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第一話:夏休みの始まり

 ミーン、ミンミンミン。

「──え〜皆さんは伝統ある篠校生の一員として、夏休みだからといって……」

 ミーンミンミン。

「──勿論篠校生だけではありません。下丘の君たちもです」

 ミーンミンミン、ミーン。


 一学期終業式。校長の話が長いのは、何処の高校でも同じらしい。全校生徒と教師たちが集められた体育館は、人口密度の高さのせいでサウナ状態だった。

 広瀬敦志は、額から流れる汗を腕で拭った。そして制服のワイシャツに擦りつける。じっとりとした暑さが全身を包み込む。不快だ。

 体育館の窓は開いているものの、風が無いのであまり意味は無かった。窓から見える木々はピクリとも動かない。絶え間なく聞こえる蝉の鳴き声が暑さを増大させているような気がした。


 ミーンミーン。

「──それでは皆さん、しっかり夏休みを楽しんで下さい」

 ようやく話が終わった。校長は一礼して、ステージから降りる。やがて吹奏楽部の伴奏で校歌が始まった。フルートやトランペットが、敦志にとって馴染みの薄いメロディーを奏でる。

 教師からいくつかの注意事項を聞いた後、会は終了した。敦志は、蝉の声の印象しか残らなかった。



「あ〜暑かった」

 教室。敦志の机に腰掛けた同じクラスの結城恭介が、手でパタパタと扇ぎながら言う。

「ああ。俺、田舎ってもっと涼しいのかと思ってた」

 敦志が天井に設置されたエアコンをチラリと見ると、恭介も連られるように天井を見る。

 四年前に設置されたエアコンだが、今は戦争中のため、節約という名目のもと法でその使用が禁じられている。


 戦争。二年前、某経済大国へのテロをきっかけにそれは始まった。今は小康状態を保ち、日本も未だ戦場になった事はないけれども、それは国民の生活に多大な影響を及ぼしている。敦志たちが住んでいた隣県の下丘区も、今は軍隊の基地があるため、一般人の立ち入りは出来ない。だから下丘の人間は、いくつかの団体に分かれて各地へ疎開している。


「でもさ、夏休みってもアレだよな。明日からは補習が始まるし、始業式はいつだ?」

「八月二十日」

「そうそう二十日。ふざけんなって感じだよな。短くね?」

 傍にいた男子が同意を求めるように、敦志と恭介を見た。

「そうか?俺は丁度良い位だと思う」

「うん、そうだよ。どうせ下丘には帰れないんだし」

 敦志の言葉に、恭介も頷く。

「うん。まあ、そうだよな。でも夏休みっていえばやっぱり──」

 その時ガラガラっと音を立てながら、教室の戸が開いた。担任教師の姿を見て、散らばっていた生徒たちは慌てて席に着く。

「ほら、お前ら席に着け。明日から夏休みだが、気ぃ抜くんじゃないぞ」

 担任はつかつかと教卓に歩み寄ると、抱えていた名簿とプリントの束を大儀そうに下ろした。

 数学教師である三十代半ばのこの担任は、かなりの生徒から慕われていた。分かりやすい授業と生徒を贔屓しない公正な態度。敦志たち下丘からの疎開組が篠田高校へ転入した際、彼らを分け隔てする事の無かった数少ない人物である。その点においては、敦志たちの担任に最適であろう。

