旅人
朝がやってきた。少しずつ朝日の光が空に広がってゆく。まだ村人たちは眠りについている者も多い。静かでひんやりとした空気が村を包んでいた。
「……………んぁ~…。ん――――っ、よく寝た!」
ラクトの家の二階の一室で、昨日の酔いつぶれていた女が目を覚ました。ベッドの上であぐらをかき、大きく背伸びをする。どうやら酔いは完全にさめたらしい。
「あー、どこだっけ此処?お?」
キョロキョロと部屋を見回すと、入口近くの壁に、半分白目で眠るラクトの姿があった。
「あー、そうだそうだ。いやー、助かったよ少年!」
「――――――っ!?…ふぁい!?」
ゴツッ。
女は思い出したらしく、ラクトに向かってお礼を言った。逆にラクトはいきなり大きな声で呼ばれたために、ガタッと体勢を崩して軽く頭を打ってしまった。
「あはは、悪い悪い。大丈夫か?」
「―――ったぁ…あ、はい。…えと…体、大丈夫ですか?」
「あぁ、おかげさまで!あはは。」
「…み、たいですね。」
昨日あれだけゲーゲー言っていたとは思えないほどピンピンしている彼女を見て、ラクトは苦笑いするしかなかった。
「そういえば悪かったな、昨日どっかに行こうとしてたんじゃないか?引き留めちゃったな。」
苦笑いしていたラクトはさらに口元が引きつった。あの時間にこの人がいなかったら、あるいは別の場所にいたならば、ラクトはもう村を飛び出し家にはいなかっただろう。
しかし彼女を看病することになり、家にいなければならなくなり、逃げ出す計画は水の泡と消えた。あれからラクトの家の回りには、見張りと思われる人が数人張り込んでいた。彼女が良くなって隙ができれば…と思ったりもしてみたが、無理だった。
「………いえ…もういいんです…。」
まるで生ける屍のような、生気を失った顔をしてラクトはボソッと呟いた。
「?よくわからんがありがとうな!あのままいたら絶対野宿確定だったからなー。宿も決めずに村に着いてすぐ飲んだもんだからさぁ。」
「軽っ!どうしてそんなに軽いんですか!?…―――あ、村に着いてってことは…やっぱり旅人さん…何ですね?」
「うん、気楽な女一人旅をね。ほら、アレ一本でぶらぶら旅してるんだ。」
彼女はベッドの脇に置かれた大剣を指差した。金色の線が入った束に茶色の鞘、長さは一メートル近くある大物だ。
「えっ!?一人旅?その大剣でですか!?それスッゴク重かったですよ!?」
実際村人のガタイのいい親父さんが両手で担いで運んでいた。ラクトもタオルを置く場所を作るために少し移動させたが、とても女の人が軽々振り回せる重さとは思えなかった。
「女剣士だからな――――。」
ニヤリとした表情で女はラクトに言った。その瞳は真っ直ぐにラクトを見つめ、その眼差しは何か得体の知れない強さを秘めていた。視線が合ったとき、ラクトはドキッと鼓動が速くなった。
(―――…何だろう…一瞬、この人の強さが見えた気がした…。)
「―――――――…ハッ…剣士…?」
瞬間、ある考えがラクトの頭の中を駆け巡った。途端にドクンドクンとさらに鼓動が速くなる。
(…剣士ってことは…この人、もしかして強い…!?女の人なのにあんな大剣を持って一人旅するくらいだし…。いや、そうじゃないとしても、村の外から来た人だよ!?外の世界をよく知ってるってことでしょ!こんな理不尽な儀式なんて無くて、平和で楽に暮らせる場所とか知ってるかも――――!)
「なんだ?どうした少年?」
下を向いたまま動かないラクトを見て、女の人は喋りかけた。
「…すみません…えっと、…俺、ラクトっていいます。あの…。」
「ああ!そういえば名乗ってなかったな。私の名前はシャーロットだ。よろしくなラクト。」
「シャーロット…さん。…お願いがあります。」
ラクトは正座して、シャーロットの方へ体を真っ直ぐ向けた。そして拳を握りしめながら、床につけてこう言った。
「――――シャーロットさん!俺と一緒に『勇者』になってください!!」
「…『勇者』?なんのこっちゃ?」




