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自分の意志-2-





「私…が――――…。」


女の子はシャーロットの眼差しから少し目をそらした。


(確かにこのままじゃダメだってわかってる―――…でも…今までしてきたことをなかったことになんてできない…。)


胸元を掴む手の力が強くなる。


「でも…私は…ここに残っている人たちを放っておくのは――――――…。」


そう言って水晶の並んだ棚を見つめた。いくら寂しかったとはいえ、何人もの人間を水晶の中に閉じ込めてきた過去は変えられない。自分の意思で元に戻せない、あるべき形で力を使わなかったことを『魔人』は胸が苦しくなるほど後悔した。人の自由を奪っておきながら、自分だけのうのうと好き勝手に生きられない、そう考えると『魔人』はシャーロットの提案を断るしかなかった。



「…………ごめんなさい。やっぱり私――――。」






そのときだった。


一つの水晶がパアッと輝きを増して、そこからある人影が現れたのだ。目を細めたラクトの瞳に映った人物は…。


「…―――アイジおじさん!?」



なんと水晶から現れたのは、ラクトの隣人であり、前回『勇者』として村を出ていったアイジその人だった。


「……ああ、ラクトか?大きくなったな。…久しぶり、といっていいものか?まあ、元気そうで何よりだ。」


アイジはラクトに向かって笑みをこぼした。が、微笑まれた本人はまだわけがわからずにいた。


「へ!?なんで…あれ!?おじさん出てこれたの!?いや、嬉しいんだけど、…えっ!?」


「はは!相変わらずだな。まあ、驚くのも無理はないか。…やあ、『魔人』くんも久しいね。」


アイジはそう言って今度は女の子の方に振り返った。彼女もラクトと同じように心底驚いているらしく、目をぱちくりさせている。



「―――――アイジ…?あなた…どうして…もう、幸せはいらないの?」


「あー、幸せね?俺にとっては家族皆で一緒に暮らせることが幸せなんだけど…まあ現実じゃないってわかってるからなぁ。でもようやく踏ん切りがついたよ。だから出てきた。」



「このタイミングで?」



すかさず切り込んできたのはシャーロットだった。水晶の中に入った人間は、入った本人が望まないかぎり出てはこれないと聞かされていた。だからいつ偽の幸せから離れ、水晶から出てきたっておかしくはない。しかし、閉じ込めた『魔人』が自由を手に入れるか入れないかの選択を迫られたこのタイミングで出てきたということは…。



「ああ、やはり外の世界からきた人は違うな。そのとおり、俺は今だから出てきたんだ。」


「?」


ラクトはさらに難しい顔をして考えを頭の中に巡らせた。


(今だから…今?)


思考がぐるぐる回るラクトの横で、『魔人』の女の子はハッとした顔でアイジを見た。そしてゆっくり彼の方へ歩みを進めた。


「…もしかして…聞こえてたの?今までの会話。」


するとアイジは目を細めて優しい顔で頷いた。


「ああ、聞こえてたよ。ラクトたちとの会話も、村長たちとのやりとりも…今までずっと、本当は聞こえていた。やはりこれは君も知らなかったんだな。」


「だ…って、今までそんなこと言ってくれる人はいなかったから…てっきり何も聞こえてないと…。」


「まあ、聞きたくない人は聞こえないようにできるとは思うけどね。俺がたまたまそうしなかっただけで…。君には色々脅されたから、最初は反抗心だったかもしれないが。でも、この五年間水晶の中にいてわかったことがある。」


「…わかったこと…?」


「水晶の中は確かに居心地はいい。自分の好きなこともやりたいこともなんでも叶えられるからね。…しかしやはり幻なんだ。同じように繰り返しはするものの、それ以上でもそれ以下でもない。結局は想像力次第さ、なんでも手に入れた先には幸せがある。しかし、そこから大きな変化などなく、同じような日々をずっと繰り返し過ごしている。現実では些細なことでも問題が発生したり、予期せぬ事柄が舞い込んでくるけどそれもない。ただ幸せを手に入れ完結した世界で息をしている、そんな感じなんだよ。」


「完結した世界か…。考えただけでつまらなそうだな。」


シャーロットの言葉にアイジはそうだねと笑った。


「…そしてもう一つ、水晶を通して君の声が聞こえることで考えたんだ。――――…『魔人』くん、君のしたことは決して許されることでも、ましてや良いことではない。しかし、立場は違うけれど、君も被害者の一人なんじゃないかってね…。」


「おじさん…。」


「まあ、被害者って言葉はどうなのかって思うけれど、君もずっと一人で苦しんでいたのはわかったからね。君の魔力は感情に左右されやすいから…泣いたりすると水晶の世界も揺れるんだ。さっきのはかなり凄かったな。」


カアッと女の子は顔を赤らめた。先ほどずいぶん大声で泣いたのを思い出したからだ。



「…ラクトの言うように、魔力がある以外普通の女の子と変わらないんだよな。俺より長生きしているけど、君は心を成熟させる機会がなかった。人間に追われ、逃げて逃げて、落ち着ける場所が見つかったと思えば利用され…まったく…同じ村の人間として恥ずかしいよ。俺が言っても意味がないとわかっているけど、すまない。」


アイジは『魔人』に深々と頭を下げた。


「っやめて…私が利用してたのよ。あなたたちの自由を奪っておきながら…本当にごめんなさい。」


「いや、逃げようと思えば逃げられたさ。魔物は置いといて、自由になろうとして水晶に入らなかった『勇者』もいるんだろう?俺たちは自分の意思でここに残っているんだ。すべて君のせいではない。むしろ、こんな儀式を続けてしまっている村の方が異常になってしまってるんだ。そうだろう?」


アイジはシャーロットに質問した。


「ああ、だいたい『魔人』の魔力を売って儲けてる村は初めてだよ。イケニエを差し出すこともな。」


ラクトは唇をキュッとつぐんで会話を聞いていた。


「…だよな。やっぱり止めさせないといけないんだ。間違いをこのまま続けても、不幸が増えるだけさ。これ以上、家族も友人も傷つく姿を見たくも想像したくもない。そう思ったから出てきたんだ。――――――――俺は今度こそ村に帰る。そして真実を伝えてくる。」


「―――――…アイジ…。」


「おじさん…。」


「今まで村に戻った奴はいないんだ。きっと皆驚くな。…たとえ村長たちが何かしてきても、俺には大切な、本当の家族がいるんだ。絶対屈したりするものか!」


ニカッと笑ったアイジの表情は清々しく、何か吹っ切れたようだった。



『魔人』の女の子はポロポロと涙を流し、こっくりと頷いた。



「おじさん…。皆元気だよ!叔母さんも、イルジ兄ちゃんも。ミルも大きくなってさ、俺が村を出るとき弁当作ってくれたんだ。いい子だよ!」


ラクトはアイジに笑顔で言った。アイジは一瞬くしゃっとした顔で涙をこらえ、そうかと呟き微笑む。そして女の子の方に向き直り、こう言った。





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