一夜-2-
(………――――『勇者』…。)
シャーロットと少しだけ距離が縮まったようで嬉しい反面、『勇者』という言葉にまだ陰が見えた。
(そうだ…まだ終わってないんだ…『勇者』の旅は…。)
そう、『勇者』の本当の旅の目的は『魔人』を鎮めること。これからその正体もわからない『魔人』の元へいかなければならないのだ。もしかしたら、そこで自分がイケニエになるかもしれない、そう思うとラクトは胸の中がギュッと締め付けられる気がした。そんなラクトの心境を感じたのか、シャーロットはフゥと一息ついて話題を換えた。
「そういえばラクト、お前いいもの持ってたな?そのランプ。」
「…―――へ?あ、ああ…これですか?」
ラクトの横に置かれたランプは、炎を出す円盤同様に淡い緑色の光を発していた。決して眩しくはないが、その光は柔らかくラクトとシャーロットを照らしていた。
「家にあったもので役に立ちそうなものを片っ端から詰めてきたので…あんまり明るくはないんですけどね。」
「いや、それは魔物を寄せ付けない魔力だろう?そんな高価なものよくあったもんだ。」
感心したようにシャーロットはランプを見つめていた、と、ラクトからの反応が返ってこないので目線を上げてみる。すると、目に映ったのは目をカッと開き硬直したラクトの姿だった。
「――――ま、まままままま…『魔力』?」
ようやく口を開いたかと思うと、物凄く動揺してうまく喋れていない。
「…は?まさか、『魔力』も知らない、のか?」
シャーロットは信じられない、というような顔でラクトを見た。ラクトは目を今度はパチパチ動かしながら、こっくりと頷いた。
「…………ええと、こ、言葉の響きからして…あの…『魔人』とか『魔物』に関係ある、ものなんでしょう…か?」
ラクトは恐る恐る、ゆっくりシャーロットに問いかけた。正直これ以上不安要素なんて聞きたくはないのだが、聞かないでいる方が反って恐ろしかった。小さく丸まりながら問いかけるラクトを見ながら、シャーロットは困ったようにため息をつく。
「………はぁ。まさか魔力も知らないとはな。ああ、お前の考える通り、魔力は『魔人』や『魔物』が持っている、人間にはない特殊なエネルギーのことだ。」
ラクトはズガンッと頭を殴られた気分になった。
(人間にはない特殊な力――――!?こわっ、なにそれ!?ええ!?こわこわこわ…!)
若干パニックになったラクトを横目に、シャーロットは淡々と話を続けた。
「魔力、といってもその力は様々だ。火を操ったり、雨を降らせたり、心を覗いたり、気配を消したり。魔物によって持っている能力も違うが、どれも人間にはできないものばかりだろ?」
「ひいぃ―――――…!」
「情けない声出すなよ。で、長い間魔力は恐ろしく人間に害をなす力だと思われてきた。」
「ひえぇ―――――………?」
「だが人間は研究に研究を重ね、ついに魔力を人間の生活に活用する術を編み出した。…例えばこの円盤、これには炎を操る魔物の魔力がこめられている。緑っぽい光が出てるだろ?これは魔力が目に見えてるもので、魔力が今使われている証拠なんだ。」
「…へ?そうなんですか?だってよく見ますよ…この光?」
「そ。魔力ってのは、今では私たち人間にとって欠かせないエネルギーなんだよ。魔力自体はそんなに恐れるものではなくなっているんだ。」
「ふ、ふぇえ―………。」
安心したような、やっぱり恐いような。とりあえず正体がわかってラクトは少しホッとした。
「で、話が戻ってそのランプのことなんだが、そいつに使われている魔力ってのは限られた場所にしか生息していない魔物から抽出したものなんだ。大抵の魔物はこの魔力の力のおかげで寄って来ないんだよ。だから希少でとても高価なものとして扱われているんだ。お前の村の周りに結界として同じ魔力の入った水晶が何個かあった。全部合わせたら村一つくらい買えるんじゃないか?」
「うええ――――…!?で、でも…このランプだって皆持っているし…、それに確かに魔力かなって思うものもいっぱい使ってたけど…『魔力』なんて言葉を聞いたこと…。」
「そこだよ。皆持っている、使っている。だけど『魔力』という言葉は知らない…――――知らされていない。」
(知らされていない…?―――――――え?)
ラクトの頭にある疑問が浮かんだ。
「シャーロットさん…それって――――!?」
「ずっと引っ掛かってたんだが、確信に変わったよ。―――――そう、お前の村は村人を騙してまで『何か』を隠してるんだ…。その『何か』はまだわからないけどね。」
「『何か』を…隠してる――――?」
またラクトは頭を殴られた感覚になった。『勇者』や『魔人』のことは以前からおかしいとは感じていたものの、まさかそれ以外にも隠してることがあったなんて。それは村の人間ではないシャーロットだからわかったのであって、ラクト一人だったらいつ気づくことができたかわからない。
(…だからあんなに村の出入りが厳重だったのか…村の秘密を知られたくないから…。――――――…あれ?じゃあなんでシャーロットは大丈夫だったんだろう?よっぽどのお偉いさんって訳でもなく、普通の旅人に見えるのに…。)
ラクトの中にまた新たな疑問ができた。しかし、シャーロットを疑うのに気がひけてしまったラクトは、後で機会があったときにしようと思い、その疑念を胸の内にしまった。
「はぁ、とりあえず今日は寝るか。何もないところで野宿っつーのも初めてだろうが我慢するんだぞ?」
立ち上がって背伸びしたシャーロットは若干酔っているのか、伸びたあとに足が少しふらついた。
「あ、はい…。」
ラクトも立ち上がって食事の後片付けをしようと器に手を伸ばした。そのとき、シャーロットの荷物が視界に入りハッとする。
「…そういえば、シャーロットさん?今日倒した魔物からグリグリ取ってきたこの目玉って…?」
そう、シャーロットの荷物は一つ増えていて、その中には蜘蛛のような魔物の頭から取り出した目玉が四つほど詰め込まれていた。
「ああ、そいつには魔力がたぁーっぷり詰まってるんだ。大きい町にいけば結構な値で売れるんだぞ~。」
「へ、へえぇー……。」
なるほど、シャーロットはこうして倒した魔物から魔力がこもった部分を売って生活の足しにしているらしい。だがラクトの頭には容赦なく目玉を掻き出すシャーロットの姿がよぎり、なんとなく魔物が不憫に思えた。
「…――――――――ぅ゛っ…!」
突然シャーロットが唸り声を上げたので、ラクトは驚いて彼女の元に駆け寄った。
「!?っシャーロットさ… 。」
「う゛おげえええええぇ―――――――っ!」
「えっ!?」
近くにあった川に顔を近づけ、シャーロットはおもいっきり口から胃にあるものを吐き出し始める。
「まさか…また酔ったんですか!?さっきので!?」
先ほどシャーロットは缶に入った酒を飲んでいたが、せいぜいグラス一杯分だ。しかしシャーロットは勢いよく嗚咽を繰り返している。
「よ、弱いんだったら飲まないでくださいよ――――――!」
まだまだシャーロットは謎の多い人だと改めて思ったラクトだった。
夜空には満天の星がきらめき、まるで魔物などいないような、静かな夜が二人を包んでいた。




