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出立




「…よしっ。」


ラクトは荷物をまとめあげ、腕輪を左腕にはめて、リュックを背負った。


「…イケニエになると判っていてわざわざ死にに行くなんて、俺は御免だ…!村の皆には悪いけど、今日俺は村を出る。外の世界なんて何があるかわからない、けど、絶対に生きてみせる!」



身支度を万全にして、ラクトは玄関の方へ急ぎ足で向かった。そして勢いよく扉を開けた。


バンッ。


「俺は、自由に生きるんだ!」


そして気持ちを新たに一歩を踏み出す。


(早く裏に回って準備しておいたロープを塀からはみ出してる木に引っ掻けて…誰にも見つからないようにしないと…。)








「お゛えぇ~っ!」


「!?」


目を輝かせて、決意も新たに出発しようとしたその時。すぐ横から不気味な声が聞こえた。


「ぅ゛…えええぇ~っ!」


ラクトは仰天した顔で声のする方を見る、と、大剣を腰につけた見知らぬ女の人が四つん這いになりうずくまっていたのである。


「ぅげぇえぇ~…。」


びちゃびちゃっと音が聞こえる。後ろ姿を見ているのだが、あ、吐いてる…?とラクトは思った。


「なっ…何やってるんですか!?人ん家の前で…。(いや、今から出ていきますけど。)」



すると女がピクッと反応して振り向いた。オレンジ色の髪とは対照的に顔を真っ青にしながらジッとラクトを見つめる。


「…気持ち悪っ…て…。うぷっ、おぐえええぇっ。」


「うわわわわぁっ!?(―――どうしようっ、酔っぱらい!?見かけない人だし旅人…かな?ええぇ、早く行かないといけないのに、もう皆気づいて探しているに違いない。…だけどこんなに弱ってる人を放っておくのも…。でも、ああああ…っ。)」



焦燥が募るも動けずに立ち尽くすラクト。その時だった。


「いたっ!ラクトがいたぞ―――――!」


「っ!!」


ビクーッと体が反応する。振り向くと少し先の路地から走ってくる人影が見えた。その人影の声に呼ばれ、ぱらぱらと村人たちが集まってくる。



(―――――見つかった…っ!)


ラクトは一瞬目の前が真っ暗になった。ああ、もう逃げられない…と覚ったのだ。



「よお、こんなところにいたのかラクトー!」


一番にラクトの元に駆け寄った青年は、ニカッとした笑顔でやってきて、ガッと腕をラクトの肩に乗せた。


「…あ、はは…。」


半分白目になりながら、ラクトは苦笑いを浮かべていた。青年はラクトの背負ったリュックを見て笑顔を光らせる。他の村人も追いつき、彼らを囲む。


「なんだ、もう荷物まとめて出発するつもりだったのか?」


「水くさいぞ、せっかくの『勇者』の旅立ちなんだ。見送りくらいさせろよ。」


「うはは、逃げたかと思ったぜー!」



集まった村人たちはまるでラクトが逃げれないよう、円の形に並んでいった。皆顔は笑っているものの、目が笑っていない。ラクトがいなくなれば、誰かが新たに『勇者』として祭り上げられるからだ。村人たちにとって、それは絶対に避けたかった。反対に…。


(ああ…これでもう『勇者』として死ぬしかなくなったのか…。)



意気消沈したラクトは、次第に身体の力が抜けていく気がした。




「っぐぉえええぇ――――っ!」


「!?」


ラクトをはじめ、その場にいた村人全員がうめき声のする方へ目を向けた。


(あ、忘れてた…。)


ラクトが村人に囲まれている横で、先ほどの女の人がまだ真っ青になりながら嗚咽を繰り返していた。



「――うぉっ!?誰だこの人!」


「見ない顔だな?旅人か?」


「そういえば商人と一緒に一人、旅人が来たって門番が言ってたな。」


「…女一人でか?珍しいな。って大丈夫か?酒臭いな、どこで呑んでたんだ?」


「ぉげろろろろ…。」


旅人は喋れないほど具合が悪いらしい。



(…―――――――そうだ!)


