魔人-1-
朝がやってきた。今日も清々しいくらいに快晴だ。森の中では耳を澄ますと、木々のざわめきと鳥のさえずり、魔物が鳴く声など、様々な音が溢れている。
「――――ぅわっ…また聞こえた…!」
遠くで鳴く獣の声にラクトはいちいち反応していた。
「うるさいな、あんなもんに驚くな。さっさと歩け。」
昨日の酔いはどこへやら。シャーロットはケロリとした顔でずんずん森の奥に進んで行く。
「まっ、待ってくださいよ!シャーロットさん――――!」
ラクトは必死にシャーロットに置いていかれないように、足元の悪い道を慣れない足取りで進んだ。
歩き始めて小一時間が過ぎようとしている。息一つ乱れないシャーロットの後ろで、ラクトはかなり汗だくになっていた。その理由は昨日倒した魔物からいただいた目玉をラクトが持つことになったからだ。最初はそんなに重く感じなかったため、自分で持つと言ったことを少し後悔した。
「…はぁ、はぁ…まだっ着かないんですかね…!」
「私が知るわけないだろ――――――…と。」
しゃべっている途中、急にシャーロットは立ち止まったので、ラクトは進む足を慌てて止めてよろけた。
「――――――っはぁ、は、ど、どうしたんですか?」
「…近いな、こっちか?」
独り言のようにシャーロットはぼそりと呟いてからまた歩き始めた。草や枝をかき分け、石がごろごろ転がっている中、黙々と歩みを進めた。ラクトはよくわからないまま、シャーロットの後ろにくっつくようについていくだけで精一杯だ。すると次第に地鳴りのような音の振動がラクトの中に響いてきた。自分の心音や呼吸音とは違うけたたましい音、それは…。
「……お、あったぞ。滝だ。」
シャーロットが大きな葉を避けると、その先には大きな滝があった。大量の水が数十メートル下に一気に流れ落ちるその様は圧巻で、轟音とともに飛び散る水飛沫が陽に照らされキラキラ光っていて綺麗だ。
初めて見る滝の凄さに、ラクトは声をあげるのも忘れて魅入っていた。
「さて、巨大な滝に到着…――――と、ここからは何だっけ?」
シャーロットの呼び掛けにハッとして、ラクトはあわてて首につけていたペンダントを取り上げた。
「えと…、村長が言うにはこの水晶が導いてくれるって…言われたんですけど…?」
「なんだか適当だな…。ただの水晶がどうやって私らを導くんだ?」
「ですよね…。」
村を出る前に村長から渡されたそのペンダントは、小さく細長い水晶がついたもので、決して外さないように言われていた。ラクトはそれを守って、肌身離さずつけていたのだが、今のところこれといって普通のペンダントと変わりはなかった。
しかしあの村長が持たせたものだ。しかも肌身離さずと念を圧している。何か仕掛けが施されているのだろうか?
そう思い、ラクトはよく見ようと顔に近づけた。すると―――――――。
「っぅわっ……。」
突然ペンダントが緑色に光り始めたかと思うと、ラクトの頭にある場所の画像がグワッと浮かんだ。薄暗く、じめじめしていて…どこかにあるトンネルのように続く穴のような…。
「……………ト…――――――ラクト!」
ハッと我に返ったラクトの肩を叩きながら、シャーロットはフウとため息をこぼす。
「…大丈夫か?気分とか悪くなってないか?」
「――――…え、あ…。はい、何ともないです。多分…。」
「多分ってなんだよ。…何か見えたのか?」
「へ?シャーロットさんも見えたんですか?あれ、夢じゃなくて?」
「寝ぼけてんのか?…さっきまで魔力の反応があったんだよ、その水晶。そしたらお前はボケーっとしてるし。私には何も見えてない。でもお前は見えたんだな?」
「は、い…。なんか…あまりにもはっきりしたイメージだったんで、白昼夢を見たような…。それが―――――…。」
ラクトは先ほど頭に浮かんだ映像を思いだしながら、詳しくシャーロットに説明した。
「なるほどな…。よし、行くか。」
荷物を担ぎ上げ、シャーロットは川辺の砂利道を歩き始めた。
「へ?ど、どこへ?」
「決まってるだろ?『魔人』のとこだよ。」
滝壺の轟音が身体中に響いて、思わずラクトは息を飲んだ。二人は滝の側に近づいて、ある道を発見した。
滝の裏に続く道を。
草が生い茂ったところから坂道になっていて、道の幅が狭いところで三十センチほどしかない。必死にゴツゴツした岩壁にしがみつき、ラクトはすいすい移動するシャーロットの後を追った。
滝の半分くらいの高さにきて、ようやく滝の裏に到着。そこだけ抉ったように壁と水の間に空間があり、そこから岩の奥に続くトンネルのような道があった。
そう、この場所こそがラクトの見た風景そのものなのだった。
「あったな、道が。この先に『魔人』がいるのか。」
「ぅひいぃ…お、奥が真っ暗で何も見えないですよ…?」
「当たり前だろ、土の中掘ったトンネルなんだから。」
「え?誰かが掘ったんですか?こんなところを!?」
「これは人工的に作られたトンネルだ。自然じゃこんなにきれいに人間が通れるだけの道はないよ。それにあからさまに道具を使った跡だらけだろ?」
「そりゃ…そうかもですけど…。」
「何のためにってか?聞いてみればいいだろ、直接さ。」
「『魔人』…に。」
ラクトは荷物の中からランプを取り出して灯りをつけた。薄緑の光が穴の中を照らしたが、奥はずっと続いているようだ。真っ暗な空間を二人はランプ一つを頼りに進み出した。
どんどん進むにつれて、滝の水音は小さくなっていく。不安にかられながら、ラクトは大きく息を吐いた。
「………やっぱり会いに行かなくちゃいけないんですね…?」
苦々しい顔をしながらラクトはシャーロットに問いかける。
「当たり前だろ。そのために私はついてきたんだからな。別に引き返していいんだぞ?お前一人で。」
「――――――っ嫌です!絶対!見捨てないでくださいっ!」
あっさりとしているシャーロットの回答にラクトは必死に懇願した。
「ならもう少し付き合え。これでも私は忙しいんだ。『魔人』のことがなかったらこんな面倒な旅、私だって付き合ってないぞ?。」
「そ、そんなぁー…、はっきり言わなくても…。」
「本当のことだ。」
シャーロットの言葉はチクチク棘のようにラクトに刺さる。そう、こんな旅に何故シャーロットは村長に頼みに行ってまで同行することになったのかというと、シャーロット自身が『魔人』に用があったからだ。詳しくは話さないが、ラクトにとってはありがたいことだった為、追求はしていない。




