儀式の秘密-2-
「…ラクト、知らないでしょう?あなたたち村人が、平和に、そして豊かに生活できているのは…私の魔力のおかげなのよ?」
「…へ?」
「知りたがってたでしょう?教えてあげる、この儀式の本当の秘密を。」
『魔人』はゆっくりした口調で、でも強く思いを込めるように語りだした。
「昔、私はずっと一人だったわ。ほら、『魔人』は魔力を持っていることで嫌われている存在だったから。いつもいろんな人に追い回されていたの。捕まれば殺される、だからいつも必死で逃げたわ。人間が私を受け入れることもなくて、ずっと長い間、逃げて逃げての毎日だった。…――――そんなとき、二人の男が私にある提案をしてきたの。」
「まさか―――――…。」
シャーロットは一言だけ呟いたが、『魔人』はかまわず喋り続ける。
「二人はこう言ったわ。"君が魔力を渡してくれたらそれを売って金にする、その代わりに五年に一人ずつ人間をよこすから、好きに使って構わない。"………ですって。」
「―――――――っ!」
ラクトは言葉を失った。シャーロットは舌打ちをして、眉を吊り上げた。
「まさかとは思ったが…えげつないな―――――!それがラクトの村の秘密か…!」
「ずっと一人だった私でもね、優しく手を差し伸べてくれる人も確かにいたの。…でも、人間と『魔人』の寿命は違う。皆変わっていくなかで、私だけ変わらない。皆老いるなかで、私だけ成長しない。そして皆、いなくなったり、気味悪がったりして…最後はまた一人になるの。」
「…………でも…っ。」
「わかってたわ。これは間違ってる、そんなことしたらますます人から遠ざかる……。でもっ――――――、一人じゃない幸せを知ってしまった私は、それまでどうやって一人で生きてこれたのか…わからなくて、怖かった…!」
『魔人』は両手で顔を押さえて、目を閉じた。
「嫌なの、怖いの、一人はっ…!そう思ったら…私はその手をとっていた。それからよ…、彼らは私が水晶に溜めた魔力をお金に替えるの。そしてその報酬として村人を騙して『勇者』を仕立てて、私の元に連れてくるようになった。村はみるみる豊かになって、人も、お金も、環境もどんどん変わって…やがて『魔人』の存在も、儀式も、絶対的なものになっていった。」
「だからあんな頑丈な塀で囲ったり、外から余計な情報が入らないように警備を厳重にしたり、村人を隔離したりして秘密自体を隠していたわけだ。村のお偉いさん以外の村人を騙して…!」
「…そうよ。だから秘密自体を知ってしまったアイジを『勇者』としてここに呼んだの。」
「そんな…ことが、あったなんて…。」
ラクトは目的である村の秘密を『魔人』の口から聞くことができた。しかし、それは彼にとってすぐに受け入れられるものでもなかったし、ラクト一人でどうこうできるものでもなかった。
「…これが村の秘密の真実よ?気はすんだかしら?」
無表情のまま『魔人』はラクトとシャーロットに問いかける。二人は黙って苦い顔をしていた。
「…さあ、今度は私が質問する番よ。―――――…ラクト、あなたにとっての幸せを叶えてあげる。だから水晶に入って私の傍に居て?水晶の世界でなら、亡くなったお母さんと、永遠に一緒にいられるのよ…?」
「…母さん…と?」
昔から身体が弱かった母が突然発作を起こし、急にあの世に逝ってしまった。今でも目を閉じればすぐに思い出せる。
(優しくて、暖かい…あの母さんと、ずっと一緒にいられる…?)
