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外の世界-1-





ギラギラと真上から降り注ぐ陽射しが熱い。空は雲一つない快晴で、ラクトは嫌気がさしそうになる。村から出てラクトとシャーロットは十分ほど黙々と森を歩いていた。


ラクトは頭の中で先程の光景を何度も何度も思い出しては、心臓が引き抜かれるような感覚になり、何か喋ろうとするたびに、息が胸の辺りで突っかかってうまく言葉を発することができない。ただひたすら、前を歩くシャーロットの後ろ姿を見失わないよう、慣れない森のでこぼこした地面に一歩ずつ足を進めた。


風が木の葉を揺らす音や、鳥がさえずる鳴き声も聞こえない。ただ次第に荒くなっていく呼吸と、土や葉っぱ、枝を踏む音、そしてドクドクと鼓動する心音が、脳に直接響くように聞こえているだけだった。


「…ハァ、ハァッ…ハア…。」


段々と重くなる体を引きずるようにラクトは必死でシャーロットを追いかけた。が、シャーロットはひょいひょいと枝をかき分け、丸太を飛び越え、振り返らずに進んでいく。まるでラクトを気遣うことはなく。少しずつ二人の間に距離が開き始め、若干焦りを覚えたラクトはぐるぐる回り熱くなった脳で考えた。


(あれ?なんだか変じゃないか?シャーロットさん、俺がいること忘れてる?っていうかすごい苦しい…山歩きってこんなに疲れるもんなんだ?いやいや初めてだからね、村を出たの…あれ?まずいよね?シャーロットさん見失ったら俺完璧迷うよね?俺帰るところないよね?一人でこんな森の中って無理だよね?生きてけないよね?いやいや無理無理無理無理…!)


ごちゃごちゃと脳内がパニックになり、ラクトは遂に声を上げた。


「っしゃっ…シャーロットさんっ…!ちょっ、ハァっ待っ…待ってくだっさい!」


絞り出すようにラクトが言うと、シャーロットはクルッと振り返り、キョトンとした目を向けた。


「…ん?あ、ああ。悪い、忘れてた。」


シャーロットは本当に忘れていたようで、名前を呼ばれてようやくラクトの存在を思い出した。


「――――――っひどっ!っゲホッゴハッ。」


ショックのあまりラクトは声を張り上げ一気にむせてしまった。すでに二人の距離は二十メートルほど離れていたが、シャーロットは笑いながらラクトの側に向かった。軽々とした身のこなしで、息が全く切れていない。


「あはは!悪い、考え事してたんだがすっかりお前のことを忘れていつものペースで歩いてたわ。」


「っそんな…ゼハァ…さっき村出たっ…ばっかりじゃ、ないですか!」


「いやぁ、どうしても気になることがあってさぁ?大丈夫か?そういえばこんな山道初めてだったんだな。なんだよ、言ってくれればもう少し早く休んだのに。」


(…そんなこと、言われても…。やっぱり強いかも、この人…色んな意味で。)


脳ミソがぐちゃぐちゃになったような感覚になり、ラクトはその場にへたりこんだ。


「しょうがない、少し休むか。」


シャーロットは背負っていた荷物を地面に置いてから背伸びをした。一方ラクトはまだ息が少し荒く、大地に顔を向けたまま呼吸を整えようと必死だ。


「いいさ、ゆっくり休みな。どうせ今日は野宿だろうし、休み終わったら寝床になりそうな場所を探してみるか。」


その言葉にピクリとラクトは反応して顔を上げた。


「の…野宿、ですか?」


「そりゃそうだろ、この辺りにはお前の村以外に宿がありそうな村も集落もないからな。…それとも戻るか?今から。」


「っんな、無理ですよ…そんなの。逆に追い返されます!」


ラクトはブンブンと頭を振って否定したので、また頭がくらくらした。


「ま、あんな見送り方されたら会わせる顔がないわな。でもお前人気あるんだな。あれだけ盛大に見送られるなんて。」


「…違いますよ。皆俺が村を出るまで安心できないから、『勇者』として出ていくのを見届けてからじゃないと、次の『勇者』が選ばれることになるから…しょうがないんですよ。」


「そうか?でもあれだけ万歳とかしてたじゃないか。」


「毎回のことです。五年前もそうでした。…それに、誰も帰ってこい、なんて言わなかったでしょう?」


「…そういえば。なるほど、皆お前が出ていくことの確認を含め最後のお別れをしにきたってことか。」


「…まあ、俺が逆の立場だったらそうしたと思うから…何も言えないんですけどね。」


「ふーん…そんなものか。そういえば村長もそんなこと言ってたな。」






――――この日の朝、ラクトたちが村を出発する前に、二人は村長に会いに行っていた。



ラクトの旅にシャーロットが同行する許可をもらうためだ。今まで『勇者』たちは一人で『魔人』の元へ向かっていたため、誰かが、それも村人ではない旅人が同行するなんて前例がない。その為この村で一番権力を握っている村長に許しをもらおうと、ラクトはシャーロットを連れて教会の横に建てられている村長の家に向かったのだった。


村長の家には護衛が二人、使用人が数人いて、『勇者』としての旅支度が出来たので話がしたい、と言って村長の元へ案内してもらった。途中の廊下や庭には、高そうな置物や水晶の塊等が飾られていた。ラクトも初めて村長の家に入ったが、その豪華さにただただ圧倒された。


「よく来たなラクト。今年の『勇者』よ。」


通された大広間で二人は村長と面会した。白く長い顎髭をさすりながら、二人を見つめて村長は喋り始めた。


「準備が整ったときいたが…さて、その前にその女性はどなたかな?昨日旅人が一人村に入ったと連絡は受けていたが、まさかこのような麗しい女性だったとは。」


「あら、うまいんですね村長さん。素直に褒め言葉として受け取っておきますよ。ありがとうございます。」


「いやいや、決して嘘はついておりません。事実を言ったまでです。」


シャーロットの横で二人の会話を聞いていたラクトだが、内心いつ話を切り出そうかとそわそわしていた。


(確かにシャーロットさんは美人だし背は高いし…胸も大きいし…じゃなくて。どうしよう、連れてきたはいいけどどうやって話せば許してもらえるかな…?即答で却下されたら…!)


そんなラクトの心配をよそに、話はいきなり村長から切り出された。


「で?今日はどうして『勇者』であるラクトと共に、わざわざ私の元に参られたのかな?」


それまで和やかに笑っていた顔はそのままだが、口調なのか、視線なのか、雰囲気が一瞬冷たく感じられた。ラクトもそれを感じたのか、ゾワッと背中に悪寒が走った。



「助けてもらったんですよ。彼、『勇者』ラクトに。」


シャーロットはにこやかなまま村長の質問に答え始めた。


「ほう…助けてもらった、と。」


「はい、恥ずかしながら私、シャーロットは昨日路上で行き倒れてしまいまして…。」


(あれ?行き倒れ…あれは酔っぱらって吐き倒れてたんじゃ…?)


若干突っ込みかけたがグッとこらえ、ラクトは会話の行く末を見守ることにした。


「そんなときここにいるラクトさんが家まで運んで夜通し看病してくださったんです。そして彼から『勇者』として旅立つことを聞かされて、ああ、この人こそ『勇者』にふさわしい、そう思いました。」


「ほう、それは良かった。いい行いをしたのだな、さすが『勇者』、私の目に狂いはなかった。」


そう言って村長は満足そうにラクトを見つめうなずいた。ラクトはハハ、と苦笑いで返す。



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