外の世界-2-
「ですが…。」
シャーロットは少し目線を落として申し訳なさそうに話し始めた。
「昨日私は村の平和を守るため旅立とうとしていた彼を引き留めてしまいました。それに彼は今すぐにでも『魔人』の元へ行き、村人たちを助けようという強い意志を持っています。」
「なんといい心掛けだ、ラクト。…して何か問題でも?」
「問題なんてありません。ただ、ここまで善くしてくれたラクトさんに何もお返し出来ないことが心苦しいのです。私の勝手だとは重々承知しているのですが…。」
シャーロットは村長に強い視線を投げ掛け、片手を胸に置いてこう言った。
「村長、どうか私にラクトさんに恩返しができる機会を与えてはいただけないでしょうか?」
「…恩返し、ですと?」
村長の眉がピクッと反応し、目を細めてシャーロットを見つめ返す。一方ラクトはハラハラしながら目玉だけを動かし二人を交互に見た。
「そうです。私も旅を始めて長いですが、こんなにも優しくしてくださった人はいません。村の人々もそうです。見ず知らずの私に嫌な顔をせず接してくれました。ここは本当に素晴らしい村です。」
「…ふむ、私の村ですから。わかっていただけるとはこちらも嬉しい限りです。しかし…。」
村長は一瞬誉められて目の力が緩むも、質問の答えが返ってきていないことに慎重だ。そしてシャーロットはそれを読み取ったのか、一気ににっこりした笑顔を見せて切り出した。
「単刀直入に言います。私をラクトさんの旅に同行する許可をください。」
(――――――言った…!)
ラクトの心臓はバクバクと音を立て始め、村長の顔色を恐る恐るうかがった。
「…。」
しばらく沈黙が続いた。村長もシャーロットも向き合ったまま動かない。逆にラクトは小刻みに体を揺らして二人の動向を窺っていたが、さすがにこの雰囲気は耐え難いものがあったのか、じんわりと額に汗がにじんだ。
―――――不意に沈黙を破ったのは村長の方だった。
「…―――話は解りました。シャーベットさん…?」
「シャーロットさんです、村長!」
ようやく沈黙から解放されたと思いきや、村長の天然かわざとかもわからないボケが繰り出されたため、ラクトは思わずツッコミをいれてしまった。シャーロットはというと、わずかに口元を引きつらせたが、まだにっこりした表情を作っている。が、その瞬間隣にいるラクトには、シャーロットのイラッとしたオーラが感じられた。
村長はゴホンッと一つ咳払いをして、再度シャーロットに問いかけた。
「あなたの誠実さはよく解りました。が、『勇者』の旅は本当に危険な旅なのです。命の保証などないのですよ?」
(「命の保証などない」…っ!)
村長の言葉はラクトの胸に、まるで剣で心臓を一突きしたように突き刺さった。今まで圧し殺してきた不安が身体全体に毒のように回ってくる、そんな感覚がラクトを襲った。そんなラクトを横目で見た後、シャーロットははっきりとした口調で言った。
「わかっているつもりです。確かに私は女で一人旅をしていますが、誰にとっても同じ。旅に危険はつきものです。少しでもラクトさんのお役に立てるのなら、このシャーロット、命を張る覚悟です。」
嘘か本当かはわからない、が、シャーロットのその言葉がラクトに安心感を与えた。少しだけ不安から解放され、ラクトの口からは安堵のため息が洩れた。
そんな様子を村長はジッと黙って見ていたが、ついに重い口を開く。
「………いいでしょう、今回は特別に許可を出します。シャーロット…さん、ラクトと共に『勇者』として『魔人』を鎮め、この村の平和を守ってください。」
「―――…えっ?」
思ってもみなかった村長の言葉に、ラクトは目を見開き驚きを隠せなかった。一方シャーロットも少し意外そうな表情をしたが、ニッと強い眼差しを村長に向けてこう言った。
「…ありがとうございます。このシャーロット、喜んでその役目を果たさせていただきます。」
―――――――――と、これが今朝、村を旅立つ前に交わされた会話の一部始終だ。休憩を終えた二人は再び森の道なき道を進み始めていた。
「…はぁー、やっぱりもっと早く村から逃げていればよかった…。」
うつむきながらラクトはため息まじりに呟いた。村長との会話を思い出してまたじわじわと不安が襲いかかってくる。どうして俺がこんな思いをしなければならないのか、考えるのは同じなのに、答えなど出ないまま無限のループみたいにぐるぐるする頭の中にうんざりした。
「もっと早くに村から逃げていれば…。」
(何かが変わったのだろうか…?)
