勇者の村
太陽が高いところから見下ろしている。
熱帯の植物も見られる森の奥深く、山に囲まれた谷には小さな村があった。
大きな塀で囲まれた村の中には、土や石で作られた家や教会が建っている。中には頑丈な造りの高い建物もある。森から村に入るには重い石の扉を開かなければならず、簡単には出入りが出来ない。さらに扉の横には見張り台があり、一日中監視されていて、誰でも通れるわけではなかった。
つまり、ジャングルのような森に囲まれた小さな要塞。そんな村に少年はいた…。
村の中心にある教会前の広場には人だかりができていた。ざわざわと人々は不安の声を漏らしている。
「今年は誰が…。」
「どうか、どうか…。」
祈りまで唱える村人たちの目線は、教会に入るための階段の先、大きな扉に向かっている。まだ誰もいないものの、そこで村長から重要な発表があるらしい。太陽はそんな人々をジリジリと照らし続けた。
教会近くの路地裏に、数人の若者が集まっていた。
「おい、今年は誰が選ばれると思う?」
「…もう決定してるだろ…今までの選ばれ方を考えれば。」
「だよな。そういえば今日見てないな?…まさか…。」
「おい、村長が出てきたぞ!」
「…行くか。」
若者たちは虚ろな目をしながら教会の方へと足を進めた。
「皆の衆、今日は重大なお告げの日である。よく集まった。」
教会から出てきたのは白い服に白い帽子、白い髭を伸ばしたこの村の村長だ。二人の司教を従え、大きな声を出して村人たちに語り始めた。
「本日、新たな『勇者』が誕生することとなる。我らの平和な暮らしを守る大切な役目、選ばれた者は誇りを持ってその役目を果たしなさい。また選ばれなかった者も嘆くことはない。『勇者』への尊敬を持って、日々の暮らしに感謝し、更なる村の発展に努めてもらいたい。」
村のほとんどの人間が集まる中、村長は淡々と喋り続ける。だが村人は半分しか聞こえていなかった。頭の中は今から呼ばれるであろう名前、そのことでいっぱいだったからだ。村人たちの曇り顔を見回して、村長はついにその名前を告げた。
「――――では発表する。…今年の選ばれし『勇者』の名は、」
祈りを捧げる人々がギュッと目を瞑った。
「ラクト!ユーラ・ラクトである!」
ワアアァッと集まった人々は一斉に声を上げた。
「やったぜー!」
「良かったわ!」
「『勇者』バンザーイ!」
村人たちが口にするのは何れも喜びや安堵の言葉だった。先ほどまでの不安から解放されたのか其処らじゅうが笑みで溢れ、中には抱き合い涙を見せる者もいた。そんな彼らを見回して村長はもう一度名を呼ぶ。
「ラクト!ラクトはどこにいる?前へ!」
…だが手を上げる者も、階段を登る者もいない。そればかりか当の名前の主の姿が見当たらない。
歓喜の雰囲気が一変して、人々に動揺が拡がった。
「…まさか…?」
ハァッ、ハァッ…!
教会前の広場から人気のない路地裏を全速力で走る少年がいた。村人のほとんどが広場に集まっているため、少年が見られることはなかった。
「―――――どうして俺なんだ!?」
少年は息を切らしながら心の中で叫んだ。
赤錆色のボサボサとした髪に、緑色のストールのような布を首から肩に巻き付け、腰にも柄の入った布を縛りそこに剣をさしている少年。
そう、この少年こそ…先ほど村長に名前を呼ばれた『勇者』。
ユーラ・ラクトである。
少年は教会の近くに隠れながら、村長の話を聞いていた。そして自分の名前を呼ばれるやいなや一目散に自宅に向かって駆け出したのだった。
身を潜めていたのは予感していたから。だが本当に自分が『勇者』に選ばれ名前を告げられた瞬間、身体中に電流がビビビッと走った、かと思うとまるで魂が抜けたかのように脱力感に襲われた。
「…嘘だろ…?なにかの間違いだろ…?」
頭の中はぐるぐると色んな感情が混ざりあって気持ちが悪くなった、が、このまま見つかればもう後には引けない。
一息分、間を置いて立ち上がり、できるだけ音をたてないよう小走りに走り出した。次第に心臓がドクドクと大きく跳ね、歩幅もどんどん広くなり、これは現実なんだと身をもって実感したのだった。