頭の中に、母との思い出がよみがえり、ラクトは懐かしさを覚えた。ラクトはまだ齢十三、母との別れはあまりにも突然で早かった。
「…………………。」
沈黙が続き、シャーロットが横で見つめる中、ついにラクトが重い口を開いた。
「…―――――――俺は。」
ラクトと『魔人』は見つめ合い、強い視線を交わしたあと言葉を続けた。
「突然、だったんだ。容態が悪化して、一日もしないうちに逝ってしまった。……………でも、俺は約束したんだ。母さんと。自分の思う通りに生きて、後悔しないような…人間の人生は短いけど、その中で輝くときはきっとあるから、俺は俺の道を歩きなさいって…。それに――――…傍で見送ることが出来たんだ。ちゃんとお別れは言えた…だから…。俺の幸せは、自分自身で探して見つけたい。」
ラクトの瞳は真っ直ぐで、そして最後に柔らかく微笑んだ。その意思は固い。
シャーロットは優しくラクトを見つめ、『魔人』の返答を待った。
「…そう、残念ね。………あなたなら、一緒に居てくれそうな気がしたんだけど…仕方ないわ。」
「………俺を水晶に閉じ込めるんじゃないの?」
意外にもあっさり受け入れた『魔人』の返答に、ラクトはつい質問してしまった。すると女の子は一度ゆっくり目を閉じて、またゆっくり開けて言った。
「言ったでしょう?望んだ人だけ入ってもらっているの。別に無理矢理傍にいてもらっても、私がうれしくないもの。寂しいから傍にいてほしい、だけど強制なんてしてないんだからね?」
「そう、…なんだ。」
ラクトは少し安堵して、ため息がこぼれた。やはり緊張していたらしく、握っていた拳は汗ばんでいた。すると『魔人』は今度はシャーロットに向かって問いかけた。
「あなたは?女剣士さん。わざわざこんなところまできて私に会おうとするなんて、よっぽどのことがあるんじゃない?私なら、何でも叶えてあげられる…どうする?」
ラクトはシャーロットを横目で見て思った。
(…そういえば、シャーロットさんの目的って一体なんなんだろう?)
二人が見つめる中、シャーロットは片手を腰にやり、『魔人』と真っ直ぐ向き合って言った。
「私がここに来た理由は、確かに『魔人』の力で私の目的に近づけることがあるかもしれないと思ったからだ。しかし、残念ながらあんたの話を聞いて、どうやら検討違いだったらしい。私には遠くで帰りを待っている人もいるからな…お前の期待には応えられそうにない。」
そう言ってシャーロットは苦笑いをしてみせた。
「そう――――…残念だわ。…羨ましくはあるけどね。」
つられたように女の子も二人を見つめて苦笑いをした。
ふう、と大きなため息をついたあと、『魔人』の女の子はクルッと背をむけて右側を指差した。その先には人が通れるくらいの穴が空いていて、その先は道になってどこかに繋がっているらしい。
「あそこから右、左、左と進めば森を抜ける道に繋がっているの。…今話した村の秘密を誰にも言わず、今後二度と村に関わらないと誓ってくれれば、あそこから出ていってもらって構わないわ。」
『魔人』の意外な言葉に二人は顔を見合わせた。どうやら本当に、水晶の中を拒んだ人間は入らなくていいらしい。その代わりに、やはり村の秘密は守り通さなければならないようだが。
「えと…あの?」
ラクトが『魔人』の言葉にまだ戸惑っていると、ため息まじりに女の子は呟いた。
「あーあ、これでまた五年待たなくちゃいけないなぁ…。ほら、早くいかないと私の気が変わっちゃうよ?………私のお願いを断って、後悔しても遅いんだからね?」
そう呟いた女の子はまた遠くを見るように目を細めて笑って言った。
「…………。」
「…仕方ない、私はここで止まっている暇はないから先に進ませてもらう。ラクト、お前はどうする?」
「……………。」
ラクトは黙ったまま動こうとしなかった。シャーロットの呼び掛けにも反応しない。
「ラクト、おい?まだ何かあるのか?先にいくぞ?」
そしてようやく口を開いたが、それはシャーロットの呼び掛けに応えたわけではなかった。
「『魔人』…さん、君は…―――――それで幸せなの?」