「………あれ?シャーロットさん?」
目の前を歩いていたシャーロットが突然立ち止まったので、ラクトも足を止めた。何かを見つけたらしく、シャーロットはその場にしゃがみこむ。
「…?」
「誰にも知られずに村から逃げていれば…、こんなふうに誰にも知られることなく死ねたか?」
クルッと振り向いたシャーロットの手には人間の頭蓋骨があった。
「――――――っ!?ドドドドっドクロ!!」
初めて見たドクロに驚き、ラクトは思わず腰が抜けたように倒れこみ、ズザザザッと後ろに退いていった。
「んなに驚くなよ、可哀想だろ?」
そう言いながらシャーロットは骨を元の位置に戻して手を合わせた。あわててラクトも手を合わせるが、腰が退けている。
「随分前にこの辺の魔物にやられたんだろう…苔が生えている。」
「ま、…魔物?」
嫌な単語を聞いてラクトは瞬間的に血の気が引いた。
「そ、魔物だ。見てみろ、この辺り一帯に魔物の通った跡やマーキングらしいものがあるだろ?」
そう言われてラクトは改めて回りを見回した。今まで考え事ばかりしていてまったく目に入っていなかったが、確かにそこに何かがいた跡や、一直線上に枝が折られた跡、爪磨ぎに使ったような木等々…見たくなかった現実が散々に見てとれた。
「――――ってことは…。」
「ああ、この辺は魔物の巣窟みたいだな。しかも、人間を丸飲みできるような大物もいそうだ。」
「丸飲みっ!?――――っままままっ!」
ラクトの身体はガタガタと震えだし、ついにその場に座り込んでしまった。魔物の存在は知っている、が、村からそこまで離れていない場所に人間を丸飲みにできるようなバカでかい魔物が存在するなんてラクトには信じられなかった。
「――――無理無理無理無理っ…。」
そんなラクトを見てシャーロットは思わずため息を吐く。
「お前なぁー、いくら村から出たことないからってそれは怯えすぎだろ。よくそんなんで『魔人』だ『勇者』だなんて言ってられるな。」
「――――…お、俺だってなりたくてなったわけじゃないですっ!でも、一応訓練とかはやらされてるんですよ…小さい頃から、剣術とか武術とか…嫌がっても連れていかれて、強制的に。実戦は…したことないけど…。他の村もそうじゃないんですか?」
「強制的に――――?」
ラクトの話を聞いてシャーロットは眉間にしわを寄せた。
「そんなことしないね。普通、平和で栄えてる村ほど強制的に訓練させることはないよ。(いざってときのために戦力でも作っているつもりか?やっぱりあの村、何か――――――。)」
考え事を始めたシャーロットの言葉にラクトは確信を得た気がした。
「っやっぱりおかしかったんですね!うちの村、やっぱり間違ってるんだ!そうですよね、『魔人』なんて訳のわからない化け物を鎮めるためにイケニエを差し出して、それを『勇者』だなんて――――――間違ってますよね!」
ラクトは今まで抑えてきた感情を爆発させるように大声で叫んだ。村とは何も関係がない旅人であるシャーロットの言葉が、ラクトの中にあった疑念を解放させたのだ。
大声で叫んで少しスッキリしたのか、ヘヘッと笑みをこぼしながらラクトはようやく立ち上がった。が、ゴツンッと木の枝か何かに頭をぶつけてまたしゃがみこんだ。
「―――――――っ!?」
「なにやってんだ?…それに、『魔人』っていうのは…。」
呆れた顔をしながらシャーロットはラクトに向かって話し始めた。だがその瞬間ある物に気付き、目を見開いて言った。
「あ。」
シャーロットの様子がおかしいことに気付き、ラクトはシャーロットの目線の先である自分の頭上へと目をやった。
そこにいた物は大きな舌にある四つの目玉をラクトに向けていた。
「…――――――――へ?」