「ではホームルームを始めるぞ。学級委員、よろしく」

 起立、と男子の学級委員が呼び掛けると、ガタガタと椅子の音を立てて、クラスの皆がのろのろと立ち上がる。礼、の号令とともに各々バラバラと礼をして、椅子に着席する。

 先程とは打って変わって静かになった教室。担任が喋り出した。

「もう一度言うが、明日からはみんなの楽しみにしていた夏休みです。と言っても補習もあるから、明日からも学校には来ないといけないがな」

 この辺りの方言なのか、敦志たちとは少々異なったイントネーションで担任は喋る。慣れるまでは違和感もあったが、今はそれ程気にならなかった。

「まあ、お前らは下丘に帰れないから、あまり変わらないと思うがな」

 既に集中力を無くしてボーっとする者もいた。敦志の横の生徒は、机に隠れて文庫本を開いている。

 その後いくつかの連絡事項と、プリント類の配布、通知表の返還などがあって、ホームルームは終わった。

「じゃ、気を付けて帰れよ。学級委員、よろしく」

 今度は女子の学級委員が起立、と号令をかける。クラスの皆は礼、の合図で各々帰る支度をし始めた。


「あーつーしっ! 成績どうだった?」

 敦志の席に、自分の通知表を持った恭介がさっそくやって来た。

「どうせ広瀬だしな。篠高でもトップだろ」

 周りの男子も数人、集まって来る。

「俺のだけ見んなよ。一斉に見せるぞ」

 誰かの掛け声で、一斉に通知表を開く。そして彼らは互いに、各教科の十段階評価と、学年とクラス順位を見比べた。

「うわ、やっぱ広瀬はすげーな。評定平均九,八って何者!?」

「やった! オレこの中じゃ、保健一位だ」

「おいおい、保健が一位ってどうなんだ。確かテスト範囲、思春期の性とかその辺りだったよな」

「オレあの時の保健のテスト、九十九点だったんだぜ。今までで一番高得点だった」

「やっぱお前エロいんだよ」

「確かに」

 周囲に笑いが起きる。敦志も少し口元を上げると、すぐに辺りを見回した。その視線はある席で止まる。敦志は立ち上がった。


「ひとみ。俺たちはそろそろ帰るけど、お前も一緒に帰るか?」

 敦志は二人の女子生徒と話していた長い茶髪の少女に声を掛けた。

「分かった。私も一緒に帰るね」

 そう言ってふんわりと微笑んだ彼女の名前は藤枝ひとみ。

「じゃ、廊下で待っとけよ。恭介呼んでくる」

 敦志が恭介を呼びに席へ戻ると、ひとみは机の横に掛けてあったスクールバッグを手に取る。

「じゃあまた明日ね」

「うん。バイバイ、ひとみ」

 敦志と恭介も合流して、三人は教室を出て行った。残された二人の女子生徒は顔を見合わせる。

「それにしてもあの三人、本当に仲良いよね」

「だよね。幼稚園の頃からの付き合いなんでしょ。長いなあ」

「でも三人並んでると、絵になるっていうか。ひとみは美人だし、広瀬くんはクールで頭も良くてカッコいいし」

「だよねだよね。運動神経も抜群だし。それに恭介くんは何て言うか可愛い感じ?」

「あー分かる分かる」

「それにしても良いよね。羨ましいなあ」

「だよね──」



「あーもう、スッゴく暑いよ。今年の夏は異常だね」

 篠田高校から一番近い篠田駅までは徒歩五分。容赦なくギラギラと照りつける太陽が、徐々に体力を奪う。熱されたアスファルトには蜃気楼が発生し、空気が蠢いていた。恭介は、顎から滴り落ちる汗を拭う事を諦めたようだった。

「こんな時ってさ、日本人って事が恨めしいよね。黒髪って熱を吸収し易いし」

 恭介が振り返ると、敦志もそうだな、と頷く。

「ひとみはいいなあ涼しそうで。髪の色素、薄いし。僕、染めようかな」

 恭介が羨ましそうに言うと、ひとみは微笑んだ。少し風が吹いて、彼女の髪がふわりと舞う。

「そうでもないよ。私の場合、髪が長いから結構暑いの」

「あ、そっか。確かに髪が長いと暑そう」

「ほら、お前ら。もたもたすんなよ。あまり時間は無いぞ」

 バスの時間が迫っているという事もあり、敦志は二人を促した。電車の通っていない篠田では、公共交通の要はバスである。しかし敦志たちが現在生活している北見町は、同じ篠田にありながら山奥にあるため、篠田駅からのバスは一・二時間に一本しかない。乗り遅れるわけにはいかないのだ。

「あ。おい、待てよ」

「敦志、ちょっと待って」

 恭介とひとみも、敦志の後を追う。

 午後からも暑くなりそうだった。

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