魔人-2-
(やっぱり不思議な人だな…。)
怖がり進む足が遅いラクトからランプを受け取って前を歩くシャーロットを見ながら、しみじみとそう感じた。
「…『魔人』っていう人喰いの化け物に会いたいなんて…どんな理由があるんですか?」
ずっと思っていた疑問をついに口に出してみたが、また話を逸らされると予想して、ちゃんとした答えは期待していなかった。
しかし、シャーロットの答えは意外なものだった。
「――――…人喰い、か。確かに今まで『勇者』として旅立った人間が村に帰ってきたことはないらしいな。」
「え、あ、はい。一人も…。」
自分で言っていて不意に悲しくなる。
「化け物扱いされるのも当然っちゃ当然かもしれないが…。―――――――『魔人』は人間だよ。」
「…はい?」
一瞬、ラクトの思考が停止する。そんな彼を気にもせずシャーロットは続けた。
「そのまんまだよ。魔力を持った人間、それが『魔人』だ。生まれてくるのは極まれだから、知らない人間も多いけどな。」
「っえ?だって…『魔人』は村に災厄をもたらすって…?」
「そのへんはお前の村のことだ。村人が知らないことをいいことに情報操作していたんだろう。―――――隠したい真実のために。」
「真実を隠すって…!そんな知られたくないことって一体…。」
「だから私が知るか。…私が知っているのは『魔人』と呼ばれる存在がいる、ということだ。ま、今会いに行く『魔人』が違うものだったら話は別だが。」
「『魔人』が…人間――――?」
動揺を隠せないラクト。しかし前に進むシャーロットに置いていかれるわけにもいかず、足だけはずっと動かし続けた。ランプの淡い魔力の光だけがその場を照らし、光の届かない場所は何も見えない暗闇でしかない。ピチョンッと岩の間から染み出る水音が、一つ一つトンネルの中に響いた。
「…―――――一応教えておくか。」
少し続いた沈黙のあと、シャーロットは重い口を開いた。
「ラクト、私はさっき『魔人』が人間だということを知らない人間が多い、って言っただろ?」
「あ、はい…。」
「『魔人』は生まれてくるのが少ないってことも勿論なんだが、知られる前に生まれてこなかったことにされることもあるんだ。」
言葉の意味を考え、ラクトの顔は青ざめていく。
「…生まれてこなかったことに…って――――――!」
「…殺されるってことだな。生まれてすぐ、赤ん坊のときに。」
「―――――――!?なっ。」
「なんでって、お前と同じだよ。『魔人』という存在が恐ろしくて堪らないんだ。」
「――――…っで、でも!殺すって、赤ん坊を!?」
「赤ん坊だからじゃないか。大きくなってから攻撃されたんじゃ何が起こるかわからない。なんせ魔力を持ってるんだからな。悪い芽は早いうちに摘んでおくのが人間だよ。」
「っ…にしたって…。」
「確かに生き残る場合もあるが…運がいいか、それか魔力を根こそぎ奪われるか、または人体実験の材料となるか―――――いずれにせよ、いい人生を送れないだろうな。」
ふと、シャーロットが後ろを振り向くと、ラクトは顔を下に向けて足を止めていた。
「――――――っひどいですよ…そんなこと、あっさり言わないでください…。確かに、俺…何にも知らなかったけど………。」
「そうだよ。あんな隔離された村にいたんだ、知らなくて当然だ。――――だからなんだ?」
「―――…!」
シャーロットはラクトの方に体を向け、強い視線で睨んだ。
「お前言ったよな?もっと早く村を出ていれば、って。それは逃げようと思えばいつでも逃げれたってことだよな?逃げていればこうして『勇者』として旅立つこともなかったし、違う人生を送れてた、違うか?」
「…っそれは…。」
「逆に『魔人』が人間で、すぐに殺されるような存在だと知っていて、お前に何ができる?何かしようと思うのか?出来ないだろう?だって関係ないもんな。自由を手に入れているならなおさら、自ら進んで自分の不利になる状況に飛び込もうなんて、普通の人間はしないさ。」
「―――――――っ…。」
「…ラクト、お前もあの村の住人だったからわかるだろう?集団の生活では常に多数決、たった一人の意見なんて弱くて小さくすぐに消えてしまう。例え正しいと思えることも、簡単に間違いになってしまう。いつだってどこだって、人間は自分が可愛くてしかたがないんだ。自分の幸せを守れるなら、なんだってできるんだよ。」
ラクトは口をつぐんで唇の内側を歯で噛んだ。否定はしない、むしろ否定出来ない自分が悔しくて憎らしかった。自分が可愛いあまり、ラクト自身も『勇者』であることを逃れて村人を裏切ろうとした。間違っている儀式だとわかっていても、その事実に変わりはない。
そしてそんな自分が『魔人』の真実を知っていたとして、何かしようとしただろうか?行動も、いや、考えることもせず、ただひたすら見てみぬふり、聞かぬふりを貫いていたに違いない。やっとのことで手に入れた自分の幸せを守れるなら、仕方のないことなのだと。
「――――――…最低だ…俺…!」
ラクトは拳を強く握り締め、爪を立てて自分を痛めつけた。
(確かに魔力を持っているなんて恐ろしく思う、そこに嘘はない。でも…。自分が恥ずかしい…!)
泣きそうなラクトの顔を見て、シャーロットは一つ息を吐いたあと、ちょっと困った表情で笑った。
「今ここでそんな顔をするなよ。悪かった。お前を責めてるわけじゃないんだが、私の性格上言っておきたかっただけなんだ。真実はやっぱり知っていておいた方が良いときがあるからさ。…でもハッキリ言い過ぎたか?」
すると、ラクトはバッと顔を上げて首を左右に大きく振った。
「っいえ―――――…ありがとうございます、本当のことを教えてくれて…!」
シャーロットを見つめるその瞳は真っ直ぐで、少しだけ涙を浮かべていたが、迷いは消えたようだった。
そんなラクトを見て、シャーロットはニッと微笑み、そうか、と一言呟いてまた歩き出した。ラクトもシャーロットに続いて足を進めた。左腕の裾でクイッと涙を拭ったとき、母の形見の腕輪が光った。
(母さん…俺…恐いけど――――『魔人』に会ってみるよ。知りたいんだ、どうしてこんなことをしているのか、村が何を隠しているのか………知らなきゃいけない気がするんだ。ううん、知りたいんだ。どんな真実があるとしても、もうこんな儀式、俺までで終わらせたい…何ができるかなんてわからないけど…でも…!)
シャーロットの話を聞いて、ラクトもまた『魔人』に会う確かな理由を得た。二人は深い暗闇の中、一つのランプを頼りに、黙々と歩き続けた。
時間の感覚がわからなくなりそうになりながらも、ひたすら歩き続け、ようやく前方にうっすらと光が見えてきた。
「着いたか…。」
ランプの灯りを消しながら、シャーロットは光の方へ入って行った。その後ろからラクトも続くが、久しぶりに浴びる強い光に目を細めた。
その先にいる『魔人』に会うため、二人は光の中を進んでいく。




