勇者の使命
この村には五年に一度『勇者』を決める儀式が行われている。
――――昔、この村には『魔人』と呼ばれる化け物によって多大な被害を受けていた。『魔人』は食料や金品を持ち去り、逆らった村人たちの命を不思議な力で吸いとった。村人たちにはなす術がなく、『魔人』に支配されていた。
そんな中、一人の青年が立ち上がりこう言った。
「たとえ倒せないとしても、このままでは村が滅んでしまう。ならば私が『魔人』を鎮めてみせよう。」と。
青年は単身で『魔人』の元に向かった。三日三晩死闘は続き、結果―――――見事『魔人』を封じることができたのである。
しかし…それは青年の死と引き換えだった。
村人たちは大いに喜び、大いに泣いた。そして青年を『勇者』として尊敬し崇め、讃えた。
…だが、『魔人』はまだ生きている。封じられてはいるが、五年毎に力を蓄え、復活の機会を狙っているのだ。
そのため、村ではその度に村人たちの中から『勇者』を選び、『魔人』を鎮めてくることで、村を災厄から守っているのだった。
そして今年も『勇者』を選ぶ儀式が執り行われた。
その人物こそが、ラクトなのである。
バタンッ。
思い切り玄関の扉を締め、扉にもたれ掛かりながら、激しい動悸と荒い息遣いを必死に調えようとした。だが頭の中は未だにグルグルと回っていて、思考回路がうまく繋がらない。
とりあえず、誰にも気づかれず家に帰ることができた。そう思うことで気を落ち着かせた。
――――――逃げなければ…っ!
若干落ち着いたところで、バタバタと荷物をまとめ始めた。缶詰等の保存食や水、着替えや包帯、薬等など…前から少しずつ準備しておいたために数分でリュックに入れ終えた。
「…よしっ。」
『勇者』は村人たちの中から選ばれるが、そこにはある法則があった。―――――例えば村人たちの中で孤立している者、仕事もせず遊び歩いている者、家族が亡くなり一人で暮らしている者…。
つまり、村から消えても支障がない厄介者を『勇者』として追い出す、ということ。
ラクトの場合、村からはヘタレだの言われているが仲は悪くはなく、村の夜間警備の仕事もしている。だが、一年前に唯一の肉親だった母を亡くしていた。もともと病弱だったが突然容態が急変し、付きっきりで看病するも数日後に逝ってしまったのだ。
現在村の中で家族がいないのはラクトだけ。よって村人たちも、ラクト自身も、次に『勇者』に選ばれると予想していたのである。
「母さん…。」
荷物を詰め終え、ラクトは戸棚にある腕飾りを手にした。それは昔、ラクトと母親で一緒に作った大切な思い出であり、形見でもあった。
「やっぱり選ばれたよ…ごめん、俺はまだ死にたくない。…だから村を出るよ。」
形見を握りしめながら、ラクトは目を閉じ語りかけた。
「死にたくない。」その言葉が何故でてくるのか?
理由は簡単、今まで選ばれて村を出ていった『勇者』が、誰一人として帰っては来なかったからだ。
村の皆も本当はこの儀式はおかしいと感じている。
しかし、山の中にあるために他の村や国との交流が最低限しかなく、出入りも身元がはっきりした商人や役人、極稀に寝泊まりのためにくる旅人くらいしかできない。こんな村でしか生きたことがない村人にとって、村の外に出ることは未知の世界に出るのと同じくらい不安で恐ろしいことなのだ。
もちろん『勇者』の件を除けば、仕事にも食べ物にも困らない暮らしが出来る。よって村人は村を出る、という考えをあまり持とうとはしない。
―――――――『勇者』に選ばれない限りは。