すると村人たちに囲まれて今すぐこの状況からどうにか脱け出せないか考えたラクトは、無理矢理ひねり出した案を提案した。


「―――っこ、この人具合が悪そうだし、昼も回っちゃったから、行くのは明日にして看病しようかな☆」


「…。」


突然のラクトの提案を聞いて村人たちはシーンとしてしまった。


「………って思ったりしたわけで…駄目…だよね…はは…。」


反応がないことが不安で、ラクトは段々小声になっていく。


(…やっぱり無理がありすぎるよねー…。)


沈黙の中ラクトは言ったことを後悔した。





「…さっすが『勇者』だな!」


「――――へ?」


不意にラクトの肩に手を回していた青年が思いもよらない答えを言ってきたので、ラクトは呆気にとられてしまった。


「…そうだな、見直したぞラクト!やはり『勇者』は違うな!」


「は…ぁ、うん?」


「こんなところで弱ってる女性を見捨てないとは、やはり『勇者』はお前しかいないな!」


「!?ぁ、えーと…。」


「ほら、そうと決まればラクトの家にこの人を運ぼう。立てるか姉さん?」


「おっぷっ…げろろろ…。」


(もしかして…皆…。)


ラクトは女の人を担ぎ運ぶ村人たちを見つめて、頭の中で今の会話を何度も再生した。


(さすが『勇者』、『勇者』は違うな、お前しかいない、ラクトの家に…。ああ、そうか…。俺が明日、村から『勇者』として出ていくまで家に居させて逃げられないようにしたいんだ…。)



この村の人々は、多分ラクトでなくても弱ってる女性を野宿させることはしないだろう。だが、隙あらば逃げようとするラクトをみすみす見逃すこともできない。見逃せば次の『勇者』を選ぶしかなくなり、それが己かもしれない。『魔人』に捧げられるイケニエとして。



違う村の人間からすれば、馬鹿らしく、恐ろしく、この儀式に反発することだろう。しかし、ほとんどがこの村で生まれ、ほとんどが村の外に出たことがない閉鎖的な環境で育った人々にとっては、儀式は絶対的で決して無理をして逆らおうとは考えられないのだ。ある意味、洗脳されているのである。



(おかしいような気はしてる…でも、逆らえば反逆者として追い出される、見捨てられる…だから選ばれるまで出ていけなかった。…でも…。)



「一人で看病大丈夫?」


ラクトの家のお隣に住む小さな少女が、心配そうに彼の顔を覗きながら言った。


(…こんなにも優しいのに…ほんとは皆優しいのに…『勇者』という言葉に怯えなきゃいけないなんて…。)


「ラクト?」


「…ありがとうミル。大丈夫だよ。ほら、もう家に入って。夕飯の手伝いするんでしょ?」


ラクトは少女の頭を撫でた。


「そうだ!お手伝いしなきゃ!バイバイ、ラクト!」


小走りに走る小さな背中を見つめて、ラクトは軽く唇を噛んだ。


(無邪気なあの子も…もう少ししたら皆みたいになるのかな…。いや、でも…もう既に犠牲者ではあるんだ…。)



「じゃあ俺らも帰るか。明日は盛大に見送りしてやるからな、ラクト!」


女の人を運び終えた村人たちは、一言ずつラクトに挨拶して帰っていった。


「…悪いな、さっきミルの相手してもらって。」


一番最後に残った、先ほどラクトの肩に手を回していた青年がラクトの隣に来て言った。彼もまたお隣さんで、少女の兄なのだ。


「…いいよ。いつもだし。」


「まあな。…明日からは相手してもらえないな。あー困った困った。」


「イルジ兄ちゃんわざとらしい。」


「そうか?」


「いいよ。それもいつもだし。」


「ははっ!そだっけ?…。」


他愛ない会話をして、少し沈黙が続いた。



「…どっかで生きててくれればいいよ。お前逃げ足だけは速いからな。」


「…よく言うよ。小さい頃からイルジ兄ちゃんがからかって俺を追い回したからでしょ。」


「そうか、じゃ、生き残ったら俺のおかげだな!」


「うわー…。そしたらイルジ兄ちゃんの悪行を他の村に言いふらさないとね。」


「ぶはっ、おぅ、やれやれ!」


「あははっ。…。」



また静かな沈黙が続いた。明日ミルと見送りに来る、そう言ったあと、青年は隣の家に入っていった。



辺りは既に薄暗くなっていた。ラクトは家に入り扉を閉めて俯き、一言だけ呟いた。



「…やっぱりおかしいよ…。」


一粒だけ落ちた涙を拭いて、ラクトは女の人が運ばれた部屋に歩みを進めた。




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