自分の意志-1-
ラクトと『魔人』の会話を横で聞いていたシャーロットは静かに黙って考えていた。
(ああ…常識がないとか言っておいて、常識にとらわれていたのは私の方か。)
『魔人』は人間だと言っておきながら、人間のような幸せは望めないと決めつけていた。文献や噂を色々耳にして、実際に会ったことも見たこともないのに、それが当たり前のことだと思い込んでいたのだ。長年旅をしてきたシャーロットは情報を集めることの大切さや、情報の正確さが命を左右することをよく理解していたこともあるが。
「―――――――ぅ………。」
(今回は…まあ、ラクトの手柄かな。)
「――――――ぇうっ…。」
シャーロットは『魔人』に向けていた剣をゆっくりと下ろし、立ち上がって腰の鞘にしまった。
「―――――――…ヒックッ…………ぅえっ…。」
片手を腰に置いてため息を一つ吐いて、やれやれという顔をした。
「ぅう゛―――――っ、わああぁああああんっ…!」
(こんな…、子供のように泣かれちゃあ…ねぇ?)
「あわわわわっ…!」
「わあ゛ああああああぁん!」
ぼろぼろ大粒の涙を流して『魔人』は泣いている。それを横でどうしたらいいのかわからずに、ラクトはおろおろとうろたえていた。
「あーあ、泣かせた。」
シャーロットはそんな二人を見ながらにやにやしている。ラクトは困った表情で助けを求めるが、シャーロットは明らかに気づかないふりをして傍観するだけだった。
「ぅう゛ー…ひっく…………。」
ようやく気が落ち着いてきたのか、『魔人』の女の子はくしゃくしゃになった顔を擦りながら呼吸を鎮めた。
「………っはぁ…こ、…こんなに泣いたの…五十年振りかも…?」
赤く腫れた目をうるうるさせ、熱くなった頬に手を乗せて女の子が呟いた。
「ごっ…!五十……!?」
長生きとは頭で理解していたはずだが、改めて現実的に考えると凄いことだとラクトは実感した。
「………。よし、決めた!」
ラクトが『魔人』の女の子の涙を拭うためのハンカチを荷物から取り出していたとき、突然傍観するだけだったシャーロットが声をあげた。
「?決めたって…何をですか?」
ハンカチを渡しながらラクトは恐る恐る聞いてみた。あんまりいい予感がしなかったが。
「なぁ、『魔人』さん?あんた、私と一緒に旅をしないか?」
「………え?」
「――――――へっ?」
ラクトも女の子も呆気にとられて目を大きく開けてシャーロットを見ている。
「だから、一緒に来るかって聞いてるんだよ!」
やれやれ、とため息まじりにシャーロットは言葉を繰り返して伝えた。
「――――ななな、え―――――!?」
ポカーンとしている『魔人』の女の子の横でラクトはシャーロットの提案にかなり大げさに声をあげて驚いた。
「うるさい。お前に聞いてないよラクト。」
「いや、だって…今までのが…。な、何を考えて?」
「何って?ほら、私は目的があって旅をしているだろ?そして旅をするにあたって情報収集が必要不可欠、そして正確性がその後を左右するんだ。そこであんた、『魔人』の魔力が役に立つと思うのよ。こんなに力が余ってんだもの、使わない手はないでしょ!」
そう言ってシャーロットはニカッと『魔人』に笑顔を向けた。女の子はさらに目を大きくして固まった。ラクトにいたってはアワアワと動揺を隠せないでいた。
「ちょっ――――!?シャーロットさん鬼ですか!?聞いてましたよね、さっきの話―――!?」
「聞いてたに決まってるだろ。だからだよ!」
「………え?」
シャーロットの返しにラクトは意味がわからず、キョトンと動きを止めた。
シャーロットはコツコツと『魔人』の方に歩いていき、彼女の前に立ちはだかる。女の子は圧倒されたように、少し後ろに体が反れている。そんな『魔人』を見下ろすように見ていたが、上半身を下げて彼女の目線で、シャーロットは真っ直ぐな瞳を向けた。
「その代わり、私があんたの心を鍛えてやる!」
ニッと笑みを浮かべたシャーロットとは反対に、女の子はさらに困惑したようだった。
「――――きた…える?」
「そうだ。確かに生きた時間はあんたの方が長いんだろうが…さっきのとおり、あんたは精神的に不安定だ。いつ、どんなときに魔力が暴走して大惨事になるかわからない。それはあんたが一番わかっていると思うが…。」
『魔人』の女の子は両手を胸の中心で握りしめ、少し顔を伏せた。
「そこでだ!一緒に旅をして、あんたは私に情報提供を、私があんたの精神を鍛える、って感じでね。…何だってそうさ、人間も『魔人』も魔物も、生きてるものすべてに終わりはくる、死ぬときは死ぬんだ。これは世界中変わらない理、誰にもどうこう出来ない。だから大切なのは、生きている間、生まれて死ぬまでに何が出来るか、どう生きるかなんだ。だらだら毎日を過ごすのも、ガンガン働いて過ごすのも、わいわい仲間とどんちゃん騒ぎするのも、同じ時間というのなら、自分の好きなように生きたいって思うのが人間だろう?」
(そうかもしれないけど、どんちゃん騒ぎって…。)
男気あふれるシャーロットの言葉にちょっと笑みをこぼしながら、ラクトは耳を傾けた。
「…いいんだよ、躓いて転んだってさ。誰だってずっと真っ直ぐ前だけ向いて歩くことなんて無理なんだ。コケて怪我して泣いて痛がってうずくまって下向いて振り返って悔しがってまた泣いたって―――…全然恥ずかしいことじゃない。むしろその経験が自分自身を成長させてくれるんだ。一番まずいのは…そこから立ち上がらないことだ。」
シャーロットは真剣な表情で女の子に言った。
「誰にでも、いつどこでも襲ってくる恐怖にいつまでも怯えていたら、何も進まないし、変わらないんだ。たとえいくら時間が過ぎようとね。私なんかよりあんたの方が身に沁みてわかるだろう?」
シャーロットの言葉に、『魔人』の女の子は深く頷いた。何か思い出しているのだろう。目にはまた涙が滲んでいる。
「だから、私があんたに恐怖を乗り越えれるだけの気合いを叩き込んであげる。」
シャーロットは女の子の頭にポンッと手を置いてにっこり微笑んだ。
「世界は案外面白いもんでさ、旅をして色んな人間と出会って、色んな体験をして、自分がどれだけちっぽけな人間かを知るんだ。そして、そんな世界で自分は何をしたいのか、何が出来るのかを考える。些細なことでもいい。―――…生きていることが辛いとか、誰かのせいで不幸だなんて言わせない。真っ直ぐ前を向いて、自分が選んで決めた道を、自分の力で立ち上がって世界を広げるんだ。」
『魔人』の女の子も、ラクトも目を真ん丸にしてシャーロットの瞳を見つめていた。彼女の強さに二人は憧れを覚えた。
一気にしゃべったシャーロットは最後に『魔人 』に問いかけた。
「どうする?ここに残るか、私と来るか…あんたが決めるんだ。」




