝の山道を、バスは走る。どの窓も全開だった。それでも吹き込む風は微々たるもので、車内はじっとりと暑い。

 三十分程バスに揺られ、篠田駅に到着した。篠田高校までは徒歩で五分。違うバスで来た生徒や、電車の代わりに走っている汽車(!)通学の生徒も篠田駅で降りるので、この時間帯の路上は篠校生で溢れている。

 ミーンミーンミーン。

 相変わらずセミがうるさい。頭の中で容赦なくガンガン響く。目眩がしそうだった。

「今日も暑くなりそうだね」

「ああ」

 隣を歩くひとみの言葉に、敦志は頷いた。

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